泡沫の夏空

3.

──── 瞬間、

「あ、痛!!!!」
ガクッと視界が揺れる。
ハッと目を見開いたオリヴィエは辺りを見回した。
目に映るのは、いつもの部屋。
見慣れた壁紙と家具と、作業机に広げられた、浴衣の布地のサンプル。
もちろん星空でもなければ、祭囃子も聞こえない。
…抱きしめようとしていたロザリアもいない。

「…居眠りしてたってことか…。」
オリヴィエは頬杖をついていたせいで、痛む肘と顎についた赤い痕を掌でなぞった。
さっきまでの全部が自分にとって都合のいい夢だったとわかり、思わず天井を仰ぐと、笑みがこぼれてくる。
夢の守護聖のくせに。
なんて当たり前でありがちな願望を見てしまったのか。
けれど、今は、夢で残念だったというよりも…夢でよかったと思う。


オリヴィエはサンプルを閉じると、携帯を取り出した。
「あのね、ちょっと作ってもらいたい生地があるんだけど。
 今からデザイン送るから、頼まれてくれるよね?
 ちょっと急ぎなんだけどさ、あんたと私の仲じゃない?」
馴染みの生地屋に、夢で見た彼女の浴衣の柄を織らせるように発注をかける。
今から取り掛かれば、なんとか約束の日までには、きっとあの通りの浴衣がつくれるだろう。

「まだ間に合うってことだよね。」
彼女にあんな顔をさせなくてよかった。
それにどうせなら、オリヴィエの口から彼女にちゃんと伝えたい。
『今夜は帰したくない』と告げたら、彼女は…どんな顔をするだろうか。
やってくる夏祭りの夜を期待して、オリヴィエは自分用の布にはさみを入れるのだった。


FIN
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