DARLING

3.

少し熱いお湯で泡だらけの身体を流すと、急に恥ずかしくなる。
ロザリアはオリヴィエの膝の上で抱かれたままの全裸の自分に気がついて、あわてて胸を隠した。
バスタオルを探したけれど、それはとうに床に落ちて、ぐっしょりと濡れてまるまっている。
その様子にさっきまでの行為が思い出されてきて、ロザリアは真赤になってうつむいた。
途中から、なにがあったのかよく覚えていない。
オリヴィエは喜んでくれたのだろうか。
望みをかなえることはできたのだろうか。

バスローブを渡されて、なんとか袖を通したものの、ロザリアは座らされた浴槽の縁から立ち上がることができなかった。
「湯あたりしてしまったのかしら…。」
ロザリアを抱きかかえたオリヴィエはくすりと笑みをこぼした。
もちろん、湯あたりもあるだろうけれど、あんなに激しい行為の後では無理もないだろう。
何度も昇りつめた行為はロザリアを相当疲れさせたはずだ。

オリヴィエから渡されたレモン水が喉を通ると、ロザリアはようやく頭がすっきりとしてきた。
まだ身体に力は入らないが、同じようにベッドに座ったオリヴィエの顔をちらりと盗み見る。
「あの、今日は、どうだったかしら? 物足りなかったかしら? 満足できまして?」
「はあ?」
オリヴィエの瞳が丸くなる。
ロザリアは不安だった。
『一緒にお風呂に入り』『身体を手洗いして』あげるところまでは上手くいっていたけれど、そのあとはロザリアのほうが感じてしまっていたような気がする。
もし、まだ物足りないとしたら。
次は1位のあのことを試してみなければいけなくなる。

「ああ…。」
オリヴィエはようやく、今日のロザリアの不可解な行動に合点が行った。
「もしかして、オスカーとの話を聞いてた? それで、あの雑誌も見た?」
盗み聞きしていたことを知られたくはなかったが、仕方がない。
ロザリアは頷いた。

「わたくしとの関係が物足りないと…。あなたが我慢なさっているというのを聞いて、辛かったんですの。
大好きな方の望みに少しも応えられていないだなんて。」
悲しそうな彼女の顔を見ていると、オリヴィエまで辛くなってくる。
包み込むように抱きしめると、額にキスを落した。
「バカだね…。ちゃんと私の話を聞いてたの?物足りないなんて言ってないよ。
そりゃあ、オスカーはあんなだから、勝手にそう思い込んでるみたいだけどさ。
本当はね、こうしてるだけでもいいんだ。あんたが傍にいてくれて、私を好きだと言ってくれれば、それだけで。私は満足なんだから。」

愛しいロザリアを抱きたいと思わないと言えば、嘘になる。
けれど、彼女と過ごす全ての時間が、オリヴィエにとって大切なものだということを知っていて欲しかった。
何をしていても、ロザリアがいれば。それが最高の喜びになるのだということを。

なのに、まだロザリアは不安そうな顔をしている。
「今日は最高だった。一緒にお風呂に入ってくれて、めちゃくちゃ嬉しかった。これは本当。」
素直にそう言うと、ロザリアの瞳が輝きだした。
「では、わたくしはあなたを喜ばせることができたんですの?」
「それは、もう。…ちょっと困るくらいにね。」
「嬉しいですわ!」
飛びついて来たロザリアを優しく抱きとめた。
本当に彼女は。どこまで愛させるつもりなのだろう。


「もし、これがあなたの気に入らなければ、わたくし、1位になっていたことを試そうと思っていましたの。」
「えっ。」
オリヴィエは思わず、抱きしめていた手を離し、ロザリアとの距離を開けてしまった。
あの雑誌で1位だったのは、たしか…。
「フェラチオですわ。」
「ちょっ!」
ためらいなく、とんでもない言葉を言いだしたロザリアの口を、オリヴィエはあわてて掌でふさいだ。
「女の子がそんな言葉使っちゃダメでしょ!」
強く言うと、じろっと青い瞳に睨まれる。
ロザリアはつんと顎を上げて、オリヴィエの手を外すと、
「わかっていますわ。でも、オリヴィエだって本当はしてほしいのでしょう?」と言った。
それは間違いではない。間違いではないけれど…。
オリヴィエは複雑な思いで、肩をすくめて、ロザリアを見た。
嘘をつくのは嫌いだから、こうして彼女にわかってもらうしかない。

「もう、仕方がありませんわね。やって差し上げますわ。」
「はい?!」
ロザリアがグッと身体を寄せてきて、オリヴィエを押し倒した。
天井が見える、と思ったら、ベッドの上で横倒しにされ、オリヴィエはロザリアの胸に頭をぎゅっと押し付けられた。
やわらかい胸が当たるのは嬉しいが、窒息してしまいそうだ。
腕枕のような状態で、ロザリアは上にある自由になっている方の手でオリヴィエの背中をぽんぽんと優しく叩き始めた。
まるで、母親が子供をあやす時のように。
オリヴィエは訳が分からずに、ロザリアのなすがままにされていた。
ふと、気がつくと、彼女が歌を歌っている。
どこか遠い昔を思い出させるような、懐かしい歌。
初めて聞くロザリアの歌声に、オリヴィエはいつのまにか、穏やかな気持ちになっていた。

「どうですの?」
歌が終わり、ロザリアの手が緩む。
「フェラチオって、気持ちがイイものなんですの?」
「え?!」
とにかく訳がわからない。
オリヴィエはきっと、自分がアホみたいな顔をしているだろうと思いながらもロザリアを見上げた。
「だって、胸に抱いて子守唄を歌ってあげることなのでしょう? わたくし、歌は得意ではありませんの。
それに本当は、胸を出して、その、あなたの口に…。すごく恥ずかしいから、本当にやりたくなかったんですのに。」
ロザリアは真赤になって、そっぽを向いている。

オリヴィエの脳裏にピンと来るものがあった。
「あんた、その話、誰に聞いたの?」
「オスカーですわ。フェラチオの意味を教えてほしいと言ったら、教えてくれましたのよ。まるで赤ちゃんみたい。
男の方がこんなことをしてほしいだなんて、女にはわかりませんわね。」
くすくすと楽しそうに笑うロザリアは、聖母のように見えて。
本当なら怒らなければならないオスカーとのやり取りも、その笑顔が見れたのなら、別にかまわないと思えてしまった。

オリヴィエがじっとしているのが気になったらしい。
急に起き上ったロザリアはベッドに寝転んだままのオリヴィエを見つめている。
「よくなかったかしら…。わたくし、歌は本当にダメで…。」
「いや、すごく素敵だったよ。…幸せだった。」
オリヴィエの表情は本当に満足そうに穏やかだ。

「ね、おいで。」
隣をポンポンと叩いて、オリヴィエが呼んでいる。
ロザリアは今度は自分がオリヴィエの胸に寄り添うように横たわった。
オリヴィエの腕が、ロザリアの首の下に入り、ギュッと抱き寄せられる。
心地よい場所。
もし彼が歌を歌ってくれたら、本当に幸せに違いない。
これが『してほしいこと』の1位になるのも当然のことのような気がした。

「今度はさ、私があんたの望むことをしてあげたいんだけど。…なにがいい?」
「わかりませんわ…。だって、あなたがしてくださることは全部、とても嬉しいんですもの。」
あまりに可愛らしい答えに、またオリヴィエの下半身が熱くなってきた。
さっきまでもあんなに抱いたのに、もう回復してくる自分に苦笑する。
「じゃあ、私の望むことをしてもいい?」
「ええ。もちろんですわ。」
オリヴィエの唇で、その後の言葉は閉じ込められてしまった。
そのままオリヴィエは疲れて眠りに落ちるまで、ロザリアを抱いたのだった。



気がつけば、すでに日が高い。
オリヴィエは腕に乗ったロザリアの頭をそっとどけると、手早く着替えて外へ出た。
結局寝ついたのは朝方だったから、彼女が目を覚ますのはもう少し後だろう。
自分でもびっくりするくらい、昨夜は彼女に溺れてしまった。
無理をさせてしまった、せめてもの罪滅ぼしに、朝食を準備するつもりだったのに今日に限ってミルクを切らしている。
少し蜂蜜を入れて甘みをつけたオリヴィエの特製ミルクティーはロザリアのお気に入りだ。
飲んでいる時の笑顔を今日も見たい。
ミルクのついでにいくつか材料を買って、店を出ると、ちょうど向こうから、緋色の大きな体躯が歩いてくるのが見えた。

「また朝帰り?まったく、ここ、ついてるよ。」
オリヴィエが胸元を指差すと、オスカーは開けたままだったボタンを上まで閉めて、その痕を隠した。
「お前はなんだ。こんな時間から買い物か?」
どことなく気の毒そうに聞こえるオスカーの言葉に、オリヴィエはにっこりとほほ笑みを返した。
「そ。あの子に朝ごはんを準備してあげたくてね。」
「お前が?」
「起きたら食べさせてあげたいわけ。」
「お前も昨晩はお楽しみだったというわけか。」
オスカーがにやりと笑う。
それだけで通じてしまうのがオトコ同士というものだろう。

「あ、そうだ。昨日はロザリアにいいことを教えてくれてありがとう。」
オリヴィエは買ったばかりの紙袋から、オレンジジュースをとりだした。
「…まあ、怒るな。俺だって、困ったんだぜ。
もちろん俺が教えてやってもよかったんだが、俺は慣れた女のほうが好みなんでな。」
「別に怒ってないし。」
「してもらいたかっただろ? ああいう清楚な女性が自分のモノを咥えてる姿はそそるからな。」
昨夜の情事を思い出したのか、オスカーがふっと笑みをこぼした。

オリヴィエは手の中でオレンジジュースを弄びながら、オスカーをじろりと見上げている。
ロザリアに本当のことを教えなかったのは、親切なのかもしれないが。
「…あんたさ、アレ、実は自分がやってもらいたいんじゃないの?」
「な!」
「いーや、絶対そうだね!…好きな女の子に抱いてもらうのって、ホントに幸せだよ。
好きでもない女からのフェラなんて、全然敵わないくらいにね。」
オリヴィエの笑顔が本当に幸せそうに見えて、オスカーはそれ以上何も言えなくなった。
一夜の恋ではわからない何かを、オリヴィエは知っているのかもしれない。
「ま、あんたも早く運命の女性とやらを見つけるんだね。そんで、アレ、やってもらうといいよ。」
否定の言葉を出そうとしたオスカーにオリヴィエはオレンジジュースを差し出した。
「酔い覚ましにあげる。」

苦笑しているオスカーにひらひらと手を振り、オリヴィエは早足で歩きだした。
愛しいロザリアが目を覚ました時に、「おはよう」と言ってあげなければならない。
それが、昨夜、彼女が言った「してほしいこと」の一つなのだから。
いつのまにか駆けだしていた自分の身体がやけに可笑しくて、オリヴィエは大声で笑いながら走っていた。


Fin
Page Top