2.
とにかく年の瀬は忙しい。
あの日以来、ロザリアはゆっくりとお茶をする時間もないほど、執務に追い立てられていた。
通常の業務に加え、クリスマスパーティの準備もある。
もっともパーティ自体は毎年のことなので手順自体は慣れたものだ。
今年はそれに秘密のプレゼントの準備が加わっただけなのだが…それが思ったよりも大変だった。
ほとんど同じ建物にいる守護聖達にばれないように、あちこちに手配をしなければならない。
こそこそする、という事が苦手なロザリアにはどうにもやりづらい仕事なのだ。
けれど、実のところ、ロザリアはこうしたこまごました仕事が嫌いではなかった。
自分の組み立てた手順通りに事が運んだ時の充実感は心地よいし、誰かに指示をして、その結果を待っているだけというのはどうにも落ち着かない。
自らが率先して動く方が気持ちがずっと楽なのだ。
補佐官になって初めて分かったのが、自分は本当に補佐官に向いていたのだという事。
先代女王がこの事実を見越して、二人を候補に選んだのだとしたら、すごいことだと思う。
「ロザリアって本当に仕事熱心よね。」
手配したプレゼントを一緒に包みながら、アンジェリークが感心したように言った。
「わたし、女王でよかった、って本当に思うの。
だって、ロザリアが女王だったら、わたしの補佐官の仕事なんてないもの。」
「そうかもしれませんわね。」
嫌味でもなんでもなく、アンジェリークは心からそう思っているようで、ロザリアも素直に答えた。
「ねえ、ロザリア。」
「なんですの？」
アンジェリークが結んだリボンのゆがみを直して、その上からもう一つリボンをかける。
ちょっとしたひと手間で豪華なラッピングになるのが楽しい。
「クリスマスイブのことなんだけど…。」
言いにくそうにするアンジェリークにロザリアはくすっと笑う。
「わかっていますわ。 プレゼントを配った後、二人で過ごしたいのでしょう？」
「うん。それはそうなんだけど。」
アンジェリークの緑の瞳がぱあっと明るく輝く。
けれどそれはすぐに少し真剣な色に変わった。
「ロザリアはどうするの？」
「わたくし？」
ロザリアは意外な質問に戸惑った。
去年まではそんなことを聴かれなかったのに。
「特に何も…。 帰って休みますわ。」
「ホントに…？」
「ええ！ サンタクロースが素敵な恋人を連れてきてくれない限りは寝るだけですわ！」
残念ながら、というべきか、今のところ誰からの誘いもない。
もちろん、オリヴィエからも。
ロザリアの青い瞳に冷ややかに見つめられ、アンジェリークは小さく体を丸めた。
こういう時のロザリアは…怖いから逆らわないに限る。
アンジェリークは慌てて、やりかけていたリボンの結び目をきゅっと引き締めた。
次々と出来上がっていくプレゼントを見ると、やはり心がうきうきする。
クリスマスはもうすぐ。
黙々と作業を続けるロザリアの横顔を見ながら、アンジェリークが小さく笑みを浮かべたことにロザリアは気づかなかった。
いよいよクリスマスイブ。
朝からロザリアは一段と忙しく立ち回っていた。
会場のセッティングから料理の手配。
まさにやることは山積みだ。
女王アンジェリークの乾杯の音頭でパーティが始まったころ、ロザリアはようやくゆっくりと会場の片隅の椅子に座ることができた。
朝からずっと立ちっぱなしで足が痛む。
ドレスの上からそっと脹脛をマッサージしていると、頭の上から声がした。
「はい。 お疲れ様。」
目の前に差し出されたグラスには淡い金色の液体が揺れ、グラスの底から小さな泡が立っている。
わずかに眉を顰めたロザリアにオリヴィエはウインクを返した。
「アップルタイザーだよ。 執務中にお酒はダメ、でしょ？」
「…ありがとう。」
そういえば喉が渇いていた、と、いまさらのように思い出した。
オリヴィエの手からグラスを受け取り、ロザリアは金の液体でのどを潤した。
広がる甘露にふっとこわばっていた心までが柔らかくなるようで。
「おいしい。」
つい、笑顔になってしまった。
「疲れてるみたいだね。」
心配そうにロザリアの瞳を覗き込んでくるオリヴィエに小さく首を振る。
「ええ、本当のことを言えば、少し。」
どうせ嘘を言ってもオリヴィエにはばれてしまう。
なぜだかわからないけれど、ロザリアが苦しい時、悲しい時、彼はいつでも真っ先に気が付いて…さりげなく手を差し伸べてくれたから。
マイペースに見えて、とても他人の心の機微に聡い人なのだと、今は知っている。
「でも、楽しいんですの。
わたくしのしたことで、こうして皆が喜んでくれて、楽しんでくれて。
それを見られるのであれば、この程度の疲れなんて、なんでもありませんわ。」
本心からの気持ち。
フロアでアンジェリークが踊っている。
料理のテーブルではマルセルがケーキに飛びついていて、ランディとゼフェルが肉の大きさを言い争っている。
そんななにげない光景が本当に楽しいのだ。
「…キレイ。」
「ええ、あのツリー、アンジェリークが飾りを選んだんですのよ。
あの子にしては珍しくまともですわ。」
ニッコリと笑うロザリアに、オリヴィエが微笑み返す。
彼のブルーグレーの瞳がとても優しくて…ロザリアの鼓動が急に激しくなり始めた。
頬に熱が集まるのが彼に知られてしまいそうで、思わず顔をそむけると、
「ツリーじゃないよ。
そういう事を自然に言えるあんたが綺麗だって言ったの。
ホントに、いつの間に、こんなに…。」
すっと伸びてきたオリヴィエの指先がロザリアの頬に触れようとした瞬間。
「さあ、ビンゴ大会よ！ なんと賞品は…南の島への旅行券でーす！」
アンジェリークの声がして、わーっと歓声が上がった。
ビンゴは毎年やっている恒例のイベント。
聖殿の女官や職員たちも全員参加して、一番盛り上がる時間だ。
「あら、もうそんな時間でしたのね。 準備のこと忘れていましたわ。」
少し休んだせいで、足の疲れも取れている。
ロザリアは慌てて立ち上がると、オリヴィエに軽く会釈をして、ビンゴの準備を取りに奥の間へと急いだ。
思わずよろけてしまいそうになったのは、まだ心臓がどきどきと波打っているから。
じっとロザリアを見つめた、オリヴィエの瞳。
溶けてしまいそうで、ここがどこなのかも忘れてしまいそうになった。
震える手を抑えてカードを配りながら、オリヴィエの方をちらりと見ると、彼はもういつものようにオスカー達と飲んでいる。
やっぱり自分だけが意識しているのだと、ため息がこぼれた。
パーティは補佐官ロザリアの締めの言葉で終わる。
少し早目の時間に散会したのは、もちろん、この後の一大イベントのためだ。
『今日は１１時までに寝るように』と、謎の女王命令のせいで、おおよその守護聖達にはもう、ばれてしまっているだろう。
まあ、彼らのことだから、たとえバレていたとしてもアンジェリークを楽しませるために、わざと寝たふりをしてくれるはず。
ロザリアは女王命令を聞いた時のオリヴィエの顔を思い出して、くすっと笑ってしまった。
肩をすくめてロザリアにウインクした彼。
ロザリアは少しほっとしてもいた。
今夜、クリスマスイブという特別な日。
オリヴィエは自宅にいてくれるのだ。
女王命令のせいとはいえ、誰とも過ごさずに。
アンジェリークが先に部屋に戻り、プレゼントやそれを運ぶ準備をすることになっている。
一方のロザリアは女官たちと片付けをしていた。
ツリーは明日の晩まで残しておくし、こまごまとした片付けは全て下働きの者達がやってくれるから、ロザリアが主にやることは指示だけだ。
女官たちも慣れたもので、片付けはてきぱきと進んでいく。
それでも全てが終わるには小一時間ほどかかり、ロザリアは大急ぎでアンジェリークの私室に向かった。
「お疲れさま！ 準備はばっちりだから、早く着替えて！」
すでにもこもこのトナカイに変身しているアンジェリークがロザリアに赤い服を押し付けてくる。
ロザリアはそれを受け取りながらも、
「本当にこれを着るんですの…？」
うんざりした声が出てしまう。
「当たり前よ！ サンタがいなくちゃ始まらないじゃない！
大丈夫。聖地は常春だもん。風邪はひかないわ！」
そんな問題じゃない、と言いたかったがロザリアはぐっと我慢した。
ここで今更言い争っても疲れるだけだし、なによりもどうせ夜で真っ暗だ。
誰にも会わなければ、それでいい。
「きゃー！！！ やっぱり似合うわ～～。 ね、写真撮ってもいい？？？」
「いけません！」
アンジェリークの懇願に耳を貸さず、ロザリアは袋を手に取った。
移動を考えてプレゼントはなるべく小さなものにしたから、それほどの重さがあるわけではない。
そのまま袋を背負うと、二人は連れ立って、こっそりと裏口から外へと抜け出した。
「月が出てるね。」
常春、とアンジェリークが言った通り、かなり露出の激しいこのサンタコスでも寒さは感じない。
時折風が吹くと、わずかに肌が泡立つ程度だ。
もともと夜間はほとんど外出する人もいない聖地で、特にこんな夜は本当に人気がない。
真っ白な月明かりはあちこちに跳ね返り、世界を白く光らせている。
まさに銀世界。
雪のように降り注ぐ光の中を、二人は小声でおしゃべりしながら、踊るように歩いていった。
サンタクロースにお願い
