DARLING

2.

外で食事を済ませ、オリヴィエの家に着くころ、ロザリアはすでに足がもつれるほど緊張していた。
廊下にあったちょっとした段差にも躓く始末で、そのたびにオリヴィエが支えてくれた。
「ごめんなさい。」
ロザリアはリビングのソファに座ると、小さくため息をついた。
景気づけにレストランで飲んだワインに酔ってしまったのかもしれない。
けれど、それだけが理由でないことは、ロザリアが一番わかっている。
いつもと違うロザリアの様子に、オリヴィエも戸惑って、「具合でも悪いの?送って行こうか?」と、さっきからずっと声をかけていた。

「いいえ。…帰りません。」
ほんのり染まった頬に見つめられて、オリヴィエのほうがドキドキしてしまう。
今日の彼女は、どことなく憂いのようなものが感じられて、それがたまらなく艶めいているのだ。
今すぐ抱き寄せて、ベッドに連れ込みたい衝動を抑えるために、オリヴィエはキッチンでお茶を淹れることにした。
自分のためには、目が覚めるようなブラックコーヒー。
けれど、目が覚めるよりも、興奮のほうが高まってきて、かえって困ってしまった。
頭を冷やさなければ、彼女を思いのままに抱いてしまいそうだ。
激しすぎて、引かれてしまうのが怖い。
オリヴィエはロザリアの前にお茶を置き、「シャワーを浴びてくるよ。」と、逃げるようにリビングを飛び出した。


オリヴィエがバスルームへ行ったのを確認して、ロザリアはお茶を飲み干すと、忍び足でバスルームへ向かった。
勢いよく水の流れる音が聞こえて、ロザリアはドアの前で立ち止まる。
音をたてないようにこっそりとドアを開けると、オリヴィエがさっきまで来ていた服が、脱衣かごに入っていた。
きちんとたたまれた着替えも、棚の上に置いてある。
いつもオリヴィエが着ている、シルクの夜着だ。
手に取ってみると、オリヴィエの香りが漂ってきて、ロザリアの身体が熱くなった。
やはり彼が好きだ。物足りないなんて思われて、嫌われてしまうのは耐えられない。
ロザリアは意を決して、ドレスを脱ぐと、籠の中へ入れた。

そっとドアを開けると、シャワーの音があちこちに跳ね返り、耳障りなほど大きい。
この音のおかげだろう。
ドアが開いたことに、オリヴィエは全く気付かない様子でシャンプーをしている。
爽やかな香りは香水を邪魔しない程度に抑えられた品のいいモノだ。
綺麗な金の髪を細かな泡が包み、細い指がその隙間を泳いでいる。
あの指が自分の身体を蕩かすのだと思うと、胸が高鳴ってきた。

どうしたらいいのだろう。
熱気のせいなのか、頭がまともに働かない。
けれど、綺麗な背中を見ているうちに、ロザリアの胸に甘い疼きが出てくる。
彼に触れたい。
シャワーが泡を洗い流し、背中に絹糸のような髪が流れ落ちる。
オリヴィエの指が止まり、フックに掛けられたシャワーに手を伸ばそうとした瞬間、ロザリアはその背中に思い切り抱きついた。


「うわっ!!!!」
ビックリした叫びのような声が、バスルームにこだました。
手が触れたせいかシャワーが止まり、流れていく水の音も次第に消えていく。
それでも、ロザリアはオリヴィエの胸に手を回したまま、その背中にしがみついていた。
一呼吸おいて、やっと状況を飲み込んだオリヴィエは、ビックリして上げたしまった両手をゆっくりと下ろして、ロザリアの手を包み込んだ。
「ああ、あんたなの?もう、どうしたっていうのさ。」

何を言っているのか自分でもわからないくらい、オリヴィエは動揺していた。
初めての夜から数回誘っても、ロザリアは頑として拒否していたのだ。
それが、今日はなにも言わなかったのに、ここへやってきたのだから、動揺しないはずがない。
夢や願望ではないのかと、何度も瞬きしてみた。
けれど、この状況は、どうやら本当に現実らしい。
背中に感じる、彼女の柔らかなふくらみ。
ただ抱きつかれているだけなのに、もう身体に熱が集中し始めてきた。
ちらりと横目でロザリアを見れば、バスタオル一枚を身体に巻いているだけの姿だ。
緩くアップにした髪のせいで、白いうなじに張り付いたおくれ毛が、鮮やかになまめかしい。
ほんのりと朱に染まる真っ白な肩。
下半身が痛いほどに張り詰めてきたのが自分でもわかった。

「ごめんなさい…。驚かせてしまって。…御迷惑でなければ、今日は、わたくしが洗って差し上げたいの…。」
ロザリアは勇気を振り絞って、言ってみた。
本によれば、ほぼ100%の男子が『一緒にお風呂に入る』を『してほしいこと』に上げていたけれど、オリヴィエが少数派の男子ではないという保証はない。
それに、もっと好きになってほしくてやろうとしたことで、嫌われてしまっては意味がない。
声を出せば、緊張で身体も震えてしまった。
傍にいるのに、オリヴィエはじっとしたまま、声もかけてくれない。
もしかして、本当に少数派の方で、こんなふうにはしたないロザリアを嫌いになってしまったのだろうか。
じんわりと目頭が熱くなってきたロザリアは、抱きしめていた腕を緩め、身体を離そうとした。
すると、即座にオリヴィエの手が伸びてきて、ロザリアの腕を掴んだ。

「ありがとう…。嬉しくて、ボーっとしちゃったよ。」
ぴったりくっついていた身体が離れたせいで、ようやくオリヴィエはロザリアの全身を見ることができた。
胸のふくらみをギリギリで隠すバスタオルと、その下から伸びるすらりとした足。
いやでもバスタオルの下を想像してしまい、ただでさえ張り詰めた下半身が、もうちぎれそうだ。
こんな欲望の塊をロザリアが目にしたら、逃げ出してしまうのではないかと不安になってくるほど、大きくなっている。
けれど、幸いなことに、ロザリアは恥ずかしいのか、その部分に目を向けることがなかった。


明らかに嬉しそうなオリヴィエの口調に、ロザリアの萎えかけていた心が蘇った。
やはり喜んでくれているのだ。もっともっとオリヴィエに喜んでもらいたい。
物足りないなんて、思わせてしまいたくない。
ロザリアは棚にあるオリヴィエの愛用のボディソープに目を向けた。
多分、隣にならんでいるスポンジで、いつもオリヴィエは身体を洗っているのだろう。
やはり上質で控え目な香りがするソープを手に出してみると、とろりとした感触がすぐになじんでくる。
ロザリアはたくさんソープを出して、もこもこになるまで掌で泡立ると、そのまま掌でオリヴィエの背中を撫で、泡を塗った。

一瞬びくっとオリヴィエの身体が震えたので、ロザリアは驚いて手を離してしまった。
「ごめん…。スポンジ、そこにあるよ?」
オリヴィエはロザリアがスポンジに気がつかなかったと思ったようだ。
でも。
「手で洗って差し上げたいの…。ダメ、かしら?」
雑誌に載っていたコメントでは、大多数の男子が『手洗い』を望んでいた。
たしかに自分で洗う時はスポンジを使うのだから、恋人に洗ってもらうのなら特別な感触を味わいたいのだろう。
恥ずかしいけれど、オリヴィエの身体に触れることができるのはむしろ嬉しい。
ロザリアはあわあわになった手を、オリヴィエの背中に当てた。

「え、あ、別にいいけどさ…。」
一体、今日のロザリアはどうしたというのだろう。
オリヴィエは背中に触れる彼女の掌の感触に、つい息が荒くなる自分を感じていた。
細い彼女の指が首筋に触れるだけで、ぞくぞくと快楽が体中を駆けあがってくる。
お風呂に入るなんて、そんな些細なことに、これほど興奮してしまうなんて。
洗いやすいようにとオリヴィエが壁に手をつくと、ロザリアの手が腕に伸びてくる。
二の腕から指先へ。
ソープの泡をまとっているせいか、触れるか触れないかの微妙な感覚で指を絡められる。
どくん、と下半身が蠢いて、つい、ため息が出てしまった。

背中からロザリアの手が胸を洗い始める。
すでに先端がとがっていて、泡が触れるだけでも、声が出てしまいそうだ。
けれど、ロザリアは男がそんな風に感じることなど全くわかっていないのだろう。
一生懸命に脇から胸に泡を伸ばしている。
くすぐったいはずなのに、それさえもすでに性的な快感にしかならない。
顎の下まで洗おうとしてくれているのか、目いっぱい手を伸ばしたロザリアの身体がオリヴィエの背中に触れると、ふくらみが何度も背中を擦ってくる。
オリヴィエはじっと目を閉じて、押し入りたい衝動に必死で耐えた。

ふと、ロザリアの手が離れたかと思うと、オリヴィエの前へと身体を滑り込ませてきた。
「少し洗いにくいんですの。こちらからでもよろしいかしら?」
耳まで赤く染まったロザリアが上目づかいでオリヴィエを見上げている。
見下ろせば、バスタオルからくっきりとした谷間が見えて、目をそらすしかなかった。
「ん…。あんたに任せるよ。」

本当は前からでは、硬く立ち上がった自身を見られてしまうのではないかと、心配だった。
けれど、ロザリアは気づかないのか、また一生懸命、首を洗っている。
本当に、彼女はなんでも一生懸命だ。
愛おしくて、思わず腰を抱き寄せた。


不意に抱き寄せられて、ロザリアは「きゃっ!」と声を上げてしまった。
泡だらけのオリヴィエの身体に自分の身体が密着している。
バスタオル越しなのに彼の身体を感じて、ロザリアは胸の先端が固くなるのを感じた。
「ん…。」
唇を奪われて、激しく舌を使われた。
ロザリアは息が苦しくて、つい眉を寄せてしまったが、オリヴィエが唇を離す気配はない。
吸いつくような音がバスルームに共鳴して、いつもよりもずっといやらしく聞こえてくる。
身体が熱いのは、湯気のせいだけではない。
ロザリアは今までの行為の全てがふいにとても恥ずかしくなって、ぎゅっと手を握りしめた。
声も出せないほど、オリヴィエの舌は激しくロザリアの口中を動き回っている。

口の中の全部を貪られるような口づけに、全身の力が抜けてしまいそうだ。
ロザリアは壁に背中をつけ、なんとか倒れこまないように身体を支えると、オリヴィエが囲い込むようにロザリアの両手を壁に押し付けた。
背中に壁、両手はオリヴィエに捕えられている。
逃げ場のないまま、ロザリアはオリヴィエのキスを受け続けた。
オリヴィエのキスは巧みだ。うっとりとしてなにも考えられなくなってしまう。
耳たぶを甘く噛まれ、ロザリアはハッと目を開けた。

「まだ、終わっていませんわ。もっと、あなたに、喜んでいただきたいの。」
ロザリアの首筋に唇を落し、バスタオルをたくしあげようとしていたオリヴィエは思わぬ拒絶に眉を上げた。
泡に隠れてはいるが、もうすでに我慢の限界をこえた自身からは、透明な液がにじみ出ている。
早く彼女を感じたかった。
そのまま抗議を無視しようかとも思ったが、ロザリアの瞳を見て考え直した。
彼女は純粋な気持ちでオリヴィエを喜ばせようとしてくれているのだ。
このまま欲望を優先させてしまえば、ロザリアの気持ちを踏みにじることになる。
少し考えて、こう言った。
「私もあんたを洗ってあげたいんだけど。ダメ?」

どう返事をしたらいいのか困っているように、ロザリアはポカンとした顔でオリヴィエを見つめた。
必死で雑誌の内容を思い出そうとしたが、さっきのキスのせいで、半分思考ができなくなっている。
「でも…。」
首を振ろうとしたロザリアの頬を泡だらけのオリヴィエの手が包み込んだ。
「私を喜ばせたい、って言ったでしょ? あんたを洗わせてくれる方が、私は嬉しいんだけど。」
オリヴィエが望むことをしてあげたい、と思っていたのに。
どうも自分は融通がきかなくて、いつも失敗してしまうのだ。
ダークブルーの優しい瞳に見つめられて、ロザリアは「ごめんなさい…。」とうつむいた。


「こっちおいで。」
浴槽の縁に軽く腰かけたオリヴィエがロザリアを呼んだ。
多分洗うことよりも、洗われることのほうが恥ずかしいだろう。
けれど、オリヴィエにもっと好きになってほしい、と思う気持ちの方がはるかに強い。
ロザリアが近付くと、オリヴィエは手を引いて、彼女を膝の上に抱えた。

膝の上にロザリアを横座りさせ、背中に手を添えた。
彼女は緊張した様子で身体を固くしているが、やわらかなヒップはそのままでオリヴィエの腿を刺激してくる。
怖がらせないように、オリヴィエは彼女の腕を自分の肩に添えさせた。
掌でソープを泡立てて、ロザリアの首を撫でると、彼女は目を閉じて、じっとしている。
ぎゅっとつぶった瞳を開けてほしくて、オリヴィエは瞼にかすめるようなキスをした。
びくっと震える青紫の睫毛。
「ちゃんと私を見て。喜んでるかどうか、確かめてよ。」
澄んだ青い瞳がオリヴィエを映し、ほんのりと頬が染まっていく。オリヴィエは再び、泡を首につけた。

オリヴィエは首から腕に泡をつけ、再び首に戻した。
彼女の身体はまだバスタオルに包まれている。
けれど、すっかり水を吸ったバスタオルは、彼女の綺麗な身体のラインをかえって際立たせるように張り付いてしまっていた。
ゆっくりと首筋を撫で、耳元に指を滑らせると、ロザリアの胸の先端が立ちあがってくるのが見える。
バスタオルの上から、蕾を指でなぞり、摘みながら引っ掻いた。
「んん…。」
耐えきれずに声を漏らしたことが恥ずかしいのか、ロザリアはまたうつむいてしまった。
その顎を持ち上げ、手はふくらみに置いたまま、今度はゆっくりと唇を重ねる。
焦らずに、ロザリアの快感を引き出してあげればいい。
すっかり固くなった蕾に指で刺激を与え、身体から力が抜けたところで、そっとバスタオルをはだけた。

花びらに包まれた薔薇のような彼女の身体が目の前に現れる。
ベッドでなんども裸身を目にしてはいるが、ロザリアの希望で明かりは部屋の隅のスタンドだけにしているのだ。
薄暗い中に浮かび上がる白い肌も美しいが、こうして明かりの下で見る彼女の身体は目を疑うほどに美しかった。
再び唇を重ね、ロザリアが恥ずかしさを感じないように、体中に泡をつけていく。
つんと上を向いた胸の蕾を泡で撫でると、押し殺したような吐息が口から零れる。
下に手を滑らせた時、彼女がわずかに身じろぎをした。
小さく首を振り、オリヴィエの肩に回した指にギュッと力が入る。
けれど、すぐに力を抜いたので、オリヴィエは手を休めずに彼女の花びらへと指を滑らせた。

バスルームの中にシャワーの音とは違う、密度の高い水音が響く。
音が反響して、耳の中まで愛撫されているような錯覚を感じるほどだ。
ロザリアはオリヴィエの腕の中で、すっかり翻弄されていた。
指が動くたびに身体の奥から熱いモノがあふれてきて、さっきまであんなに響いて聞こえていた水音がだんだん遠くなっていく。
「いやっ。」
思わず大きな声が出て、ロザリアの全身が震えた。
体中が熱くて、オリヴィエの指が腕に触れただけなのに、また奥から蜜があふれてしまう。
初めての感覚にどうしていいのか分からなくなって、ロザリアはぎゅっとオリヴィエにしがみついた。
言葉にするのは恥ずかしい。
でも、そうすることで、オリヴィエを求めていると伝えたつもりだ。

オリヴィエはロザリアの腰を持ち上げ、自分の身体の上を跨ぐように座らせた。
足の間にはさっきからずっと硬く勃ちあがっているオリヴィエ自身がある。
倒れそうになるロザリアの背中を支え、胸の蕾を舌先で転がした。
「いやあ…。オリヴィエ…。」
強すぎる快感にロザリアは青い瞳を潤ませ、泣きそうな顔をしている。
その表情にたまらなくなって、オリヴィエは彼女の身体を抱えあげると、一気に中を貫いた。


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