サンタクロースにお願い

3.


歩いた先にあるのは豪奢な屋敷。
住む人をそのまま表したような荘厳さすら漂わせている建物だ。
「まずはジュリアス!」
二人は事前に屋敷の者から手に入れておいたカギで静かにドアを開け、ジュリアスの寝室に忍んでいく。
広すぎるせいで少しうろうろする羽目にはなったが、なんとか目的の寝室を見つけだすことができた。
ドアを開けると、びっくりするほど広い部屋のど真ん中にベッドが置かれていて、薄暗いランプが一つ、片隅に灯っている。
時刻は23時過ぎ。
それでもまだ必ず寝ているという時間には早いと思うのだが…なんとジュリアスはぐっすりと眠っていた。

「うん、さすがジュリアス。ちゃんと女王命令をきいてるわ。」
「本当ですわね。」
思わずロザリアもうなずいてしまった。
あんな女王命令に効果があるのかと疑問に思っていたが、こうして眠りこけているジュリアスを見れば、無駄ではなかったのだろう。
「なーんてね。 じ、つ、は。」
ニヤッと怪しげな笑みを浮かべたアンジェリークに、ロザリアはぎょっと息を飲んだ。

「飲み物に薬を混ぜておくように、お屋敷の人に頼んでおいたのよね。 大成功!」
アンジェリークは気を良くしたのか、枕に流れているジュリアスの髪を一房ギュッと引っ張っている。
それでも微動だにしないジュリアスに、アンジェリークは満足げに大きく頷いた。

「ねえ、あんた、まさか全員に同じことを…?」
ロザリアは半ばあきれながら、髪の毛を三つ編みし始めたアンジェリークに問いかけた。
「うん。 だって、ばれちゃったら面白くないもん。
 見て見て! 綺麗な三つ編み出来た~。」

はしゃぐアンジェリークを横目に、ロザリアは袋からリボンのついた箱を取り出すと、ジュリアスの枕元に置いた。
赤いペーパーに金と銀のリボン。
なんとなくサンタクロースの贈り物らしくはなっているつもりだ。
「さあ、行きますわよ。」
「もうちょっと!」
両サイドに綺麗な三つ編みをされたジュリアスは静かに眠っている。
二人はまた来た時と同じように、こそこそと屋敷を後にした。


続いてクラヴィスの屋敷にも二人は堂々と侵入した。
クラヴィスはアンジェリークの計画に気づいていたらしく、一応ベッドに横になってたものの、明らかに寝ている様子ではなかった。
ロザリアはそのことにすぐに気づいたのだが、アンジェリークは違ったのだろう。
なんとクラヴィスの髪も三つ編みにし始めたのだ。
「ちょっと!おやめなさい。目を覚ましたらどうするの!」
明らかに不愉快そうなクラヴィスにロザリアはハラハラしたが、アンジェリークはやめようとしない。

「大丈夫よ。 ジュリアスだけじゃかわいそうだもん。」
クラヴィスのサラサラの黒髪に細い三つ編みが一筋。
ぐっと眉が寄せられた気がして、ロザリアは慌てた。
「もう、時間がありませんわ。 置いて行きますわよ。」
「あ~、まだ一つしか…。」
ブツブツ言うアンジェリークを強引に引きずってリュミエールの屋敷に向かう。


リュミエールは規則正しい生活をしているのだろう、本当にきちんと眠っていた。
「キレイね…。 男にしとくの、もったいないわ。」
「ええ。 本当に。」
薄布に包まれて眠っているリュミエールはまるでセイレーンのように美しい。
男性だとわかっていても…綺麗としかいいようがなかった。
ここでもしっかりと水色の髪で三つ編みを二つ作り、アンジェリークは満足そうだ。

「あ、ロザリアったら。」
気が付くと、つい、ロザリアも一緒になって三つ編みを作っていた。
「あら、だって、あんまりにも綺麗な髪なんですもの。」
「うふ。じゃあ、もう一つずつね。」
結局二人で二つずつの三つ編みを作り、プレゼントを枕元に置いた。
「悪いことをしてしまったかしら…。」
明日の朝、びっくりするのはプレゼントよりも髪の方ではないだろうか。
心配になったロザリアにアンジェリークは悪びれた様子もない。
すたすたと先を急ぎ、ランディの屋敷まで一直線に向かっていった。


「まあ!」
ロザリアが驚くのも無理はない。
ランディの屋敷のリビングに転がっている3つの影。
一応、タオルケットらしきものをかぶってはいるものの、雑魚寝としか言いようのない状態で、ランディ、マルセル、ゼフェルの三人が寝ていた。
「一体どうなっているの…?」
いぶかしげに首を傾げたロザリアはランディの顔を覗き込んだ。
すやすやという寝息がいまにも聞こえてきそうなほど、深く眠り込んだ様子は普通ではない。

「アンジェ、あんた…。」
じろっと睨み付けると、アンジェリークはペロッと舌を出している。
「ちょっと効きすぎたかな? みんなで飲んでね、って、ジュースにちょっと混ぜただけなんだけど。」
「全く…。 確かにまとめていてくださる方が効率はいいですけれど。」
「でしょ! わたしだって考えたんだから。」
自慢げに腰に手を当てるアンジェリークに構っている場合ではない。
ロザリアは袋から3つのプレゼントを出すと、それぞれの頭の近くに置くことにした。
目が覚めた時に視界に入れば、すぐにわかってもらえるだろう。

さっさと目的を済ませた二人が外へ出た瞬間、むくりと起き上った影が一つ。
銀の髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜて、ゼフェルは大きなため息をついた。
「ったく、なんてカッコしてやがんだ、アイツ。」
甘ったるいジュースが苦手なこともあって、ランディやマルセルの半分も飲まなかったゼフェルは、実は眠っていなかった。
不自然なほど突然眠り込んだ二人にタオルケットをかけてやったのもゼフェルだ。
しばらくは一人で機械いじりをしていたものの、退屈で寝てしまおうと思っていたところに、あの二人がやって来た。
お遊びだと知っていて、わざと付き合ったのはいいのだが。

ごそごそとした気配に薄目を開けたゼフェルの視界に飛び込んできたのは、鮮やかな赤のサンタクロース。
…そのスカートの裾からすらりと伸びた形のいい脚と、丸みのあるヒップ。
信じられないほど挑発的なスタイルのロザリアが四つん這いになって、はす向かいで寝ているランディの頭の上に包みを置いているところだった。
声が出そうになるのを必死に抑えて、闇の中で薄目を凝らすという涙ぐましい努力をしてみた。
足の間が見えそうで見えない絶妙なスカート丈がもどかしい。
狭い視界の中で、四つん這いのロザリアが向きを変えると、今度はこぼれそうな胸元がちらちらと前を横切っていく。
思わずつばを飲み込み、反応しかけた場所にぐっと力を込めた。
幸い、二人はゼフェルの小さな異変には気付かず、そのまま出て行ってしまったが。
その後のゼフェルがどうなったか…。
しばらくまともにロザリアの顔が見れなかったのは事実。


次のオスカーの屋敷の門の前で、アンジェリークはぴたりと足を止め、ロザリアを振り返った。
セクシーなサンタコスはアンジェリークの目をとてつもなく楽しませてくれているが…ここの住人にだけは見せたくない。
「ロザリアはここで待っていて。」
「え? なぜですの? まさか、オスカーとなにかあるんですの?」
疑わしげなロザリアに、アンジェリークはぶんぶんと首を横に振った。
「そういうのじゃないの。 ただね。」
ハッキリ言うべきかどうか迷ったが、『だからこんな服は嫌だと言ったんですわ!』と、ロザリアにキレられる可能性を考えて踏みとどまる。

「実は、わたし、オスカーに聞きたいことがあって…。」
わざと視線を落とし、暗い表情を作る。
予想通り、ロザリアは心配そうにアンジェリークを見つめてきた。
「なんですの? わたくしには聞けないこと?」
親友として心から心配してくれる様子にアンジェリークの胸がちくりと痛む。
けれど、これもロザリアのため。

「ちょっと、男の人にしかわからないことだから…。 オスカーなら聞きやすいと思って。
 なかなか二人で話す機会もないし…。でも、すぐに終わるから。」
「まあ…。」
思わせぶりな言い方に、ロザリアが赤面している。
たぶん、あんなことやこんなことを想像しているのだろう…恋人同士のアレコレはロザリアには未知の世界だ。
「では、仕方がありませんわね。 わたくし、ここで待っていますわ。
 ゆっくりでいいですのよ。 しっかりお話していらして。」
真剣な瞳に罪悪感を感じつつ、アンジェリークはしっかりと頷いて、ロザリアから袋を受け取った。

そっと足を忍ばせて、寝室まで忍び込む。
なんといっても相手は、あのオスカーだ。
屋敷の者にお酒に薬を混ぜるように命じてはおいたが、安心はできない。
それこそ息を止めて、ドアノブを回し、部屋の中を覗き込んでみると、きちんとベッドの上に人影があった。
枕の上には緋色の髪がわずかに流れていて、どうやらすっかり眠り込んでいるらしい。

「ふふ。 心配しすぎたかしら。」
ベッドサイドのテーブルにプレゼントの箱を置いて、オスカーの方を覗き込んだアンジェリークは息を飲んだ。
遠目からでは気が付かなかったが、明らかに違和感のある髪。
考えてみれば、盛り上がりもやけに小さい。
「まさか?!」
勢いよく毛布をはぎ取ると、その下には丸めたクッションがいくつも並んでいる。
「やられた!」
思い切り足踏みをして、アンジェリークは猛スピードで屋敷を飛び出した。


その少し前。
アンジェリークが一人で屋敷に入っていくのを確認したオスカーは、門を回り込み、ロザリアを背後から抱きすくめた。
「!! きゃ!!」
悲鳴を上げかけた唇を掌で覆い、彼女の青い瞳を覗き込む。
びっくりして体を硬くしていたロザリアだったが、オスカーを認めて、緊張をといたらしい。
小首をかしげて、オスカーを見つめ返している。

オスカーもわずかにロザリアから距離を取り、改めて向き合うことにした。
ゆるくウェーブした青紫の髪の上にチョンと乗った赤い帽子。
すらりとしているのに女性らしいラインを主張しているミニのワンピース。
こんなにサンタが扇情的でいいのだろうか?…いや、よくない。
そんなやり取りを一人、心の中でしていたオスカーに、ロザリアがハッと思いついたかのように声をかけた。

「オスカー、どうしてこんなところに?」
「ああ、俺が一番欲しいものを持ってきてくれたんだろう? 」
「まあ、わざわざ取りにいらしたんですの? それではサンタクロースの意味がありませんわ。」
「待ちきれなかったのさ。 …君を。」
オスカーは自分が一番カッコよく見えると自負している、にやりとした笑みを浮かべた。
たいていの女性ならここで頬を染めるはずなのだが…。

「ごめんなさい。 プレゼントはアンジェリークが持っていますの。
 あ、そういえば、アンジェリークがあなたに聴きたいことがあると言っていましたのよ。
 とても真剣なお話のようでしたから、聴いてあげてほしいんですの。」
ロザリアは平然と返してくる。
だが、この程度の肩すかしはいつものことだ。
オスカーはロザリアの手を取ると、その指先に軽い口づけを落とした。

「その前にプレゼントだ。 俺からも君に渡したいものがあるんだが、受け取ってくれるか?」
「なんですの?」
まったく無邪気にオスカーを見上げる青い瞳。
月明かりを映したようなその青に、自分の顔だけが映っている。
オスカーの心は甘い喜びに満たされた。
誰かを想い、胸を熱くする夜が来ようとは、彼女に会う前の自分ならば信じられなかっただろう。
実際、彼女の心がどこを向いているのか、気が付いていないわけではない。
けれど、いつまでも彼女を不安定なまま放っておくだけの男に、諸手を挙げて降参するほど情けない男になるつもりもない。

「目を閉じてくれないか?」
「目?」
「ああ。 その方が渡しやすい。」
「わかりましたわ。」

伏せられた青紫のまつ毛。
オスカーはふっと笑みを浮かべると、ゆっくりと自分の顔を彼女へと近づけていった。


ガツン。
鈍器で殴打する、とは、どういう状態なのか、と常々刑事ドラマを見ては思っていたけれど。
「ふーん、これも鈍器になるのかも。」
アンジェリークは手にしていたブーツをしげしげと眺めて、つぶやいた。
「陛下…。俺を殺す気ですか?」
「こんなんじゃ死なないくせに。」
頭を押さえて振り向いたオスカーの恨みがましい目に、アンジェリークはふんと鼻を鳴らした。
冷ややかな空気が流れ、ロザリアがようやく目を開ける。

「どうなさったの?」
「どーもこーも!!!!」
アンジェリークはさっとロザリアをかばうようにオスカーの前に立ちはだる。
身長差およそ30cmというのに、まったく負ける気配がないのは女王のオーラなのか。
オスカーはまだ頭を押さえながら、アンジェリークに腰を折った。
「陛下。 今宵も麗しくいらっしゃいます。」
「…トナカイだけどね。」
微妙な雰囲気にロザリアは呆然と二人を見比べている。

「プレゼントはあっちだから。」
アンジェリークが屋敷の窓を指さすと、オスカーは憮然とした様子で窓の方を眺めている。
「失礼ながら陛下、こちらをいただくことはできないのですか?」
「こちら?」
ロザリアの疑問は当然のように無視され…アンジェリークがにっこりとほほ笑んだ。

「ごめんね。 行く先が決まっちゃったの。」
今までのふざけた調子とは違う、どこか申し訳なさそうな声。
オスカーはアンジェリークの瞳をじっと見つめていたかと思うと、少し切なげにため息をこぼした。
「そうか…。 遅かった、というわけだな。」
「そうね。 でも、やっと、だもの。 わたしもそろそろ限界だったのよ。
 来年には、オスカーにプレゼントしちゃってたかも。」
「アイツも運のいい男だ。」

しばしの沈黙。
降り注ぐ銀の光の下に立ち尽くしているロザリアを、オスカーはアイスブルーの瞳の中に閉じ込めるように見つめている。
そして、おもむろにロザリアの前髪をかき分けると、額に口づけた。
「メリークリスマス、ロザリア。」
ふわっと触れた唇にロザリアが慌てて額を掌で抑えると、オスカーはふっと笑った。
からかうような笑みはいつも通りの炎の守護聖だ。
けれど、銀の光を受けて輝いたアイスブルーの瞳はどこか寂しげで、ロザリアの胸が一瞬ざわめく。
「メリークリスマス、オスカー。」
ロザリアがそう返すと、オスカーは肩ごしに軽く手をあげて、そのまま扉の向こうへ消えてしまった。


「わたしを騙そうとしたこと、許してあげるかあ。」
アンジェリークはポツリとつぶやいた。
オスカーの気持ちにはうすうす気づいていたし、彼にならロザリアを渡してもいいと思っていたのも本当だ。
もちろん、それをロザリアが望めば、だったのだが。
「仕方ないよね。 …メリークリスマス、オスカー。」
おそらく今夜を一人で過ごすだろうオスカーにアンジェリークは小さく祈りをささげた。
女王ではなく、アンジェリークとして。

しんみりした様子のアンジェリークに対して、ロザリアはすでにソワソワと落ち着きを失っていた。
ここまでプレゼントを届け終わったのが7人。
残りはルヴァと…オリヴィエだ。
「さ、オリヴィエのとこに行くわよ!」
アンジェリークが大きく右腕を空に伸ばして宣言する。
ロザリアは闇の中で自分の顔が見えないことに感謝しながら、
「…わかりましたわ。」
と、渋々アンジェリークの後をついていくことにした。


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