Out of the blue

1.



「ふうん、なかなか似合うじゃない」
ロザリアの頭のてっぺんから爪先までをじっくりと眺めて、オリヴィエは口笛を吹いた。
ひゅうと軽い音にロザリアは不愉快そうに眉を寄せ、両手を胸の前で交差させる。
オリヴィエの視界を少しでも狭めようというささやかな抵抗だろうが、まったくその効果はない。
なんといっても、今のロザリアのスタイルで手で隠せる範囲などたかがしれている。
それほど露出が高いのだ。

先端をかろうじて隠せる深さしかないカップからは胸がこぼれ落ちそうになっている。
むき出しの肩から大きく開いた背中のライン。
ヘソ出しな上、ぎりぎりの際どさのハイレグ。
要するにほぼ下着レベルでしか身体を隠していない衣装で、今、ロザリアはオリヴィエの前に立っていた。
ご丁寧なことに、頭の上にはウサギの耳、お尻には尻尾までついた、そう、ズバリ、バニーガールの姿だ。

「・・・そんなに見ないで下さいませ!」
オリヴィエのじろじろと音がしそうな無遠慮な視線に、ロザリアは顔を真っ赤にして身体をよじった。
けれど、彼女のその動作は、余計に男性の劣情を煽るポーズとなっていて、今度はオリヴィエが眉を寄せる。
「このくらいで嫌がるならすぐに元の服に着替えておいでよ。無理に来なくたっていいんだからね」
プイッと顔を背けたオリヴィエに、ロザリアは唇をぐっと噛みしめた。

たしかにこの後のことを考えれば、この程度で動揺していてはいけない。
今夜はどうしてもオリヴィエについて行かなければならないのだ。
女王補佐官の名にかけて。

ロザリアは交差していた腕を腰に当て、ぐっと背を反らした。
まだ女王候補だった頃、十八番だったあのポーズ。
「これでよろしくて?」
ツンと顎を上げ、大きなバストを堂々と見せつけるように仁王立ちするロザリアは、一歩も引く気配がない。
開き直れば案外強いロザリアの性格はオリヴィエもよく知っているし、時間も押している。

「・・・わかったよ。じゃあ、手はずは説明したとおりだからね。言っとくけど、今夜はただの下調べだから、変な騒ぎを起こしたり、目立つ行動はダメ。いいね?」
着替えにたどり着く前に、今夜のことは何度も説明したし、聡明な彼女なら理解しているはずだ。
ただ、予想通りに行かないのもまた、デフォルト。
聖地と違い、この惑星では瞬時の助けは望めないし、多少のピンチは自分で切り抜けるしかない。

ロザリアは真剣な顔で頷くと、オリヴィエをじっと見ている。
その瞳になぜか不満の色が浮かんでいるのを感じて、オリヴィエは首をかしげた。
「なに?気になることがあるなら、今のうちに言いな」
今のうちに少しでも不安の芽はつぶしておきたい。
実際、オリヴィエの本心としては、彼女にはホテルで大人しく寝ていて欲しかった。
でも、そんなことを受け入れる彼女でもないし、かえって自分の目の届くところの方が安心かもしれないと渋々受け入れたところなのだ。

オリヴィエとしては大まじめで言ったのに、
「なぜ、あなただけそんな格好で、わたくしはコレなんですの?なんだか腑に落ちませんわ」
ロザリアは唇を尖らせている。
ガクッと脱力するオリヴィエだったが、まあ、彼女の不満もよくわかる。
ロザリアはバニーガール姿だというのに、オリヴィエはありきたりなグレーシャツに黒のベストとネクタイだ。
正直、地味で普通なのは間違いない。
彼女のじとっとした視線に、オリヴィエは肩をすくめ、ため息をついた。

「私はディーラーだから、目立っちゃいけないの」
「・・・だったらわたくしもそちらが良かったですわ」
「あんたには無理でしょうが。やったことない人間が急にルーレット回せる?カード切れる?」
「それは・・・」
ロザリアも自分が無理難題を言っているのはわかっているのだろう。
それ以上は突っ込んでこない。
ただぶつぶつと声にならない声で不満を漏らし続けている。
「それにこの惑星では、女性はこんな仕事はしないんだよ。言ったでしょ?この惑星は聖地や主星とは生活習慣が全然違うって」

二人が今いる惑星シュライヤは独自の文化を持っている、ちょっと特殊な惑星だ。
面積のほとんどを砂漠に覆われた乾燥地帯で、多くの都市は数少ないオアシスに点在しているが、その文明度はかなり高い。
ただ、聖地や主星のような自由や博愛、平等という精神が、この惑星では著しく遅れている。
いまだに残っている激しい男尊女卑思想もその一つで、女性は基本的に仕事持つことが許されていないのだ。
本来、女王を戴く惑星としてはあり得ないことだが、貴重なレアメタルの産地であり、王族がその権利を独占、支配しているということが、聖地の本格的な介入を防いでしまっている。
このシュライヤでは、ホステスや娼婦といった、女性が性的な対象となる仕事以外は全て男性が独占している状態だ。
だから、たとえロザリアがディーラーのつとめを果たせたとしても、この惑星ではできない。
もしもカジノに女性が入るとしたら、誰かの妻か愛人か、それかバニーガールでしかありえないのだ。

「わかっていますわ。ここから先はわたくしたちは見知らぬ者同士。情報交換はホテルに戻ってからですわね」
「絶対に無理しないでよ。今日はただの偵察だからね」
「ええ」
二人は目配せをすると、別々の方向へ歩き出した。
ロザリアはバニーガールの控え室、オリヴィエは従業員用の入り口へと向かう。
あとは天のみぞ知る、だ。

他のバニーガール達と合流したロザリアは、地下へ降りていく長いエレベーターに乗った。
そこそこの広さにぎっしり女性達が詰め込まれた箱は、しんと重苦しく静まりかえっている。
女性達は皆美しく、バニーガール姿は華やかなはずなのに、何故か浮ついた雰囲気はない。
この惑星の常識で考えれば、おそらく彼女たちは皆、貧しい生まれで、しかたなく、この仕事を選ばざるをえなかったのだろう。
借金のかたに売られてきたり、無理やり働かされている娘もいるかもしれない。
自分の意思でここへ来る女性は滅多にいないはずだ。
性を売る仕事は、どこの世界でも貧困と隣り合わせだから。
ロザリアは自分たちの治める宇宙が、こんな理不尽を許していることが、とてつもなく悔しかった。
けれど今は目をつぶっておくしかない。

ロザリアはぐっと顎を上げ、まっすぐに前を見つめた。
女王補佐官とはいえ、聖地に黙って出てきた以上、ここから先、なにがあっても自己責任だと理解はしている。
せめて、タブーをおかして助けてくれているオリヴィエに迷惑がかかるようなことはさけなければ。
覚悟を決めるように、ロザリアはグロスを濃く塗った唇を強く引き締め、拳を握っていた。


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