きっと君を思い出す

女王試験156日目


「なぜなのですか? ジュリアス様!」
誰もいない森の湖は、ただ滝の流れる水音だけが耳を打つ。
明るい太陽は眩しく、景色はいつもと変わらず美しいのに。
二人の間の空気は張り詰めたように凍っている。

恐ろしいほどの静寂の後、ロザリアは堰を切ったように激しい口調で、ジュリアスに詰め寄った。
きっと今、自分は醜い顔をしているに違いない。
そう思っても、到底止めることなどできなかった。
目の前のジュリアスは恐ろしいほどの無表情でロザリアを見下ろしている。
感情のこもらない、冷たい瞳。
もしも少しでも哀しみや憐みの色が見えたのなら、もう少し冷静でいられただろう。

「愛」の対義語は「無関心」だと聞いたことがある。
だとすれば、もう、ジュリアスの中にロザリアへの「愛」は、少しも残っていないということになるのかもしれない。
それが信じられなかった。
ついこの前まで、あんなにも甘い囁きをくれたジュリアスの変容。
夢ではないかと、かみしめた唇の痛みがやけに生々しく、鉄の味が滲む。

「なぜ? そのようなことを聴いてどうする。」
氷のような口調にひるむことなく、ロザリアは食い下がった。
「あのお言葉は嘘だったのですか? 
 わたくしを愛している、とおっしゃったあのお言葉は…!」
「嘘ではない。 あの時はたしかにそう思っていたのだ。
 お前の持つ女王のサクリアが私を惹きつけていただけとは知らず、お前自身を愛しいのだと思っていた。」

今は違う。
はっきりと言葉にはされなくても、ジュリアスのその思いは、ロザリアにはっきりと伝わってきた。
もう、ジュリアスの心はロザリアには無い。

「わたくしと一緒に生きると、永遠にと、誓ってくださったのではなかったのですか…!」
今更何を言っても、彼の心に響くことはないのだとわかっていた。
けれど、いわずにはいられなかった。
あの愛おしい日々がすべて夢だったなんて。

「お前が女王候補から降りようとした途端、私を惹きつけていたオーラが消えたのだ。
 おかげで私は誤った愚かな選択をせずに済んだ。」

ジュリアスは後悔している。
ロザリアに愛を告げたことを。

「ジュリアス様…。」
混乱と絶望に塗りつぶされて、ロザリアは思わずジュリアスに手を伸ばしていた。
トーガの袖部分をキュッと握った手は、どうしても震えてしまう。
以前のジュリアスなら、その手を優しくとり、暖かな胸へと導いてくれただろう。
彼の腕の中はとても暖かく、愛されていることを実感できたのに。
ジュリアスは眉間にしわを寄せ、トーガを自分に引き寄せるようにして、ロザリアの手を振り払った。

「私に触れるな。」

なぜ。 どうして。
足から力が抜け、ロザリアは、その場にへたり込んでしまった。
涙でぼやけた視界から、ジュリアスが去っていくのを感じる。
ロザリアがどれほど泣こうが、彼は行ってしまうのだ。
ざわざわと草を分ける衣擦れの音が遠くなっていく。


ジュリアスの気配が完全になくなってから、ロザリアは声を上げて泣いた。
こんなに悲しくつらい思いは、生まれて初めてで。
女王候補として育てられてきて、感情のコントロールには慣れていたはずなのに、どうしても抑えきれなくて。
体中の水分が全部抜け出してしまうのではないかと思うほど。
泣き疲れて、意識を失うほど泣いた。

ようやくロザリアが目を覚ました時、すっかり日は落ちて、風も冷たくなっていた。
火照った顔を湖の水で冷まし、しばらくぼんやりする。
さっきまでの出来事が夢だったらいいのに。
けれど、腫れぼったい目も枯れた声も、全て現実で。
彼はもう、ロザリアを愛していないのだと、認めなければならない。

ロザリアはふと、自分の掌を見た。
咄嗟にジュリアスのトーガを掴み、そして振り払われた手。
この手には何も残っていない。 もう、なにも。
…いっそこのまま、湖に身を投げてしまおうか。
そう思った、その時。

きらりと湖の湖面に星が光った。
思わず空を見上げると、空一面に煌めく満天の星の世界。
そして、その中央に尾を引いて落ちる、いくつもの美しい流星の群れ。
まるでロザリアを励ましているかのように星たちは光り輝いている。

「キレイ…。」
故郷の主星でも、この飛空都市でも、ここまで見事な星空をロザリアは生れて初めて見た。
星の一つ一つに感じる、生命の力強いきらめき。
それがこの美しさの源なのだとしたら…。
宇宙を守るとは、女王とは、なんと素晴らしい存在なのか。

ロザリアは自らの掌を再び見た。
何もなくなったような気がしたけれど、まだ自分には女王という道がある。
目指すべき道が。

グッと拳を握り、ロザリアは立ち上がった。
もう一度目指す未来へ向かって。


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