オリヴィエが濡らしたタオルを手にバスルームから戻ると、彼らは二人がかりでロザリアの体をふき始めた。
乾きかけていた腿と腹の上の白濁をぬぐい、汗にまみれて火照る身体を冷やしていく。
まだ熱を持つ白い肌に散るのは、赤い情交の痕。
白い肌に散る花びらが淫らで美しい。
その間、ロザリアは全く動けなかった。
あまりの出来事に思考が付いてこないのだ。
今日で会わないつもりだった。 忘れるつもりだった。
二人を同時に愛するなんて、自分自身が許せないと思ったから。
それなのに。
立て続けに与えられた快感に体が反応してしまい、途中からはたしかに、二人を受け入れていた。
二人から愛されることを、悦んでいた…。
「わ、わたくし…。」
ロザリアは突然起き上がると、身体にシーツを巻き付け、両腕で自分を抱きしめた。
わけもなく涙があふれてきて止まらない。
二人を本当に好きだから、穢されたとは思っていない。
力づくではあったけれど、彼らは優しかったし、ロザリアを心から想っていることは十分に感じられたから、怒っているわけでもない。
ただ、やはり自分自身が許せない。
きっと心のどこかで、二人共を欲しいと望んでいたのだ。
「こんな…。こんなこと…きっと神様はお許しになりませんわ…。」
本当は懺悔をするべきは神ではないと気付いていた。
ロザリアが許しを請わなければならないのは、彼ら二人なのだ。
二人は彼女のために罪を犯した。
「誰が許さないって? …私は誰にも許されようなんて思っちゃいないよ。」
オリヴィエの手がロザリアの背中を撫でる。
「私は自分の思うとおりにしただけさ。 あんたを抱きたいと思ったから抱いた。
誰に許される必要もない。 …あんたさえ、望んでくれるなら…。」
オリヴィエが恐れるのは神でも悪魔でもない。
彼女から拒絶されること。
こんな関係は望まないと断罪されたなら。彼女を失うことになったなら。
ただそれだけが恐ろしい。
オリヴィエのダークブルーの瞳がロザリアを捉える。
そして、いつの間にかオスカーもロザリアの手を握っていた。
「世の中に誰も傷つけない、誰も傷つかない愛なんて本当に存在すると思っているのか?
俺はそんな綺麗な愛なんて知らない。
それに少なくとも俺たちは、誰も傷ついていない。
むしろ君とこうなれたことを、俺は幸せだと思っている。」
愛する人を『共有』するということは他人から見れば信じられないことかもしれない。
オスカー自身にも独占欲はあるし、オリヴィエに抱かれて乱れているロザリアの姿に心を妬いたのも事実だ。
それでも、なお。
失いたくはない。
ふとオスカーがオリヴィエを見れば、彼もまた同じ気持ちなのが明らかだった。
本来、ロザリアは高潔な倫理観を持つ繊細な少女だ。
こんな関係を心から受け入れることは難しいだろう。
だからこそ、ロザリアが離れていかないように、これからも多くの嘘を重ねていく事になるはず。
二人は共犯者。
たった一つの存在がすべてに勝ると知ってしまった。
倫理も道徳も、嫉妬心すらも、その存在の前では無意味なモノ。
オスカーの目の前で悪魔が嗤う。
取り返しのつかない道に入り込んだ男二人を悪魔ですらも嘲笑っているのだろう。
けれど、彼女と行く先ならば地獄でも構わない。
オリヴィエがふと目を細め、悪魔に笑いかけた。
オリヴィエとオスカーの手から、確かな想いが流れ込んでくる。
ロザリアの瞳から再び涙が零れ落ちた。
「わたくしを許してくださいますの…?」
すがるような青い瞳に、オリヴィエは彼女の体を抱きしめた。
ひたすらに自身を責めるロザリアが壊れてしまわないように。
「何を言ってんの!」
「だって、わたくしは二人を受け入れてしまった…。」
「拒まれるよりいい。」
オスカーもまた彼女の体を抱きしめる。
二人から包み込まれたロザリアは、そのぬくもりが自分にとって心地よいものだと改めて感じた。
失うことができるだろうか。
彼らを知らなかった頃のように、一人で生きていけるだろうか。
きっとできない。
寂しくて、悲しくて、耐えられない。
ロザリアは目の前のオリヴィエに唇を寄せると、すぐに同じようにオスカーにも口づけた。
二人を欲しいと思う弱さも、罪も罰もこの二人ならきっと、同じように受け入れてくれる。
ロザリアのすべてを愛してくれる。
これほど幸せな女性はこの世界に二人といないに違いない。
「愛していますわ…。」
応えるようにオリヴィエの熱い口づけが始まると、オスカーがロザリアのふくらみに吸い付いた。
すでに外は白みかけていたけれど、重い帳に囲まれたこの部屋に、その光は差し込まない。
オリヴィエが口中を貪り、唾液をからめとる。
オスカーの舌が花芯を捉え、味わうように蜜をすする。
ロザリアの上からも下からも絶えずこぼれてくる卑猥な水音。
汗ばんだ肌に青紫の髪が張り付く様は、途方もなく官能に満ちている。
その姿に魅入られたように、彼女を愛撫し続ける二人の男。
「ロザリア…。」
かすれた声で名前を呼ぶのはどちらだろう。
もうどちらでも、構わない。
体の奥にくすぶっていた熱が再びロザリアを包み込むと、甘い喘ぎが溢れだした。
「喉かわいたー。お腹空いたー。 疲れたー。」
「…ずいぶん欲求に正直ですこと。 まだ午前の分は終わっていませんのよ。」
どさり、と机の上に置かれた書類にアンジェリークがぷう、と頬を膨らませた。
「もうお昼だもんー。」
「午前の分が終わった時がお昼です。」
きっぱりと言い切られたアンジェリークは、渋々ともう一度ペンを取り上げた。
実は今日、アンジェリークは恋人とランチの約束をしているのだ。
もうすぐ約束の時間だというのに、執務が終わっていないのは、ウキウキしすぎて身が入っていなかったせいだ。
もっとちゃんとやっておけば…。
いつもこういう後悔をするたびにそう思うのだが、何度も同じことを繰り返してしまうのがアンジェリークの性格。
こういう時のロザリアが諦めてくれるとしたら、一つしかない。
『誰か助けてー。』
アンジェリークが心の中で恋人に助けを求めていると。
コンコン、とドアが鳴った。
「…どうぞ。」
ロザリアに一瞬間があったのは、それが自分のよく知るリズムだったからだ。
まだアンジェリークの恋人が迎えに来たのなら、あきらめもつくのだが…。
あと少しなのに、と予定通りに進まなかったことが歯がゆい。
「女王陛下におかれましては本日もご機嫌麗しく、ますますお美しい。」
「嘘ばっかり…。」
オスカーの仰々しい挨拶にアンジェリークは、いーっと顔をしかめて見せた。
お美しい、なんて、これっぽちも思っていないのは、女王候補のときから十分わかっている。
彼のアンジェリークとロザリアとの扱いの違いときたら、それこそえんぴつの芯とダイヤモンドくらい差があるのだから。
「嘘とは心外ですね。 全ての女性は俺にとって美しく眩しい存在です。」
呆れて無視を決め込んだアンジェリークにくすくすとオリヴィエが笑っている。
「いっそ眩しさで目がつぶれちゃえ、ってーの。 でも私は陛下はすごくチャーミングだと思うよ。」
パチン、とマスカラの塗られたまつ毛でウインクを決められ、アンジェリークは肩をすくめた。
とりあえず、この二人の調子のいい態度はよくわかっている。
でも、今、この場において、彼らこそが救いの神だ。
「ロザリア、ランチに行こうよ。」
オリヴィエの誘いの声。
「たまにはゆっくりフレンチなんてどうだ?」
オスカーのまさに天の声。
二人に挟まれたロザリアは少し思案した後、にっこりとほほ笑んだ。
「午前の分が終わってからなら、ゆっくりランチもできますけれど。 今日は無理ですわ。」
「ほう、あとどれくらいなんだ?」
片眉を上げたオスカーがアンジェリークの机の上を見る。
「これっぽっちなら、すぐじゃない。 陛下にさっさとやってもらって、ゆっくりしようよ。」
オリヴィエがパラパラと書類をめくる。
「そうですわね。 …じゃあ、少しお待ちになって。」
そんな~と、アンジェリークは天を仰いだ。
救いの神どころか、彼らは地獄の使者だった…。
渋々とまたペンを取り上げ、アンジェリークは署名を始めた。
実際あと少しなのは間違いないし、速度を上げれば約束の時間にもぎりぎり間に合うかもしれない。
着の身着のままで行くことになったとしても。
ふと顔を上げたアンジェリークに笑い合う3人の姿が目に入った。
オリヴィエとオスカーの掛け合いに楽しそうに笑うロザリア。
この間まで彼女を覆っていた暗い影は取り払われ、かえって艶を増したような気さえする。
女のアンジェリークから見ても、ドキッとするほど綺麗で、色っぽいのだ。
やっぱりあの時は喧嘩をしていたのだろう。
この3人が一緒にいるのはとても絵になる。
美男美女だよね、と、アンジェリークはしばし見惚れた後、ハッと気が付いたように最後の書類にサインを書きつけた。
慌てて部屋を出る間際、アンジェリークはそっとロザリアに耳打ちした。
「仲直りしてよかったね。 ロザリアが元気になって、わたしも嬉しい!」
「まあ。」
ロザリアが返事をするよりも前に、アンジェリークは女王のドレスのまま、部屋を飛び出していった。
「午後からの執務はもっと忙しいですわよ!」
アンジェリークの背中に声をかけると、彼女は後ろ手にパタパタと手を振っている。
知らずに、ロザリアは小さなため息をついていた。
アンジェリークにまで心配をかけていたと思うと、本当に申し訳ない。
気にかけてくれていたこと、そして、あえて放っておいてくれたことが素直にありがたいと思った。
「さ、私達も行こうか。 お姫様。」
オリヴィエがロザリアの手を取る。
反対側からオスカーがロザリアの背に手を添える。
仲直り、とアンジェリークは言ったけれど、本当は少し違うのかもしれない。
元に戻ったのではなくて、もう引き返せないところまで、来てしまったのだ。
ロザリアは二人に微笑みかけると、「ええ、行きましょう。」 と歩き出した。
きっと誰にも認められない。…アンジェリークにさえも言えない。
それでもこの道を選んだことを後悔はしないだろう。
もうこの手を離すことなどできはしない。
…三つの想いの重なり合うところは、一つしかないのだから。
Fin