「おめでとう!」
アンジェリークの音頭で乾杯すると、あとはいつも通りのパーティになっていく。
テーブルいっぱいに並んだごちそうを嬉しそうに食べる者もいれば、早速ワインのボトルを空にしている者もいる。
友人なんていうのはくすぐったいけれど、やはり仲間なのだとは思う。
オリヴィエはにこにこと料理のサーブやドリンクの補充に動き回るロザリアを見ながら、ちびちびとグラスを傾けていた。
すると、
「オリヴィエ、ローストビーフはいかがかしら?」
ロザリアがお皿に山盛りになったローストビーフをオリヴィエの目の前に差し出してくる。
「あ、ありがと。」
微笑みを交わしながらそれを受け取ると、ロザリアの背後からアンジェリークがひょっこりと顔を出した。
「ねえ、オリヴィエばっかり多すぎるわ。 いくら主役だからってみんなのぶんを取るのはズルイ!」
言いながら数枚攫って行き。
「だよな。 オレの分もねーし。」
「僕も~。」「俺も…。」
「ああ、もう! もってっていいから!」
自分の分だけを取分けて、残りをアンジェリークに渡すと、あっという間に皿が空になる。
その光景に苦笑して、ローストビーフを口に入れると。
「ヤダ、すっごくおいしい。」
途端にふんわりと香るオレンジの風味。
ほど良い焼き加減の柔らかな肉のうまみと爽やかなソースが見事に調和している。
「気に入っていただけまして?」
嬉しそうに笑うロザリアにオリヴィエは大きくうなずいた。
「よかった。 オリヴィエの好みに合わせようと一番時間をかけたお料理だったんですの。
喜んでいただけてうれしいわ。」
「え。」
ロザリアの言葉を最後まで聞かず、オリヴィエがテーブルを見ると、すでにローストビーフは一枚も残っていない。
「ちょっと…。 あんたたちには遠慮って言葉はないわけ?!」
空になった大皿を恨めしそうに持ち上げると、オスカーに肩を叩かれた。
「食うしか楽しみのないやつらに分けてやったと思えよ。 幸せのおすそ分けってやつだ。」
ニヤリと笑うオスカーの皿にも、ちゃんとローストビーフが乗っている。
「あんたにおすそ分けはいらないでしょ。 年中、よろしくやってるくせに。」
でも…確かに一理あるかもしれない。
まだまだ色気よりも食い気のメンバーの中で、ロザリアも楽しそうに笑っている。
二人きりの時とはまた違う無邪気な姿もたまらなく愛おしい。
こんなに幸せで楽しいバースデイは初めてだ。
特別、飲みすぎたわけでもないのに、さっきからずっと笑ってばかりいる自分が信じられないくらいに。
「ったく…。 ああー!」
新しいフォークを手にしたアンジェリークにオリヴィエは大慌てで駆け寄った。
「ケーキは私が最初に食べるんだからね!」
「えー! いいじゃない!」
「ダメ! ちょっと、ロザリア、私にもフォーク!」
珍しくムキになるオリヴィエに、他の守護聖達もまた楽しそうに声を上げて笑ったのだった。
「宴もたけなわでございますが~。」
お腹が膨らみ、ようやく落ち着いてきたころ、突然、アンジェリークがマイクを持った。
「お誕生日と言えば、プレゼント!
ここで、オリヴィエにみんなからプレゼントを贈りたいと思いまーす。」
ハイなのはいつも通りだが、なにやらみんなの空気も微妙な気がする。
オリヴィエは首をかしげながらも、手招きされるまま、アンジェリークの隣へと立った。
「じゃあ、まずはロザリアからね。」
「ええ。」
いつの間にか、ロザリアはキレイにリボンをかけた包みを手にしている。
「わたくしからのプレゼントですわ。 当たり前のもので申し訳ないのですけれど。」
差し出された包みをオリヴィエはウインクをしながら受け取った。
軽い包みをすぐに開けてみると、中から出てきたのは、虹色のストールだ。
「わ、すごくキレイだね。」
広げながら体に巻きつけると、シャンデリアの明かりがキラキラと反射して、虹色に輝いている。
素材も柔らかく、極上の手触りが心地よい。
「一目見て、あなたに似合いそうだと思いましたの。
いろんな輝きがあって、知らないうちに惹きつけられてしまって…。」
はにかみながら上目遣いで一生懸命話してくれるロザリアを、オリヴィエは思わずぎゅっと抱きしめていた。
「ありがと。 しかもそんな褒め殺しのセリフ、どこで覚えてきたのさ。」
「え?」
ますます真っ赤になるロザリアにオリヴィエもさらに強く抱き寄せる。
そして、そのまま青紫の髪の中に顔をうずめた瞬間。
「はい、そこまでー。 まだ未成年もたくさんいるので、教育上悪いことはやめてくださーい。」
アンジェリークの無感動な声に、二人はパッと身体を離して、気まずそうにほほ笑みあった。
ロザリアといると、つい、理性よりも煩悩が勝ってしまう。
感情を表に出さない自信があったはずなのに。
「ホントにオリヴィエって油断も隙もないわよね。
…まあ、いいわ。 それじゃ、いよいよ、わたし達からのプレゼントよ!」
ゼフェルがボタンを押すと、高らかなドラムロールと共に、ライトが点滅し始める。
どうでもいいところに拘るのが、いかにもアンジェリークらしいと、オリヴィエが妙なところで感心していると。
リュミエールとルヴァが、奥から台車を引いてきた。
その上にはプレゼントの箱が山積みになっている。
「ちょっとすごいね。 これ、ホントにあんた達から私に?」
箱は大小さまざまで、どれも綺麗にラッピングされている。
ちらりと見えたリボンには有名ブランドのモノもあった。
台車が目の前で止まり、オリヴィエが一番上に載っていたプレゼントに手を伸ばすと。
「じゃあ、プレゼントの最後の仕上げに入りまーす。 ロザリア、ついてきて!」
アンジェリークはロザリアの腕を取ると、強引にリビングから連れ出した。
「え?なんですの?!」
ずるずると引きずられていくロザリア。
あのロザリアの慌てようを見ると、どうやらロザリアにも何も知らされていないらしい。
オリヴィエが目を丸くして、二人が消えていくのを見守っていると、なぜか台車がガラガラと動き出した。
「あれ、ちょっと。 一つくらい開けさせてよ。」
台車を押すリュミエールに声をかけると、リュミエールは穏やかな微笑みを浮かべている。
「まだ、あなたに渡すわけにはいかないのですよ。 もう少し待ってくださいね。」
「なんで?」
「ええ~。これはまだ最後の仕上げがですねぇ。」
「最後の仕上げ? 陛下もそんなこと言ってたけど…。
まさか燃え上がるとかじゃないだろうね?!」
最初のクラッカーの状態が頭をよぎり、どきりとする。
このプレゼントの箱が実はダミーで、触った瞬間、大爆発…なんてことも、あの陛下ならやりかねない。
思わず、プレゼントから手を引っ込めたオリヴィエに、ルヴァが苦笑いする。
「危ないことはしませんから、ね。
それに私達はみんな、あなたの誕生日をお祝いしたいと思っているんですから。」
うんうんと周りの皆も頷いている。
あのジュリアスやクラヴィスまでが参加してくれているパーティ。
いくらロザリアの誘いがあったからとはいえ、お祝いの心が全くなければ、ここには来ないだろう。
「わかったよ。 最後の仕上げ、とかいうの、よろしくね。」
ヒラヒラとオリヴィエが手を振ると、ルヴァとリュミエールは仲良く台車を押して、部屋を出ていってしまった。
どれくらい時間が経っただろう。
せいぜい数十分というところだろうが、ずいぶん長い時間に感じる。
オリヴィエはロザリアたちが出ていったドアの方をチラチラと見ながら、フルーツを摘まんでいた。
すると、ようやくドアが開き、アンジェリークが飛び込んでくる。
一斉にアンジェリークに向く視線。
その中で、アンジェリークはマイクを取ると、ゼフェルに手を振った。
すぐにふたたびドラムロールが鳴りだし、ライトが落ちる。
暗闇の中に、すっと一筋のスポットが引かれると、ベストなタイミングでドアが開いた。
「ロザリア?!」
スポットの中央で顔を真っ赤にして立っているのはロザリアだ。
凛とした彼女には珍しく恥ずかしそうにもじもじとしている。
呆然と凝視していたオリヴィエは、彼女の様子が変わっていることに気が付いた。
さっきまでは動きやすさを重視したシンプルなワンピースだったが、今はフォーマルなロングドレスを着ている。
キレイに整えられた長い髪。
施されたメイク。
正直、すぐにでも抱きしめたくなるほどキレイだ。
呆然としながらも、オリヴィエがつい見惚れていると。
「期待以上の反応だな。 アイツの頭に、はてなマークがいっぱい見えるぜ。」
「本当です。 俺、こんなオリヴィエ様、初めて見ました。」
「僕も!」
「ふふ、楽しいですね。」
すると、突然、今まで黙っていたジュリアスが前に進み出た。
「うむ、私の見たてに間違いはなかったようだな。 よく似合っている。」
「ふ、この色にしたのは私だ…。」
少し離れたソファからクラヴィスの突込みが聞こえる。
「ね、僕の作ったブーケもよくできてるでしょ? ドレスの色に合わせた花を用意するの、大変だったんだからね。」
「手袋はやっぱり白だって気がしたんだよな。 お姫様っぽいだろ?」
「おめーの発想は貧困なんだよ。 オレのティアラの方が完璧だっつーの。」
「いやいや、美しい女性の胸元を飾っているネックレスが、賞賛されるべきだぜ。」
「足元を彩る靴こそ、女性の真の美しさを引き立てると思いますよ。」
皆はロザリアの周囲を取り囲むと、口々に褒めている。
過度の露出のないノーブルなアイボリーのドレスはロザリアの姿勢の良さや青紫の髪を引き立てているし。
白い清楚なレース手袋をつけた指先に下がる可憐な花のブーケも可愛らしい。
凝った細工のティアラも、大ぶりな石のついたネックレスも、細いつま先のハイヒールも。
全てが彼女に似合っている。
まさに輝くような美しさだ。
「わたし達からのプレゼント。
『最高にキレイなロザリア』でーす。 ありがたーーーく受け取っていいわよ。」
「え? どういうこと? じゃ、さっきのアレは?」
台車に乗っていたプレゼントを思い浮かべ、オリヴィエは首をかしげる。
てっきりあれがみんなからのプレゼントだと思っていたのだが…。
「あ。」
オリヴィエは声を上げると、もう一度ロザリアの頭のてっぺんから足のつま先までを眺めた。
それぞれに一つづつ。
ロザリアを飾るものを。
そこにいたのは、みんなからのプレゼントで飾られた、最高に綺麗なロザリア。
アンジェリークが小さく手を振ると、ワルツが流れ出す。
ふっと笑みを浮かべたオリヴィエは、小さく腰を折ると片手を胸に当て、もう片方の手をロザリアに差し出した。
「踊っていただけますか?」
軽やかなウインクにロザリアの頬がさっと染まる。
「ええ…。」
オリヴィエは笑いながら、ロザリアの手をとり、腰に手を回した。
音楽に合わせて、羽のようにステップを踏む。
恥ずかしがりながらも、貴族の生まれが彼女の身体にステップを染み込ませているのだろう。
流れるように踊る姿はどこの姫君でもおかしくないほど優美だ。
周囲で見守る皆も、艶やかなダンスに見惚れているのか、誰一人動こうとしない。
あのヤキモチ焼きのアンジェリークでさえ、うっとりと目を潤ませている。
「…見られていますわ。」
「ん? 見せてあげればいいさ。
…私達がどれくらいお互いにしか目に入ってないかってことを、ね。」
手を取り合い、お互いの瞳だけを見つめ合う。
まるで世界に二人きりでいるような。
お互い以外、何もいらないというような。
そんな時間が流れていって。
オリヴィエは抱き寄せていた腰から手を離すと、ふわりと彼女をターンさせ、曲の終わりと同時に腕の中に閉じ込めた。
「ふふ。 ありがと。 あんた達からのプレゼント、最高だよ。」
ココのところ忙しくて、全く触れていなかったぶん、彼女の柔らかさや暖かさの全部がオリヴィエの中にまっすぐに流れ込んでくる。
幸せとか愛とかきっとそんな名前のつく、いろんな感情と一緒に。
「間違いなく、私が一番喜ぶプレゼントだね。」
腕の中のロザリアは一瞬身じろぎしたものの、全く離そうとしないオリヴィエに諦めたのか、すぐに力を抜く。
そして、そっとオリヴィエの背中に手を回した。
「まったく~。 熱すぎて見てられないわ。
帰りましょ!」
アンジェリークが悔しそうに言うと、みんなもそれに従うように、帰り支度を始めている。
こういう時の団結力はさすがと言うべきか。
テーブルに広がっていた料理やグラスもすぐに片づけられていく。
そして、あっという間にオリヴィエとロザリアを残して、みんな出ていってしまった。
誰もいなくなったフロアに音楽だけが変わらずに流れていて、パーティの余韻を残している。
「ロザリア。 素敵なパーティをありがと。
今までで最高の誕生日だよ。」
そっと耳元で囁くと、ロザリアが顔を上げてオリヴィエを見つめている。
熱をたたえて潤んだ青い瞳に吸い込まれるように、オリヴィエは彼女に唇を近づけた。
甘い夜の始まりを告げる優しいキスが始まる寸前。
「あ! オリヴィエ! 言い忘れてたんだけど!」
突然バタンとドアが開き、嫌と言うほど聞き慣れた賑やかな声が聞こえてきた。
キス寸前で固まった二人に、アンジェリークがにっこりと笑う。
「わたしからのプレゼントはそのドレスの下だから。 あとでじっくり鑑賞してね!
それじゃ、お邪魔様~。」
まるでスキップでもするような足音と玄関のドアが閉まる音。
二人で呆然とした後、オリヴィエが呟いた。
「ドレスの下…って。 そういう意味?」
「え?! あ、え?!」
真っ赤になってうつむいたロザリアの顎に指をかけて、目を合わせる。
さっきよりももっと熱を帯びた瞳。
誘うようにわずかに開いたくちびる。
オリヴィエが本当に欲しいものなんて、最初からこの世にたった一つしかない。
それを見事に当てた同僚たちはやはり仲間、なのだろう。
いや、腐れ縁?
オリヴィエは笑みを堪え切れず、くっと喉を鳴らすと、もう一度改めて、ロザリアの耳元に唇を寄せた。
「ねえ、最高の誕生日をもっと最高にすること、してもいい?」
答えなんて決まっている。
ロザリアは踵を上げて、オリヴィエの唇にそっとキスをしたのだった。
FIN