The third time pays for all

2.

完璧な女王候補の次は、有能な補佐官。
ロザリアの人生はまさにまっすぐ引かれた道の上を歩くだけのものだった。
友情ですらアンジェリークに対して初めて感じたし、ましてや恋愛なんて、絵空事。
それでも、いつか素敵な王子様が、と思うほど子供でもなかったし、恋に対する憧れは人並みにあった。
ただ、自分からははるか遠くにあるとしか思えなかっただけ。
アンジェリークが恋に落ちた時は、全力で応援して、女王と守護聖の恋を無事に解禁させることもできた。
けれど相変わらず、ロザリア自身には、浮いた噂の一つもない。

守護聖たちにほのかな憧れを抱いたことがなかった言えば嘘になるし、彼らの方もきっかけさえあれば、と思ってはいただろう。
実際、アプローチしていた守護聖もいたが、鈍感なロザリアは気が付かなかったのだ。
それにロザリアはもともと美人なうえに、並の男なら論破してしまうほど気が強くて頭の回転も速い。
補佐官になって、ますます高嶺の花になっていたことも、ロザリアを恋から遠ざけていた。
きっと自分はこのまま、恋を知らずに生きていくのだろう。
補佐官をやめた後も。 ずっと。
ぼんやりとロザリアはそう思うようにもなっていたのだ。


そんな日々の中、突然、降って湧いた二度目の女王試験。
忙しく働いていたロザリアは、ある日、庭園の片隅でにぎやかな人だかりを見つけた。
丸くなって幾重にも取り囲んでいる人垣の真ん中にいたのが、チャーリー。
大きなテーブルの上に商品を積み上げ、なにやら熱弁をふるっている。
謎の商人という触れ込みでここに露店を開いていたが、もちろんロザリアは彼の正体を知っていた。
財閥の御曹司で、本来なら露店を開くような立場ではない。
けれど、目の前で、楽しそうにキャベツの千切りを積み上げている彼は、とてもそんな人間には見えなかった。

「めっちゃすごいやろ? これさえあったら、お料理名人! そこの奥さんもお嬢ちゃんも、彼のハートをわしづかみ!」
ギュッと自分の腕で自分の身体を抱きしめて、唇を尖らせたチャーリーに、人垣がドッと沸く。
「さあ、買うてってや~!」
威勢のいい掛け声がロザリアのところまで聞こえて来ると、人垣が崩れて、積まれていた商品が次々に人の手に渡っていった。
「はいはい、焦らんでも、まだまだありますよって!」
人懐こい笑顔で客の一人一人に愛想よく声をかけていくチャーリーの姿は、とても楽しそうで、キラキラしている。
なぜか惹きつけられて、ロザリアは少し遠巻きにその光景を眺めていた。


「ロザリア様。」
最後の客が、チャーリーの手からおつりを受け取って立ち去って行くのを眺めていたロザリアは、不意に呼ばれて、視線を上げた。
すると、人懐こい笑みのチャーリーと目が合う。
山とあった商品は全てなくなっていて、客をさばききった満足感からか、チャーリーはまるで踊るように、ロザリアを手招きをしている。
「こっち、こっちでっせ。」
小首をかしげながらロザリアが近付くと、チャーリーは、台にしていたテーブルの下から、さっきまで積まれていた商品の箱をとりだした。

「ロザリア様の分。取っときましたで。」
「え?」
ポカンとしたロザリアの前で、チャーリーがウインクをして見せる。
「わかってます~。 ずっと見とったやないですか。 
 コレ、お気に召したんでっしゃろ? ロザリア様には特別にまけときますわ。」
まさに立て板に水、と言った調子で話すチャーリーは、ロザリアの前に商品を突き出した。
別にそんなつもりで見ていたわけではないのに。
なんとなく流れでロザリアはそれを受け取ってしまった。

料理をしない、というわけではない。
どちらかというと、お菓子作りの方が頻度が高いが、それはアンジェリークたちが喜ぶからだ。
自分で作ったものを自分で食べるのは、なんとなく味気ないから。
ロザリアはまだテーブルに積まれているキャベツや大根の千切りに目を向けた。
たしかに綺麗に切れているし、悪いものではないのだから、買ってもいいかもしれない。
ニコニコしているチャーリーにつられて、ロザリアが微笑もうとした時に、急に彼が大声を上げた。

「あ! 俺としたことが。 ちゃんと包装しますんで、待っといてください!」
チャーリーは大げさな身振りで、ロザリアの手からさっと商品を取り上げると、そそくさと露店の奥へと消えていく。
本当にバタバタしているし、礼儀もなにもあったものではない。
けれど、ロザリアは彼の態度を少しも不快に思わなかった。

「どうぞ! 」
満面の笑みで帰って来たチャーリーは、ロザリアにピンクの紙袋を手渡した。
いかにも露店の包み、といった風情の安っぽいピンクのチェックの紙袋。
ペラペラすぎて、中身が透けているくらいだ。
今までロザリアに、こんなモノを渡してきた人間はいない。

「…ありがとう。 あら、でも、お代が…。 」
執務の途中に寄っただけで、財布もなにも持っていないことに、ロザリアは今さら気がついて、顔を赤くした。
うろたえるロザリアに、
「ええですよ。 この次の時で。 聖地の人たちはみんなええ人ですから、ツケもOKにしとるんですわ。」
チャーリーは楽しそうに笑っている。
「ありがとう。」
なぜか落ち着かない気がしたロザリアは、そのまま包みを手に庭園を後にした。


夜、家に帰って、ロザリアが包みを開けると、品物と一緒に、中から小さなマスコットがころりと転がり落ちて来た。
指先で拾い上げると、それは、モフモフとした白い羊のキーホルダー。
「困りましたわ…。」
買った覚えはもちろん無いから、きっと、包む時に間違って混入してしまったのだろう。
所狭しと商品が並ぶ、あの状態なら無理もない。

ロザリアは小さなマスコットを摘まみ上げた。
親指ほどの可愛らしい羊。真っ黒なビーズの瞳がシャンデリアに輝いている。
アンジェリークにならよく似合いそうな女の子らしい小物だ。
「返さなければいけませんわね。」
ツケのこともあるし、今度の土の曜日は庭園に行かなければ。
少し浮かんだ笑みをすぐに打ち消して、ロザリアはあわてて、ベッドにもぐりこんだ。



土の曜日、思ったよりも執務が立て込んだロザリアは、何度も時計を見上げていた。
午前中は女王候補たちの定期審査があり、午後になって、そろそろ行かなければ、と腰を上げかけると、新しい書類が舞い込んでくる。
なかなか片付かない執務が、今日に限っては恨めしい。
ようやく一息ついた時には、もう日が傾きかけている。
彼は帰ってしまっただろうか。
ロザリアは急いで机の上を片づけると、紙袋と財布を手に外へ飛び出した。

「あ、ロザリア様。」
走り込むように庭園に足を踏み入れたロザリアを、のんびりした声が出迎える。
チャーリーはいつも通りの人懐こい笑顔で、店の片付けを始めていた。
「よかった。間に合いましたのね。」
息を弾ませたロザリアに、
「そんなに急いで、なんかあったんですか? …まさか、こないだの品、不良品やったとか?!」
チャーリーが大げさに震えてみせる。
その仕草につられるように、ロザリアはにっこりとほほ笑んだ。

「いいえ。あれはまだ使っていませんの。 千切りをする料理が思いつかなくて。」
「思いつかえへん?! それは残念やな~。
 そや、俺のお勧めを教えましょか? 千切りの必要な最高の料理!
 それは・・・ズバリ、お好み焼きですわ!!」
「お好み焼き?」
「ロザリア様は知らんでしょうな~。 たこ焼きの次に大事な、俺のソウルフードですわ。
 千切りしたキャベツを卵や小麦粉に混ぜて焼くんです。」
「…想像できませんわね。」

卵とキャベツと小麦粉。
なんとなくキャベツ入りのクッキーを想像してしまい、背筋が寒くなる。
「説明すんのは難しいわ~。 いっぺんでも食べたら、間違いなくハマる、と思うんやけどな~。」
心底残念そうに首を振るチャーリーに、ロザリアはくすくすと笑ってしまった。

「そんならなんですのん? なんか他に買いたいもんでも?」
商売人らしく、話しの切り替えがうまい。
嫌味のない話し方に、ついロザリアも乗せられてしまう。
「もちろん、ツケの清算ですわ。」
「律儀ですな~。いつでもよろしいのに。」
「そういうわけには参りませんわ。 こういうことはきちんとしておかなくては。」
ロザリアはきっちりと小銭をそろえて、チャーリーに手渡した。
「毎度あり~!」
小銭までも両手でしっかりと抱えて、拝むように受け取ったチャーリーに、ロザリアはまた笑ってしまった。

「それから、もう一つありますの。こちらが間違えて入っておりましたのよ。」
ロザリアは手にしていたピンクの紙袋から、羊のキーホルダーをとりだした。
モフモフの毛が夕陽のオレンジを浴びて、まるでのんびりと昼寝でもしているようだ。
「ああ! それやったら間違いやありません。」
「え? わたくし、買っておりませんわ。」
「おまけです。 俺の店では、女の子のお客さんには、必ずおまけを入れることにしとるんですわ。」
「女の子…。」
チャーリーはニコニコと人懐こい笑みを浮かべている。

『女の子』だなんて、ずいぶん前から言われたことがなかった。
子供扱いされているのか、とも思ったが、彼にそんな裏があるようには思えない。
考えこんでいると、チャーリーがロザリアの手の中の羊をつん、とつついた。
「これ、ロザリア様にぴったりや、って思たんですわ。 やっぱり俺の思った通りやった。」

こんなに可愛らしいモノは自分には似合わない。
キレイと言われても、可愛いと言われたことなど無いのだから。
もしこのキーホルダーを付けていたら、アンジェリークにだって、間違いなく笑われるだろう。
ロザリアは手の中の羊と、チャーリーを交互に眺めた。
『この羊がわたくしにぴったりとは、どういう意味ですの?』
口を開きかけた時に、背後から声がした。


「おにいさん、このナベブタ、もう一回り大きいのない?」
いつの間にか、お客が来ていたことに、ロザリアは全く気が付いていなかった。
考えてみれば、ここは庭園なのだから、たくさんの人がいるはず。
それなのに、なぜか、彼と二人きりでいるような気がしていた。
恥ずかしくなったロザリアは、少し離れて、チャーリーと客のやり取りを見ていた。

「こんなんどうでっか?」
奥から彼が出してきたナベブタはちょうどいい大きさだったのか、お客の奥様は満足そうに財布を取り出している。
チャーリーも嬉しそうに、あのピンクのチェックの紙袋にナベブタを入れた。
そして。
もう一つ、小さなきらりと光るなにかも。

「ありがとうございました~。」
大きく手を振りながら、奥様を見送るチャーリーにロザリアは再び近づいた。
「あの方にもおまけを入れましたのね。」
不思議そうな顔をしたかと思うと、チャーリーはすぐに破顔した。
夕陽を浴びた、なんの屈託もない笑顔。
「そうや。 女の子にはおまけをつけたるのが、俺のポリシーやからな。」
彼の言う『女の子』はずいぶん幅が広いらしい。
ロザリアもさっきの奥様も、彼にとっては同じ『女の子』。

「嬉しいですわ。」
ロザリアは思わず、そう言っていた。
「そやろ? おまけって、なんや、つまらんもんでも嬉しいんやって。」
チャーリーは相変わらずニコニコと楽しそうに笑っている。
「ええ。 …とても、嬉しい。」
その夜、ロザリアはおまけの羊を飾り棚に置いた。
銀の写真立てや、繊細なカットグラスの並ぶキャビネットの、一番、目立つ場所に。



それからの土の曜日、ロザリアは庭園へ出かけるようになった。
今までは取り寄せていた些細なもの、たとえばペンのインクや輪ゴムのようなものまで、全て露店で買うようにしたからだ。
意外に思えるような消耗品まで、あの小さな店には実にいろいろなものが揃えてある。
「あちゃ~、それは置いてないんですわ。」
たまにロザリアの希望の品が無いと、チャーリーは本当に申し訳なさそうに頭を掻いた。
その姿も、なぜか笑いを誘い、ロザリアの頬も緩んでしまう。
「では、来週、お願いしますわ。」
ひそかに交わす、次の約束。
ただの商品の取り置きでも、次も来ていいのだと思えることが嬉しかった。


「毎度あり~。」
コレットとレイチェルが、誰かのお気に入りそうな品物を買っている。
彼女たちの恋のお相手にロザリアもうすうす気づいていた。
意外な組み合わせと言えば意外だが、案外、恋とはそういうものかもしれないとも思う。
きっと今までの自分だったら、もっと杓子定規な考えしか持てなかったに違いない。
女王候補が恋なんて、浮かれている、と彼女たち責めたかもしれない。
けれど、なぜか、今は、そんな彼女たちの様子がほほえましいとすら思えるのだ。
商店の様子が見える庭園のベンチに座って、本を読んでいたロザリアは、チャーリーが彼女たちの買い物袋の中に小さな何かを入れているのを見ていた。

彼が入れるおまけには様々な種類がある。
チャーリーは客に合わせて、そのおまけを変えているのだ。
嬉しそうに包みを抱えて帰る、彼女たちに微笑んで、ロザリアはチャーリーに声をかけた。
「あの子たちにはなにをおまけに付けましたの?」
突然の質問に、チャーリーは一瞬驚いた顔をして、すぐにいつものいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「ホンマは企業秘密なんやけどな~。 ロザリア様に聞かれたら、言わんわけにはいきませんわな~。
あの子らには、たいてい、こんなチープな感じのアクセサリーや。」
彼が取り出したのは、ヘアゴムや小さなピン。
ビーズやキラキラしたチャームがついた、可愛らしいものだ。

「好きな人に可愛く見られたい、って、あのくらいの子らは、そういうんが気になるやろ?
 まあ、ささやかなお手伝い、ってとこやな。」
そういえば、コレットが良く似たピンをつけていたような気がする。
可愛らしい彼女に似合ってた、さくらんぼの飾り。

ロザリアは自室の飾り棚に置いてある、おまけのことを思い浮かべた。
毎週のように通い続けて、そのたびに何かを買っているから、おまけの数も10を超えている。
「今日は、コレをいただきますわ。」
ロザリアは綺麗な薔薇の描かれているメモパッドを手に取った。
こういうものはいくつあっても困らないし、できれば気に入ったものを使いたい。

「お! お目が高い!っていうか、それ、絶対ロザリア様に気に入っていただけると思てましたんや。」
まるで、ロザリアのために選んできた、と言わんばかりの態度。
「そ、そうですの。 ありがとう。」
どう返せばいいのかわからなくて、ロザリアは口ごもってしまった。
けれど、チャーリーは気にする様子もなく、ロザリアの買ったものを紙袋に入れている。
そして、やはり、小さなマスコットを一緒に入れた。

「どうして、わたくしには、ぬいぐるみなんですの?」
ずっと気になっていた。
チャーリーが入れてくれるロザリアへのおまけは、いつもモフモフのマスコットなのだ。
羊から始まり、犬や猫、イルカやラッコまである。
「なんで、って…。 言いましたやろ? ロザリア様にぴったりやから、って。」
「それが不思議なんですわ。」
自分には一番似合わないと思うのに。

「めっちゃ可愛いとこ。」
「え?」
「なんてな~。」

驚いたロザリアが彼の榛色の瞳を見ると、そこにはいつもの笑みが浮かんでいて。
「ロザリア様が動物好きや、っていう情報、持ってますンや。 お家でも犬とか猫とか飼うてはりましたやろ?」
「ええ…。飼っていましたわ。」
本当にそれだけ?
さっきの言葉は聞き間違い?
聞きたいような気がするのに、聞くのが怖い気もする。

「もし、イヤやったら、変えますよって。」
「イヤじゃありませんわ。」
「ほんなら、今日も持ってったってください。」
ニコニコと袋を差し出したチャーリーから、ロザリアは包みを受け取った。


飾り棚に今日のおまけ、キツネのマスコットを並べてみる。
モフモフしたぬいぐるみの黒い瞳が、ロザリアをじっと見ているようだ。
誰にでもつけている、ただのおまけ。
初めはその、『誰にでもつけている』ものが、自分にもらえることが新鮮に思えていた。
いつでも『特別』扱いされて、なんとなく近寄りがたいと思われてばかりだったから。
けれど、今は『誰にでもつける』以外の理由が欲しくてたまらないと思っている。
ロザリアにぬいぐるみを選んでくれる理由。
他のだれにも、このおまけをつけていない理由。
庭園で会うだけの彼のことを、こんなにも考えてしまうのは、なぜなのだろう。


おまけの数が20を超えた頃、女王試験は終了した。
教官と協力者たちの役目は終わり、彼らは一人、また一人と聖地から去っていった。
庭園の片隅のにぎやかな露店ももちろんもう無い。
最後の日、注文してあったモノをわざわざ聖殿に届けてくれたチャーリーは、ロザリアに一抱えもあるような大きなぬいぐるみをくれた。
大きな赤いリボンのついた真っ白な猫。

「おまけの方が大きい、って、妙やな~。」
買ったのは、羽ペンとインクだったから、おまけの方がもちろん数倍も大きい。
「ロザリア様に、よう、似合おうてますわ。」
いつのもような人懐こい笑顔に、なぜかロザリアは涙が出そうになる。
『どこが似合っているの?』
結局可愛らしいぬいぐるみばかりをロザリアに選ぶ彼の気持ちは聞けなかった。
白い猫のぬいぐるみは、なんだか気恥ずかしくて、部屋に飾れないまま、クローゼットの奥に今もしまいこまれている。



もう二度と、彼とは会えないと思っていた。
それなのに、皇帝の侵略という思いがけない事態で、再び会うことができた。
最初の偶然。
そして、今、また、宇宙の危機が訪れている。
これで2度目。
偶然も二度目まではあるかもしれない。
けれど、三度目になれば、それはもう必然だ。
宇宙の危機の三度目を願うほど、ロザリアは愚かになりたくなかった。


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