サプライズ!サプライズ!!

2.

いよいよ誕生日当日。
ロザリアは朝から忙しく働いていた。
今日は通常の執務は入れず、ほぼ一日を自分の屋敷で過ごす予定になっている。
他の守護聖達も順番に手伝いに来てくれて、飾りつけや設備の準備をしていくのだ。
最大の難関は料理。
オードブルは事前に準備しているが、メインのローストビーフやサラダなどはロザリアが今から作るつもりでいる。
聖殿のシェフに手伝いを頼んでいるから、こちらも抜かりはないはずだが…。
こればっかりは始めてみないとわからない。

「では、お願いしますわ。」
女王の間で朝の挨拶を交わした後、ロザリアはアンジェリークに頼み込んだ。
ロザリアの不在を気付かれないように、今日は一日、女王の間にこもっている手はずになっているのだ。
そのために、2、3日前から、「執務が立て込んでいて、ランチもお茶も一緒にできない」と、オリヴィエには言い渡してある。
オリヴィエは少し驚いた様子だったが、「そっか。 忙しいなら仕方ないね。」と、すんなり受け入れてくれた。
もちろん嘘をつくのは多少心苦しかったけれど。
やはりオリヴィエと一緒にいると、パーティのアレコレに関してぼろが出てしまいそうだったから、その作戦は最善なはずだ。
会えないのは寂しいけれど、これもパーティの成功のため。
パーティに来た時のオリヴィエの喜ぶ顔を想像して、ロザリアは頬を緩めた。


すると、女王の間を出たところで、偶然、オリヴィエに出くわした。
ぎくりと足を止めたロザリアに対して、
「おや、おはよう。 ロザリア。」
オリヴィエは少し嬉しそうに笑みを浮かべて、ロザリアの方へと近づいてくる。
ロザリアの背中に冷たい汗が流れた。

「お、おはようございます。 オリヴィエ。 今日は早いんですのね。」
「そう? いつも通りだと思うけど。 あんたこそちょっと早いんじゃない?
 もしかして、忙しいのは終わった?」
すっとオリヴィエの手がロザリアの頬へと伸びる。
彼女に触れるのは久しぶりで、どうせならもっと触れたいし、恋人同士の挨拶も交わしたいと思ってしまう。
…なんといっても今日は誕生日。
ちょっとくらい熱い挨拶になったとしても、ロザリアも許してくれるはず。
一応、アタリに誰もいないことを確認してから、なぜか俯いてしまったロザリアの顎に、オリヴィエは指をかけた。

一方、ロザリアは、内心の動揺を隠すのに精一杯だった。
手に持っている紙袋の中身は、今日の手順の書かれたファイルと料理のレシピ。
もしもオリヴィエに一目でも見られてしまったら、全てがばれてしまうだろう。
どうにかこの場を切り抜けなければ。
そのことで頭がいっぱいで、嫌な汗ばかりが全身を伝ってくる。
オリヴィエの指がロザリアの顎を掬い上げ、アイシャドウに縁どられた瞳がゆっくりと近づいてくる。
あ、と思った瞬間、ロザリアはギュッと目を閉じていた。
あきらかに不自然なほどに、強く。

そのロザリアの顔を見たオリヴィエは、顎にかけていた指を離した。
拒否されているとは思いたくないが、ロザリアが乗り気ではないことは、その顔を見ればわかる。
ムリヤリにしても…少しも嬉しくない。
オリヴィエが離れたのに気が付いて、ロザリアはゆっくりと目を開けた。
すると、オリヴィエは何とも言えないような微妙な表情で、ロザリアを見下ろしている。
「なにか…?」
じっと見返したロザリアに、オリヴィエは、すぐに目を細めていつものような笑みを浮かべた。

「向こうから誰か来たのが見えたんだ。」
「まあ、そうでしたの。」
頬を赤らめたロザリアの声音にガッカリしている雰囲気を感じ取って、オリヴィエは内心首をかしげた。
嫌がっていたのかと思ったけれど、そうでもないのか。
彼女の気持ちがわからない。

「あ、あの、お誕生日おめでとうございます。
 本当なら一番最初に言わなければいけないことでしたのに、わたくしったら…。」
ぼんやりしていたオリヴィエの耳に、恥ずかしそうなロザリアの声が聞こえてくる。
いつになく焦って懸命な様子で、澄んだ青い瞳がキラキラとオリヴィエを映し出しいて。
…とても嘘をついているようには思えない。
きっと何かわけがあるのだ。
おそらく…今日のための。

オリヴィエは気を取りなおして、今度こそ本当に笑みを浮かべた。
「ありがと。 …楽しみにしてる。」
ロザリアの目が大きく見開かれて、紙袋の手提げをぐっと握りしめたのが見える。
楽しみなのは本当。
そして寂しいのも…本当だ。
パーティの準備も何もかも、ロザリアの純粋な愛情からだとわかってはいるのだが。
オリヴィエはロザリアから離れ、ヒラヒラと手を振った。



まずはゼフェルがやってきて、音響の整備をし始めた。
小型のスピーカーをいくつも部屋の隅に取り付け、目立たない位置に配線を這わせる。
すると録音しておいたリュミエールのハープの演奏が広いリビングにゆったりと流れてきた。
「よし。完璧だぜ。」
「ありがとう、ゼフェル」

一仕事終えたゼフェルに、ロザリアはミネラルウォーターを差し出した。
喉が渇いていたのか、ゼフェルはすぐにペットボトルのふたを取り、中身を半分ほどごくごくと飲んでいる。
「いいけどよ。 なんかオリヴィエのヤロー、元気なさそうだったぜ。
 大丈夫なのかよ。」
「え、ええ…。」

ロザリアは朝の出来事を思いだして、瞳を翳らせた。
何となく寂しそうに見えた彼の横顔。
隠し事をしているという事実が、ロザリアの心にも重い影を落としている。
けれど、それも今日までだ。

「あとすこしですもの。 きっと、このパーティをオリヴィエも喜んでくれるはずですわ。」
「ま、そうかもしれねーな。
 もともとあのヤローは気分屋だし。 気にすることもねーか。」
ゼフェルと雑談していると、ランディとマルセルがやってきた。

「交代だね。」
「おう。 その辺のモン、勝手に動かしたりすんなよ。 
 ランディ野郎。壊すんじゃねーぞ。」
相変わらずのやり取りの後、帰っていったゼフェルと入れ替わりで、部屋の飾りつけが始まる。
ロザリアは料理をしながら、時々、部屋を訪れて、準備の進み具合を確かめていた。


「できましたわ…。」
ようやく完成したのは、ロザリアが一番時間をかけたローストビーフ。
その他の軽食はすでにシェフと協力して作り上げ、最後に手伝いに来てくれたルヴァやリュミエールがテーブルに並べてくれている。
オリヴィエのために考えた、特製のカロリーオフのソース。
そして、昨日のうちに冷やしておいた鮮やかなアントルメ。
「見事ですねぇ。」
「ええ。ロザリアの頑張りが伝わってくるような料理ばかりです。」
二人から褒められ、ロザリアもようやく安心できた。

ぐるりと部屋を見回せば、キラキラとつけられた飾りが楽し気に揺れているし、さっきからBGMに流している音楽も、耳に心地よい。
テーブルの料理も満足のいくものができた。
すると、ちょうど携帯がブルブルと震える。

「はい。 ロザリアですわ。 ええ。 ちょうど今終わりましたの。
 そちらは? 
 では、順番にこちらに向かってくださいませ。
 わたくしはオリヴィエを迎えに行きますわ。」

ボタンを押して通話を切ると、ロザリアはルヴァとリュミエールに向き直った。
「ジュリアスからでしたわ。
 執務もオスカーと協力して、予定通り終わらせたそうです。
 みんな、それぞれにこちらに向かってもらうようにお願いしましたわ。
 クラヴィスも連れてきてくださるって。」
「わかりました。 では、貴女はオリヴィエをお願いしますね。」
「あとの準備は私とリュミエールでしておきますからね~。」

二人に見送られ、ロザリアはいったん屋敷を出て、聖殿へと向かった。
秋の気配が濃くなった夕方は、ロザリアの足元に長い影を落とし、ひんやりとした風が頬を撫でていく。
わずかに寂しいような景色なのに、ロザリアの気持ちは浮きたっていた。
この後、彼がどんな顔をするのか。
喜ぶ姿を想像すると、踊り出したくなるように勝手に足が早まる。
あっという間に聖殿に着いたロザリアは、軽やかに廊下を進み、オリヴィエの執務室の前に立った。



その少し前、
「オリヴィエ様、お先に失礼しまーす!」
「俺も失礼します!」
偶然廊下で顔を会わせたマルセルが満面の笑みでオリヴィエに挨拶すると、一緒にいたランディも爽やかな笑顔で頭を下げる。
二人並んで聖殿を出ていく様子に、オリヴィエは首をかしげていた。

別に誕生日を祝ってほしいわけではないし、数年前まではコレが当たり前の光景だった。
けれど、今となっては、ここまでスルーされる方が、逆に恐ろしいとすら思ってしまう。
気になって、さっき大広間を覗いたが、パーティの準備をしている気配はない。
ロザリアも女王と緊急の執務があるらしく、ここ数日通り、こもりきりで朝の出来事から顔も見ていない。

「まさかまだ今日は19日とか…。
 でも、今朝、ロザリアにおめでとうって言われたしねぇ。」
もっとも、他の誰にスルーされたって実際はどうということはない。
恒例のバースデイパーティだって別になくたって構わない。
たった一人が笑顔でそばにいてくれれば。
執務室でぼんやり机に足を投げ出していると、だんだんと人気が無くなっていくのがわかる。
もしかすると、もう聖殿にいるのは自分だけかもしれない。
オリヴィエがそう思っていた時、ドアが叩かれた。


「はーい、どうぞ。」
オリヴィエの声と同時に、するりと部屋に入ってきたのはロザリアだ。
キラキラした瞳とわずかに赤らんだ頬。 
そして、少し乱れた息で、まるで飛び込むような動作。
補佐官になってからのもロザリアは常に淑女を心がけているようだったから、こんなはしゃいだ姿は珍しい。

「オリヴィエ。 今からお時間はありまして?
 あの、一緒に来てほしいところがあるんですの。 …よろしいかしら?」
真っ直ぐに見つめられて、オリヴィエの胸が騒ぐ。
普段ならからかいの言葉の一つも言えるのに、なぜかそんな気にもならず、すぐに頷いた。


夕闇の道を二人で並んで歩いていく。
どこへ行くとも知らされず、オリヴィエはただロザリアの後をついていった。
けれど、ずっと続くのは、見知った道。
たまらず、「ね、どこ行くの?」と声をかけても、ロザリアは恥ずかしそうに笑うだけだ。
結局、たどり着いたのはロザリアの屋敷。
ドアを開けようとするロザリアの背中を眺めながら、オリヴィエはやっと今日一日のことに合点がいった。
朝からロザリアの姿が全く見えなかったのは、きっとこの二人きりのパーティのためだったのだ、と。

「お入りになって。」
にっこりとほほ笑み、中へと促してくれるロザリアは、電気のスイッチを探しているのか、手を振るような仕草をしている。
その可愛らしさがたまらなくて、オリヴィエはロザリアの腕を掴んで自分の方へと引き寄せていた。

「きゃ!」
腕を引かれて後ろへと倒れたロザリアの身体を、オリヴィエが胸で受け止める。
そして、ふわりと空を舞う長い青紫の髪と共に、ロザリアの身体をすっぽりと包み込んだ。
「二人っきりでお祝いしてくれるなんて、嬉しいよ。」
背中から抱きしめて、ロザリアの髪にキスを落としていく。
すぐにロザリアは拘束から逃れようと身じろぎしたが、オリヴィエはそれを許さずに、さらに力を込めて抱きしめた。

「ロザリア…。」
耳元で囁くオリヴィエの声にロザリアの身体がびくりと震える。
耳が弱いことなんて、オリヴィエはとっくに承知している。
…オリヴィエの囁き声に抗えないことも。
しばらく会えなかった分の埋め合わせをしてもらおうかと、ロザリアの耳にふうっと息を吹きかけた瞬間。



「「「ハッピーバースデイ! オリヴィエ!!!」」」
バンバンと爆発のような音が鳴り響き、辺りが一気に明るくなる。
思わず、ぎゅっとロザリアを守るように強く抱きしめて、オリヴィエは目を丸くした。

「あんたたち・・・。」
ぐるりと周囲を見渡せば、思い思いにクラッカーを鳴らしている同僚たちの姿がある。
しかめつらのジュリアス、いつも通り無表情のクラヴィス。 にっこりしているリュミエール、少し困り顔のルヴァ。
なぜか赤面している年少組と、妙にニヤニヤしているオスカー。
そして、眉を吊り上げている女王陛下がつかつかとオリヴィエのほうに進んでくる。

「ちょっと! いくらなんでも公衆の面前で堂々と抱きしめないでもらえる?
 だいたい、ゼフェルのクラッカー、火薬が多すぎるのよ!
 爆弾じゃないんだから!」
「はあ? おめーが派手になるようにしろって言ったんじゃねーか。」
「わたしはキラキラとかをたくさん入れてっていう意味で言ったの!」
「そんなん知るかよ! 派手な音でじゅーぶんだろうーが。」

まくしたてるアンジェリークとゼフェルに、ロザリアがハッと気が付いたように、慌ててオリヴィエから身体を離した。
けれど、その場を逃げるわけにもいかず、いたたまれない様子で耳まで真っ赤にして立っているしかない。
オリヴィエもまた同じように呆然としていた。

「まあまあ、このクラッカー、なかなか良くできていると思いますよ~。
 ほら、『お誕生日おめでとう』なんて紙まで入っていますし。」
「ええ。 オリヴィエも本当に驚いていましたし。 オリヴィエのあの顔…ふふふ。」
「なかなか見れぬものを見せてもらったな。」
「オリヴィエのヤツ、とっさにロザリアを庇うとは、なかなかやるじゃないか。」
「抱きしめてたよね!」
「ああ、なんかすごく自然だったよな。」
「だから、なんかそれがムカつくんだってば~! わたしのロザリアなのに~~。」
わいわいと騒ぐ面々に、オリヴィエは大きなため息と共に肩を落とした。

二人きりのサプライズパーティと思ったのに。
実際は…。

「ま、イイけどね。」
オリヴィエはロザリアにそっと手を伸ばし、彼女の指先をキュッと握った。
びっくりしたように、振り向いたロザリアに、大きなウインクを一つ投げる。

「ありがとう。 ロザリア。」
ロザリアが瞳を大きく見開いた後、にっこりと笑う。
その笑顔を見ただけで、オリヴィエは満たされたような気持になっていた。


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