女王試験192日目
ロザリアが玉座の前に立った瞬間、彼女の背中に金の翼が広がった。
宇宙のすべてを譲渡され、無事に移動までをこなしたロザリアは、今、名実と共に256代女王に就任したのだ。
外見は女王候補の時と同じ。
服装も何も変わっていないのに、彼女はたしかにこの宇宙の女王なのだと、誰もが納得する圧倒的な存在感がある。
青い瞳は宇宙の知識を蓄えたせいなのか、今までよりも深い輝きを放ち。
その微笑みは多くの出来事を乗り越えた者だけが持つ、慈愛の心に満ちていた。
新女王ロザリア。
きっと彼女は歴代の女王でも比類なき名君になるだろう。
「役に立てるように、がんばるからね!」
補佐官に任命されたアンジェリークがロザリアの手をぎゅっと握ると、
「ええ。 お願いしますわよ。」
ロザリアもまたぎゅっと握り返した。
にっこりとほほ笑みあう少女たちに、自然と女王の間は明るい空気になる。
生まれ変わった宇宙は彼女たちによって、これからまた新しい歴史を刻んでいくのだ。
「我々守護聖一同、新女王ロザリアに心よりの忠誠を…。」
「新女王、ロザリア陛下に永遠の栄光を!」
両翼の守護聖によって、儀式の終了が告げられると、守護聖達がわっと新女王と補佐官を取り囲んだ。
「おめでと、新女王陛下。 頑張って!」
「オレも力になるぜ。」
「ぼくもがんばるよ!」
「俺も全力を尽くすよ。」
「世界をお導きくださいね。」
「わが剣と精神を持って、陛下に忠誠を誓うぜ。」
「私達もいつもお力になりますからね~。」
口々に祝福の言葉を述べる守護聖達に囲まれ、ロザリアとアンジェリークは楽しそうに笑っている。
すでに女王の立場にあるとはいえ、つい昨日までは、試験を介して友人のように付き合ってきたのだ。
急に態度が変わるわけでもなく、和気あいあいとした空気が流れている。
きっとこの先も女王と補佐官、守護聖は、こうして、仲間のように手を取り合って、宇宙を育てていくのだろう。
ジュリアスはその輪から遠く外れ、女王の間の片隅にひっそりと立っていた。
ロザリアに対して行ったジュリアスの非道は、守護聖の誰もが知っている。
永遠の愛を誓いながら、興味がなくなれば、あっさりとロザリアを捨てた男。
あえて口に出す者こそいなかったけれど、かげでどれほどジュリアスが悪し様に言われていたか、気付いていないほど鈍感でもない。
祝福の輪の中に入ることができないのは、当然の報い、なのだ。
金のオーラに包まれたロザリアの輝くような笑顔。
彼女のこんな笑顔は、本当に久しぶりに見た。
あの別れの後も、ロザリアはジュリアスの元へ育成に訪れていたが、終始硬い表情で俯いていたから。
やはり、彼女には笑顔が似合う。
「君のおかげだよ。」
ふと足元から聞こえてきた声にジュリアスは視線を傾けた。
ジュリアスの腰くらいの身長の少年が、トーガを掴み、にっこりとジュリアスを見上げている。
「お前は誰だ?!」
つい声を尖らせると、少年は人差し指を唇に当て
「しーっ。 静かにして。 ボクの姿は君にしか見えないんだから、変に思われるよ?」
くすくすと笑う。
ジュリアスは片眉をピクリと上げると、再度、少年をまじまじと見た。
「まさか、お前は…。」
「ふふ。」
少年は無邪気な笑顔で、自分の髪を一房摘み上げる。
「若返ったでしょ? ほら、髪の毛だって、肌だって、こんなにピッカピカだよ。
新しい身体、最高だね!」
「…信じられぬ。」
以前出会った時の彼は。
髪や瞳の色こそ同じだが、ボロボロの衣服を身にまとった、今にも息絶えてしまいそうな老人だった。
「新しい女王の力は素晴らしいね。
正統な女王の持つ正統な力は、この宇宙をきっとこれまで以上に繁栄させてくれるよ。
このボクが保証するんだから、間違いない。」
にっこりと笑う少年。
「全部、君のおかげだよ。 ジュリアス。」
その体は女王と同じ金色のオーラに包まれている
彼が何者なのかを一目で理解できるオーラは、紛れもない宇宙のオーラだ。
「私の手で宇宙の安寧が保証されたというわけか。 名誉なことだな。」
失ったものは多くても、その事実があれば、光の守護聖としての誇りを捨てることはないだろう。
たとえ、誰にも理解されなくても。
自分自身の正しさは、自分が一番よく知っているのだから。
「でもね、ジュリアス。
別にボクは君に不幸になってほしかったわけじゃないんだ。 だって、この先、君は…」
「言うな。」
少年はこの先の未来も全て、知っているのかもしれない。
けれど、それを聞きたくはなかった。
どれほど薄い望みだとしても、捨ててしまうには、まだ重いのだ。
ロザリアの肩に置かれた男の手。
男を見上げるロザリアの瞳。
2人の間に流れる、わずかだけれども特別な空気。
それを感じるジュリアスの心臓がジクジクと痛みだして、目に見えない血が流れだしているような気がする。
正しいことをしたと信じている。
けれど。
後悔しないとは思えない。 きっと、後悔するのだろう。
少年はいつの間にか姿を消していた。
おそらくもう二度と、彼に会うことはない。
いまだ賑やかな女王の間で、ジュリアスは、ただひとりきり、立ち尽くしていた。