The third time pays for all

3.

「…もしも俺が断ったら、どうすんのや?」
細められたチャーリーの瞳が鈍く光る。
ロザリアは目を逸らすように長い髪をかき上げた。
「そうですわね。 別の方を探そうかしら? ヴィクトールのようなたくましい方も素敵かもしれませんわ。」
ふいに、チャーリーの手がロザリアの肩に触れる。
商品をもらう時、お金を渡す時、ほんの少し触れた彼の指先。
その彼の手が、ロザリアの背に回り、腰を抱き寄せる。
グッと近づく体。 …彼の吐息。

「ほんなら、オトナの付き合い、しよか・・・?」
近くで見る彼の手は、思ったよりもずっとしっかりとした男の手で、ロザリアは思わず目を伏せた。
けれど、目を伏せた理由はそれだけではなくて。
彼の瞳がとても、熱っぽく見えたから。
そんな瞳で見られたら、隠したい気持ちが溢れてしまう。

軽蔑されてもいい。 このアルカディアを離れた途端に忘れられてもいい。
それでもいいから。
彼に触れたい。触れられたい。
ロザリアはその日、痛みと、それ以上の悦びを全身に受け入れた。



何度目かの夜。
「なんでいつも目、つぶってんの?」
ベッドの上でロザリアを組み敷いたチャーリーは、彼女の耳元に呟いた。
「…俺の顔、見るの、イヤなん?」
見たくないのは本当。 でも、彼の思うような意味ではない。
答えようがなくて、ロザリアが顔を背けて黙り込むと、チャーリーの口から、小さなため息が零れる。
そして、ロザリアの顎に手をかけ、顔を上げさせると、唇を寄せた。
優しい、優しい口づけ。
それだけで、ロザリアの身体の温度は上昇してしまう。

「ええよ。 あんたは目をつぶっとっても、ええ。」
チャーリーの手がロザリアの手に重なり、指を絡め取った。
握りしめた指と指の間から、伝わる、彼の熱。
緩やかにロザリアの身体を這う指がとても優しくて、愛撫、という言葉の意味を実感してしまう。

「あなたはどうなの? お望みなら、顔が見えないようにしていただいてもかまわなくてよ。」
今度はチャーリーから返答がなかった。
代わりに少し乱暴なくらいの激しい口づけが降りてくる。
チリっと体のあちこちに落とされる痛み。
彼なりの気遣いなのか、痕を残すのは、必ずドレスで隠れるような場所だけだ。


「ん…。」
胸の頂を甘く食まれ、思わずロザリアの声が漏れる。
舌先で転がされるだけの優しい刺激なのに、ロザリアの体はすぐに熱を帯びてくる。
彼が教えてくれた甘い快楽。
触れられた個所が、まるで溶けてしまいそうに熱い。

なぞるようにチャーリーの掌が、下腹部へと降りていき、ロザリアの熱く潤んだ個所にたどり着く。
すでに蜜のあふれている音に、顔が赤くなった。
「感じやすいねんな。 」
指で花芯を撫でられ、体が震える。
「あ、ん…。」
唇を噛んで抑えようとしても、こぼれてしまう声。
いつの間にか指が舌に代わり、ロザリアの敏感な部分を責めたてる。
ゆっくりと高みに押し上げられて、頭の奥が真っ白にはじけ飛んだ。

「ええか・・・?」
チャーリーが、ゆっくりとロザリアの中に入ってくる。
はじめのころのような痛みはないが、まだ受け入れる瞬間は圧迫感で苦しい。
つい力が入ってしまうロザリアに、チャーリーは何度も口づけを与えてくれた。


彼は優しい。
身体だけの関係だ、と言葉では言いながら、彼の手も唇も、まるでロザリアをとても大切なもののように触れてくる。
3度目の夜、激しく突き上げられた痛みで、ロザリアが思わず悲鳴を上げてしまったことがあった。
「痛かったんか…? すまん。」
慌てた様子の彼はすぐに行為を中断して、ロザリアをぎゅっと抱きしめてくれた。
驚くほど速い彼の鼓動が、耳に痛いくらいに感じられて。

「…平気ですわ。」
続きを促すように、抱き付いても
「あかん。 …俺がイヤなんや。」
その日、チャーリーはもう求めては来なかった。
ただ抱きしめられて髪を撫でられて。
まるで心から想い合う恋人同士のようで、とても幸せな気持ちを味わった。
あれから彼は行為の間中、ロザリアの顔をじっと見ている。
ロザリアの些細な変化も見落としたくないとでも言うように。


声が出そうになって、ロザリアはぎゅっと唇を噛みしめた。
すると、彼は、まるでわかっているように、ゆっくりとそこを責め立ててくる。
ロザリアの快感を少しでも引き出そうとしてくれるように、身体を動かすチャーリー。
快感が波のように訪れて、ロザリアはさらにぎゅっと目を閉じた。
彼の汗ばんだ背中に手を添えて、自分を求めて荒くなる彼の息遣いを聞いていると、体の奥が熱くなってくる。

堪えてもこぼれてしまう吐息に、
「イきそうなんか?」
チャーリーの動きが早くなる。
ロザリアは少しずつ押し上げられるような感覚に近づいてきていた。
痛みのほうが強かったころには、感じられなかった深い快感が、目の前にちらついてくる。

ロザリアだって、全然知らないわけではない。
女がイってもイかなくても、男にはたいして関係ないことだって、ちゃんと知っている。
チャーリーが好きなように動いて、吐き出して。
そんな抱き方でいいのに。

彼が望むなら、手荒くされても怖くない。
女の扱いに慣れていることは、初めての夜でわかってしまった。
チャーリーは満足しているのだろうか。
もしかして、彼はもっと激しく、貪り合うような愛し方が好きなのかもしれない。
つまらない女だと、離れられてしまうくらいなら、なんでも受け入れる。
今日で終わりかもしれないと思うことの方が、よほど怖いから。

頭の奥が痺れるような感覚のあと、ロザリアの全身が震えた。
ぎゅっと彼を締め付けると、中に熱いものが放たれたのがわかる。
彼の腕がロザリアの背中を抱きしめて、そのまま優しい檻に閉じ込められた。

だるくて起き上がれないロザリアの身体を抱いて、チャーリーは同じ毛布にくるまった。
目を閉じたまま、絶頂の余韻に浸るロザリアの頬から髪へと指を滑らせていく。
両手で頬を包み込み、口づけを落とした。

彼の視線を感じて、ようやくロザリアはうっすらと目を開けた。
瞳に、チャーリーの顔が間近に映る。
ロザリアはすぐに目を閉じて、顔をそむけた。

そんな優しい瞳で見られたら。
もしかして、彼も自分を想っていてくれているのかもしれない、と期待してしまう。
だからいつも目を開けられない。
思いを通じあったとしても、この宇宙の危機が解消されたら、すぐに離れてしまわなければいけない二人なのだ。
未来を夢見ることなどできない。
愛されていると知りながら、別れられるほど、自分は強くない。
だから、このままでいい。
愛などない、束の間の遊びのままで。



あっという間に時は流れてしまう。
明日、アルカディアは消滅して、チャーリーとはもう二度と会えなくなる。
「明日やな。」
ロザリアはチャーリーの胸に顔を寄せたまま、無言で頷いた。
彼の素肌に触れていられるのも、あと数時間。

最後の夜とあってか、今日は彼もなかなかロザリアを離してくれなかった。
長い間、指や舌で散々嬲られ、上りつめさせられた後、もう体が思うように動かないほどになってから、ようやく彼が入ってきて。
それからも体の位置を変え、何度も責め立てられては、彼の熱を受け入れた。
今も少し足を動かすだけで、彼の吐き出したものが、溢れてぬるりと腿に伝う。
行為の間中、チャーリーが、噛みつくようにロザリアの全身に落した唇。
胸元に咲いた紅い花が、ひりひりするほど痛む。

「あんたとの『お付き合い』も、終わりや。」

突き付けられたリアルな言葉に、ロザリアの身体が震えた。
なにも言えずにいると、彼の指がゆっくりとロザリアの髪を梳いていく。
「柔らかいな。ふわふわしとって、初めて見た時から、触ってみたい、って思っとったんや。」
くるくると巻き毛に合わせて、彼の指が踊る。

ロザリアは飾り棚の奥に隠してあるおまけのことを思い浮かべていた。
モフモフのマスコット。
チャーリーがこの部屋に来るようになってから、見つからないように宝石箱の中にかくしていた。
おまけを大切に持っているなんて知られたら、この気持ちに気付かれてしまいそうで。
マスコットがぴったりだと言ったのは、この髪のことなのだろうか。
癖の強い自分の髪を、ロザリアはあまり好きではなかった。

「ふわふわというのは、陛下みたいな髪のことを言うのですわ。
 金色に輝いていて、とてもかわいいですもの。」
くだらない言葉でも返していないと、涙が零れそうだ。

「あんたも十分可愛いで。」
「嘘。」
「ほんまや。」
チャーリーの腕がぐっとロザリアを引き寄せる。

「可愛い、なんて言うたら、あんたは怒るかもしれんけど。
 純粋なとこも…めちゃくちゃ不器用なとこも、全部ひっくるめて。
 最初っから、あんたは俺にとって、可愛い女の子や。」

彼が今、どんな顔をしているのか、目を閉じていてもロザリアにはわかった。
熱を帯びた、優しい、榛色の瞳が、愛おしそうに、ロザリアを見つめているのだろう。
知りたくなんかない。
知らなくていい。
愛されることを知ってしまったら、離れられなくなるから。
チャーリーの胸に暖かな雫が広がる。
夜があけるまで、二人はそのまま、静かに抱き合っていた。



「この次、会うたら、ちゃんと代金もらうで。」
最後のガーデンパーティで、チャーリーは別れ際、ロザリアにそう言った。
意味がわからないのと、大勢の人に囲まれていたせいで、ロザリアは曖昧に頷くことしかできなかったけれど。
いたずらっ子のように瞳を輝かせて、賑やかに手を振って去っていったチャーリー。
特別な別れの言葉も抱擁も、彼は何一つ、ロザリアにくれなかった。
望んだとおりの別れ方のはずなのに、壊れそうなほど心が痛い。

あわただしく過ぎていく数日。
あのチャーリーの言葉の意味がわかったのは、ロザリアが聖地の私邸に戻ってからだった。
部屋の整理をして、あの宝石箱を開けたロザリアは驚きで手を止めた。
宝石箱の中のマスコットが一つ、増えている。
いろんな動物たちが押し込められている中に、一つだけ他のものよりも大きな青い猫がちょこんと座っていたのだ。
全く見覚えのないそれを、ロザリアはつまみあげた。
猫の首輪には小さなメッセージカードが付いていて、彼らしい少し乱暴な文字が並んでいる。

『世界にったった一つしかない、レア商品のチャーリー・ウォン!!
 お買い上げありがとう! これはおまけです。』

しばらく呆然とカードを見つめていたロザリアは、小さな猫を胸にギュッと抱きしめた。
「わたくし、あなたを買ったつもりはありませんのよ。
 それに、おまけだけ置いていくだなんて…。商売人として、間違っていますわ…。」
怒っているのか、泣いているのか。
わからないのに、涙だけがこぼれてくる。

ロザリアはクローゼットにしまいこんでいた大きな白猫のぬいぐるみを取り出すと、飾り棚に並べた。
ひときわ目立つぬいぐるみは、ロザリアの整った調度品には少し不似合いなイメージだ。
そして、宝石箱にしまっていた他のマスコット達も同じように猫の隣に並べていく。
ぬいぐるみだらけになった飾り棚は、ますますこの部屋には似合わなくなった。
きっと誰が見ても、ロザリアらしくない。
でも、彼だけはあの優しい榛色の瞳で、可愛いと言ってくれるだろう。


三度目の必然が、宇宙の危機ではない、穏やかな日常の一つでありますように。
その時、世界一レアな商品を、もう一度、受け取れますように。
ロザリアは白い猫の頭をなでると、端末の電源を入れ、『お好み焼き』について調べ始めたのだった。


Fin
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