My treasure…

1.

セレスティアの正門。
オリヴィエはペガサスの噴水を眺めながら、ロザリアを待っていた。
平日とはいえ、晴天の午後だ。
楽しそうに駆けまわる子供や、犬の散歩をする老夫婦などで、広場はそこそこの賑わいを見せている。
昔は子供の声など煩わしいばかりだったが、今は…ぼんやりと自分たちの未来を重ねてしまったりして、それが自分でも面映ゆい。
ちらりと携帯を見れば、待ち合わせの時刻まであと少し。
時間に正確な彼女は、きっともうすぐ現れるはずだ。

いつもならデートとはいえ、同じ聖地住まいの二人は、そろってセレスティアに来ることが多い。
それが待ち合わせという形になったのは、今日がオリヴィエの誕生日だからだ。
せっかくだから、いつもと違うことをしてみたい、と、いうロザリアからの提案を、オリヴィエもすぐに受け入れた。
実際、こうして彼女を待つ時間は新鮮で、つい早く家を出てしまったことも面白い。

ほんの数年前まで、何の興味もなかった誕生日も、ロザリアに出会ってからは、毎年が特別な一日だ。
いろんなお祝いをしてくれる彼女のワクワクが伝染するように、オリヴィエもこの日が楽しみになっていた。
去年はロザリアの屋敷で、全員を招いたバースデイパーティ。
みんなからサプライズプレゼントをもらい、夜は二人きりで甘いひと時を過ごした。
きっと今年も素敵な一日になるだろう。

広場から伸びる一本道の方へ体の向きを変えると、ちょうど、角を曲がってくるロザリアの姿が見えた。
お嬢様育ちの彼女は歩く姿勢もまっすぐで美しい。
もうすぐ。
彼女の瞳がオリヴィエを認めれば、笑顔になって駆けてきてくれるだろう。
そう思って手を上げかけた瞬間、異変が起きた。


すっと首筋に冷えたものが押し当てられる。
と、同時に、ロザリアが黒づくめの数人に取り囲まれ、強引に元来た方へと連れ去られていくのが見えた。
この平和な地で起こった、まさかの出来事。
「ロザリア!」
オリヴィエの叫び声は、口に無理やり押し当てられた布の中へと吸い込まれ。
チクリとした首の痛みと共に、目の前の景色が反転する。
倒れ込む瞬間、がっしりとした腕に支えられた記憶を残して、オリヴィエの意識は闇に飲まれて行った。



目が覚めて、がばっと体を起こしたオリヴィエは、自分が噴水広場のベンチに寝かされていることに気が付いた。
まだ日は高く、おそらくそれほどの時間は経っていないのだろう。
走り回っている子供たちも、さっきと同じ顔ぶれだ。
ベンチに座りなおしたオリヴィエは、まだ少し靄のかかった頭を振り、すぐに立ち上がった。
さっきの出来事がリアルなのか。
はたまた夢なのか。 …いっそ夢であればいいのだが。

携帯を取り出し、ロザリアに電話をかけてみると、長い呼び出し音が続き、やがて、途切れてしまった。
送ったメールにも既読の表示が付かない。
そもそも約束の時間から1時間以上過ぎた今の段階で、何の連絡もないことがありえないのだ。
生真面目なロザリアは数分の遅刻でも連絡を欠かさない。
とすれば、連絡できない状況に置かれていると考えるのが自然だろう。
胸がつぶれそうなほどの焦燥感に、グッとオリヴィエの拳に力が入る。

一連の手際の良さからも、初めからロザリアをターゲットにしていたことは間違いない。
厳重に人の出入りが制限され、警備も厳重な聖地に比べ、アルカディアは一般社会で、ガラの悪い地域も存在すれば、犯罪だってある。
忘れていたわけではないが、油断していたのは事実だ。
宇宙全体が安定しているこの時期に、補佐官が狙われるという事態を、まるで想定していなかった自分自身に腹が立つ。
しかも自分の目の前で、彼女は奪われたのだ。
オリヴィエは一度、大きく深呼吸をすると、電話をかけた。

「はーい。 どうしたの?」
女王アンジェリークの明るい声が聞こえてくる。
「はあい、今、なにしてる?」
「ルヴァとお昼ご飯を一緒に食べたところよ。 デザートのプリン中。」
「そっか。 ご飯の邪魔してゴメン。 あのさ、ロザリアから何か連絡あった?」
さりげなく尋ねてみると、
「え? 昨日から見てないけど。 連絡つかないの?
 まさかロザリアが寝坊してるとか? …病気かな? 見てきた方がいい?」

アンジェリークが椅子から立ち上がった音が聞こえてきて、オリヴィエは慌てた。
犯人サイドからの要求がなにもない、ということを確かめたかっただけだ。
補佐官として拉致されたなら、その要求は聖地に関わることだろう。
けれど、まだ何も要求がないのなら、逆に出来る限りロザリアの不在を誰にも知らせたくはなかった。
騒ぎ立てて犯人サイドの態度が硬化すれば、ロザリアに危害を加えられる恐れもある。
それが一番恐ろしい。

「ううん、ちょっと…見失っちゃってさ。
 もしかして、連絡がきたら、教えてくれる?」
「いいけど。 あ、もしかして、ケンカ?」

そんな平和なものなら、どれほどいいことか。
オリヴィエは天を仰ぎながら、否定も肯定もしなかった。
すると、アンジェリークは
「ふふふ。 こんな日にケンカするなんてね~。 なにかあったのかしらぁ?」
実に嫌な感じで問いただしてくる。
それ以上、相手をするのも面倒になったオリヴィエは、挨拶もそこそこに、あっさりと電話を切った。


「手がかりナシか。」
真っ青な空に、輝く太陽。
子供たちの遊ぶ声。
周囲が平和であればあるほど、自分の置かれている断崖絶壁がシュールすぎて、なぜだか笑いたくなる。

犯人からの要求もなく、目的もわからない以上、実際、手の出しようがない。
けれど、とにかく探してみることにした。
…ただ待っているだけなんて、絶対に無理だ。
オリヴィエが携帯をポケットにしまおうとしたところで、メールの着信が入る。
バナーを見て、思わず息がこぼれたのは、それがロザリアの携帯からだったから。
急いでボタンを押し、メールを開いたところで、オリヴィエの全身から血の気が引いた。

本文のない2枚の添付写真。
1枚は地図で、赤い丸印が一つついている。
もう1枚は…手足を縛られ、転がっているロザリアの姿だった。

おそらくはベッドの上。
さっき見かけた白いワンピースのまま、後ろ手に縛られた状態のロザリアは目を閉じている。
意識がないのかもしれない。
衣服に乱れがないことだけが、唯一の救いだ。
それでも、オリヴィエは目の前が真っ赤に染まるほどの衝撃を受けていた。
彼女に何かあれば。
きっと今以上に自分が許せなくなるだろう。

叫び出しそうになるのをぐっとこらえて、オリヴィエは地図を眺めた。
地図には文字が一つもなく、ただ建物と道路が線だけで描かれている。
円形を基本として、中央から放射状に区画整理された土地。
この形には見覚えがある。
「これ・・・。」
地図に描かれているのは、間違いなく、今、オリヴィエがいるセレスティアだ。
印の個所は、そう遠くない、贈り物の園の中。
オリヴィエは携帯を持ったまま、その場から走り出した。


息を切らしながら、駆け付けたのは、ジャルダン・ナチュール。
印は確かにこの場所だが、可憐な花の咲き揃う、この店で、犯罪めいたことが起きているとは考えにくかった。
建物を見上げても、一階は店、二階は家族の住居といった平和な雰囲気だ。
花屋らしく、バルコニーには隙間なく花が飾られて、真っ白なレースのカーテンがはためいている。
オリヴィエが動きかねていると、店先にいた客が、店員の女性に見送られながら、花束を手にして帰っていった。
幸せそうな横顔は、これから恋人にでも会うのだろうか。
何とも言えない、苦い気持ちがオリヴィエの中に渦まいてくる。
「ちょっと。」
店の中へと戻りかけた店員に声をかけると、店員はオリヴィエを見て目を丸くした後、すぐにニッコリとほほ笑んだ。

「はい。 ご注文の品ですね。 すぐに用意してまいります。」
急ぎ足で奥に消えた店員は、すぐ、と言った通り、間もなく手に花束を持って出てきた。
白いバラが数十本。
バラだけで作られた花束は見た目も豪華で、かなりしっかりした重さがある。
「これは?」
渡されるまま、花束を手にしたオリヴィエは、にこにこした店員に鋭い目を向けた。
まさか、この女性もグルなのか?
信じられないが、疑わずにはいられない。

「お電話いただいた17本の白バラです。 …6000円ですがよろしいですか?」
オリヴィエの硬い表情に、女性は戸惑った様子だが、客商売らしい笑顔を崩さずにいる。
むしろ彼女の心配は、花束の出来栄えに不満があって、クレームが出ることなのだろう。
花束をチラチラと気にしては、不安そうに、オリヴィエの様子を伺っている。
…よほどの悪人でない限り、彼女はシロだろう。

「ねえ、それって、どういう電話だった?」
これが犯人からの接触だと確信を持ったオリヴィエは、店員にさりげなく尋ねた。
今のところ、ここにしか犯人の接点はない。
声でもなんでも、少しでも手がかりが得られればありがたかった。
「白バラを17本使って、花束を作ってほしいということと、金髪で白ジャケットの男性が後で取りに来る、ということでしたけど。
 あ、落ち着いた男性の声でした。」

一味の中に男がいる。
じわりとオリヴィエの胸に不安が忍び寄った。
画像のロザリアは今のところ無事のようだったが、この先のことはわからない。
とにかく早く彼女を見つけなければ。
そして、金髪で白ジャケットという言葉。
今日のオリヴィエにぴったりと当てはまっているけれど、この服にしようというのは、今朝、起きてから決めたことだし、誰かに話したこともない。
つまり、オリヴィエは朝から見張られていたのだ。

「それだけ?」
「あの…お会計は取りに来た時に、という話だったんですが、いただいてもよろしいですか?」
「ああ…。」
オリヴィエは歯噛みしながら、花束の代金を支払った。
要らないと突っぱねてしまうのは簡単だが、お店に罪はない。
しかも、今のところの手がかりは、この花だけなのだ。
捨てるわけにもいかなかった。


花束を受け取り、店員に見送られながら店を出ると、また携帯が鳴った。
差出人はロザリア。
メールを開くと、そこにはまた一枚の地図が添付されている。
「今度は・・・ふん、アクアリウム? 魚でも飼わせるつもり?」
赤い印は遊びの園のアクアリウムを示している。
急ぎ足でアクアリウムまで向かったオリヴィエは、入り口の前で少年に声をかけられた。


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