1.
「今、なんて言うたん?」
チャーリーは思い切り目を丸くして、ロザリアを見つめている。
榛色の瞳に浮かぶのは驚きと困惑。
彼の言葉が敬語でなくなっていることからも、その衝撃がわかる。
そして、それが決して彼にとって好ましい物ではないことを、ロザリアも感じ取っていた。
けれど、一度、口にしてしまった言葉を取り戻すことはできない。
それに、もう決めたのだ。
このまま冗談で済ませてしまうなんて意味がないし、今さら引き返すことなどできるはずがない。
たとえどれほど、軽蔑されたとしても。
「ですから。」
ロザリアは小さく息を吐いてから、、さっきと同じ言葉をもう一度、繰り返す。
「ここを出るまでの間、わたくしとお付き合いしてほしいのですわ。」
しばらく、チャーリーは無言だった。
いつも、なにか話していないと死んでしまうのではないか、と思うほどよく動く口が、今はぴたりと閉まっている。
楽しい話をするたびにからかうように上がる眉も、クルクルと光を弾く瞳も、まるで人形のように固まったままだ。
いつもの彼とは違う。
陽気で、なにをしていても楽しそうな彼とは。
そうさせているのが自分だと思うとロザリアは、息が苦しくなった。
『お願いしたいことがありますの。』
昨日、大龍商店の店先で、そう切り出したロザリアに、チャーリーはいつものように明るく笑ってくれた。
「なんですのん? ロザリア様のお願いやったら、なんでも聞きまっせ!」
商人らしい調子のいい言葉。
これがチャーリー以外の口から出た言葉なら、ロザリアも眉を顰めただろう、軽い口調だ。
「ここでは言いにくいんですの。 …明日、わたくしの屋敷へ来てくださらない?」
途端にチャーリーは少し困ったような顔をした。
「お屋敷に、ですか? 俺みたいなもんが行ってもええんですか?」
宇宙一の財閥の総裁なのに、チャーリーは聖地の人々に対して、常にどこか遠慮しているようなそぶりを見せる。
それが単に尊敬なのか、それとも、別世界の人間に対する線引きなのかは、ロザリアにもわからない。
けれど、距離を感じさせられるのは確かな気がする。
「ええ。もちろんですわ。 でも、誰にも見つからないように、日が暮れてからいらしていただけると嬉しいですわね。」
努めて普段通りの顔で告げると、
「…よっぽどのモンなんですなあ。 わかりましたわ。」
不思議そうに首を傾げるチャーリーに、ロザリアは薄く微笑んだ。
第一段階は無事にクリア。
そして、今夜、一人、薄闇を忍んできたチャーリーに、ロザリアは予定通りのセリフを告げたのだ。
「なんで俺? 男の人やったらぎょうさんおるやないですか。 キラキラ~っとしたお方が。」
いつも通りのふざけた口調にもどこか棘がある。
ロザリアは意識して、すれた笑みを浮かべた。
「守護聖たちと違って、あなた方は、この地が無くなれば元の世界へ帰られるでしょう?」
アルカディア。
この地にまつわる事件が、ロザリアとチャーリーを再び出会わせた。
「後々まで面倒になるのは困りますのよ。 わたくしにも立場がありますもの。」
用意してきたとおりの答えがロザリアの口からすらすらと出てくる。
「束の間の遊びにはちょうどええ、ってことか。」
「そんな身も蓋もない言い方はなさらないで。 期限がある方が恋は燃え上がるのではないかしら?」
「ええ解釈やな。」
ようやく最初の驚きが取れて、落ち着いてきたのだろう。
チャーリーは瞳を細めて、にっと笑う。
「ほな、デートでもしよか? 俺とっておきの美味しいアイスクリームの作り方、教えたるわ。
庭園の裏の木のリスの巣もな。」
「あら、そんな子供じみたことを、わたくしが望んでいるとでも?」
今度こそ、引き返せない。
ロザリアの胸がぎゅっとつかまれたように痛くなる。
「そんなら…あんたの言う『お付き合い』、ちゅーんは、なんや?」
チャーリーの顔が一気に険しくなった。
彼はやはりわかっていない。
でも…それでいい。
「もちろん、ベッドの中の、ですわ。」
膝が震えそうになるのを必死でこらえようと、ロザリアはドレスを握りしめた。
幸いなことに皺になりにくい滑らかな素材は、逃げ出したいような心を隠してくれる。
チャーリーは一瞬、驚いたような顔をしたが、すぐにまた笑顔を浮かべた。
けれどそれはいつもの屈託のない笑みとは程遠いようにロザリアには感じられた。
「…オトナのお付き合い、っちゅーことか。」
「ええ。」
余裕のある補佐官の態度で頷いたロザリアは、束の間、チャーリーの瞳が細く歪んだのを見た。