月に一度のお茶の時間は、立場を忘れて、女の子同士の会話を楽しむ時間。
今日も女王アンジェリークと補佐官ロザリアは、アフタヌーンティの優雅なひとときを楽しんでいた。
「わ!今日のマカロン、すごく可愛い!」
三段のティースタンドには所狭しとお菓子が盛られている。
あふれるほど挟まれた新鮮なフルーツと生クリームのサンドイッチ。
焼きたてのスコーンからはほかほかと湯気がたっていて、定番のクローテッドクリームとアプリコットジャムが添えられている。
なんと言っても一番美味しそうなのは、マカロンと3種のケーキだ。
イチゴショートにガトーショコラ、グレープフルーツのタルト。
特にマカロンはクリーム部分が普通の3倍はあろうかという厚さで、動物を模した可愛らしいデコレーションまでついている。
「下界でこの頃流行っているそうですわ。ウチのパティシエは研究熱心で嬉しいですわね」
ポットから暖かい紅茶を注いでいたロザリアがにっこりと微笑んだ。
あたりに広がる、アッサムの芳醇な香り。
アンジェリークのために、一つのカップにはダイエットシュガーを入れ、セッティングは完了だ。
「食べるのがもったいないわ~」
言いながら、アンジェリークはフォークを握りしめ、フルーツサンドを自分のお皿に移している。
繊細なカッティングを施されたオレンジも一緒に飾れば、真っ白なお皿に花が咲いたような豪華さだ。
「美味しいね!」
「ええ。本当に」
ロザリアもサンドイッチとイチゴを皿に取り、二人でスイーツの甘さを堪能した。
いくら聖地とは言え、毎日こんなに豪華なお茶をしているわけではない。
月に一度、最終の金の曜日の『のんびりお茶デー』。
だからこその品揃えなのだ。
アンジェリークがお茶をおかわりして、ようやく、いったん休憩になる。
すでにスタンドに盛られたスイーツはほぼ食べ尽くし、ガトーショコラといくつかのフルーツが残るのみだ。
「は~幸せ」
アンジェリークはまだフォークを持ったまま、テーブルに頬杖をついてため息をこぼした。
「お行儀が悪いですわよ」
すかさずロザリアが注意をしても、アンジェリークは夢見心地なのか、うっとりした瞳で宙を見ている。
「ねえ、ロザリア」
「なんですの」
ぼーっとしているアンジェリークを横目に、ロザリアは自分のカップに紅茶を足した。
「わたし、最近、恋しちゃったみたいなのよね」
「え?!」
こい?鯉?・・・まさかの恋?
一瞬、驚いてカップを取り落としそうになったものの、ロザリアはすぐに冷静さを取り戻した。
伊達に一年以上も彼女の友人をやっていない。
この突拍子のなさにも慣れてきていた。
「恋、って・・・。知ってるわよ。あんたは飛空都市にいた頃からずっと『オスカー様~!』だったじゃない」
ロザリアがふっと鼻で笑ってしまったのも仕方がない。
女王候補の頃、アンジェリークは文字通り、オスカーを追いかけ回していた。
下界ならストーカーと言われても不思議ではないほどの熱量で、ロザリアも端で見ていて、ちょっと恐ろしいほどだったのだ。
もっとも、オスカーの方はアンジェリークにまるで興味がないようで、見事なほどスルーしていたが。
「そうね・・・そんな頃もあったわね・・・」
今度は逆にアンジェリークがどこか遠くを見る目で、ふっと鼻で笑った。
「あれはわたし的にも黒歴史だったわ。なんでオスカーがあんなにカッコ良く見えたのかしら?ま、今でも顔だけはカッコいいけど」
顔だけは。
あまりにもずばっと言い切る姿に、ロザリアはなんだかオスカーが気の毒になってしまった。
今頃はくしゃみの一つでもしていることだろう。
「本当に今の気持ちは、あの頃とは全然違うのよ!これがきっと真実の愛なのね!」
アンジェリークはフォークをぐさりとイチゴに突き刺し、うるうるとロザリアを見つめる。
「で、誰なんですの?」
そのいかにも『聞いて欲しい』というアンジェリークの瞳に逆らえず、ロザリアは尋ねた。
女子の会話にそれくらいの気配りは大事なのだ。
すると、アンジェリークは
「えー!そんなあ。はっきり言うの、恥ずかしい~!」
と、フォークからイチゴが転がり落ちそうに身体をくねくねさせている。
聞いて欲しいくせに。
でも、こういう面倒くさいところも、アンジェリークの面白いところではある。
「うふ、でも、ロザリアにはちょっとだけヒントを上げるわね」
いえ、結構です、とも言えず、ロザリアは聞く体勢になった。
少しの好奇心がないこともない。
なぜなら女王と補佐官として聖地に来てから、特に新しい出会いもなく、きわめて平和な日常を過ごしているからだ。
そんな中で、アンジェリークが新しい恋をしたとしたら・・・ロザリアもよく知る人物なのは間違いない。
「まず~、顔面偏差値はめちゃくちゃ高いわ。もう、人間を通り越して、芸術品みたいな美しさよ」
アンジェリークの面食いはよく知っているから、驚かない。
それに、この聖地にいる人間は、顔で選んでいるんではないかと思うほど、守護聖以下、庭師やコックに至るまで皆美形揃いなのだ。
最近では目が慣れて、多少の美形では動じなくなってきた。
「あと、スタイルもめっちゃいいわ。すらっと背が高くて」
なるほど、これも当たり前だ。
聖地の男性はみなすらりと背が高い。
「頭もいいし、芸術とかを見る目もありそうだわ」
これも、失礼かもしれないが、アンジェリークと比べれば、まあ、だいたいがそうだろう。
このヒントではとてもじゃないが見当もつかない。
ロザリアが無言になったことに気がついて、アンジェリークはディアマンクッキーを口の中に放り込むと、
「それじゃあ大ヒントよ」
うふふと不気味な感じで笑った。
「絹糸みたいなキレイな金髪で、深い海……っていうか星空みたいな青い瞳なの」
すぐにロザリアの脳裏にある人物が思い浮かんで、喉がゴクリと鳴る。
黙り込んだロザリアに
「わかっちゃった?うふ、ロザリアもこれから協力してね」
天使のような笑顔で、アンジェリークは頬を染めたのだった。
その夜。
月明かりが差し込むロザリアの寝室では、秘めやかな蜜事が行われていた。
天蓋付きの優雅な寝台で絡み合う二つの身体は、一点でつながり、みだらな水音を響かせている。
シルクのシーツの上で波打つ青紫の長い髪。
律動に合わせて揺れる豊かな膨らみの頂きは赤く濡れて光り、白い身体のあちこちには念入りな愛撫で赤い花が咲いていた。
「あ、ん」
とろとろに蕩けた秘所に熱い楔が激しく打ちこまれると、思わず嬌声がこぼれて、白い身体が何度も跳ねる。
与えられる快楽に染め上げられて何も考えられなくて。
「好きだよ……ロザリア」
囁く声と同時に、身体の奥に熱い飛沫を受けたのを感じて、ロザリアの爪先がぴんと伸びて震えた。
「なにかあった?」
情事の熱が引いたふたりはぴったりと寄り添うように寝台に横たわっていた。
オリヴィエの右腕にちょこんと頭を乗せ、耳を胸にぴたりとつけていると、トクトクと鼓動が聞こえてくる。
平日は忙しいから、週末の一度だけ、と初めに二人でルールを決めた。
そうでもしなければ、毎晩会いたくなって、とても執務などできないし、周囲にも気づかれてしまうだろう。
オリヴィエの指がロザリアの髪を優しく梳いていく。
指から温かさが伝わってくるようで、気持ちよさにうっとりしてしまう。
「……なにもありませんわ」
「そう?なんか元気ないみたいだったけど」
オリヴィエはダークブルーの瞳を愛おしげに細めて、ロザリアを見つめている。
どきりとしたロザリアはすぐに目をそらした。
『星空のような』青い瞳。
長い睫毛に縁取られたオリヴィエの瞳は確かに海と言うよりは、星を抱いた夜空のような煌めきだ。
深い青なのに暗い影があって、こんな関係になった今も、見つめられるだけでドキドキして胸が苦しくなる。
オリヴィエが身体を横にして、ロザリアをぎゅっと抱きしめると、ふわりと流れてきた彼の髪が頬をくすぐる。
猫のように柔らかな金の髪は『絹糸のような』という表現がピッタリだ。
金髪で青い瞳。
あの言葉を聞いて、最初に思い浮かんだのがオリヴィエの顔だった。
ふう、とロザリアの唇から零れた溜息に、オリヴィエは僅かに目を見開いた。
やはり今日のロザリアはなにか様子がおかしい。
最中こそ、オリヴィエに全てを委ねていてくれたけれど、どこか心在らずというか、そんな気がする。
補佐官になって半年ほどがたち、少し疲れてくる頃なのかもしれない。
ただでさえ、ロザリアは気を張りすぎるところがあるタイプなのだ。
おまけにオリヴィエにすら、そうそう弱音を吐いたりはしない。
「疲れてるみたいだね。ゆっくりおやすみ」
優しく頭を撫でると、ロザリアは額をオリヴィエの胸に擦り寄せている。
眠る前の彼女のクセで、子猫が擦り寄るようでとても可愛らしい。
しばらくして、すうっと寝息が聞えてきて、オリヴィエは目を細めた。