Lion Heart

01

01.
鋭い視線が自分に向けられているのを感じて、ルヴァは心の中で笑った。
気付いていないふりで、さらにロザリアに話しかけると、彼女は無防備に顔を近づけてくる。
咲き始めのみずみずしい薔薇の香りが、ふわりと鼻先を掠め、ルヴァの胸をくすぐる。
好奇心に満ちた青い瞳や真珠のような肌。
上質なシルクのように輝く長い髪。
これまで彼女ほど綺麗だと思える存在に出会ったことがなかった。
艶やかな唇からこぼれる声も、言葉さえも美しい。


「はあい、なんの話?」
刺すような視線はどんどん近づいてくる。
言いながらロザリアの背後に立ったオリヴィエは、まるで自分のものだと誇示するように、彼女の細い腰を抱き寄せた。
「あら、オリヴィエ」
ロザリアは砂糖菓子でも見るような甘い瞳でオリヴィエを見上げる。
「今、ルヴァから新しい惑星のお話を聞いていましたのよ」
「ふうん、そうなんだ。じゃあ、私はいない方がいいのかな?」

ロザリアは全く気がついていないけれど、ちらり、とルヴァを見るオリヴィエの視線には冷たい棘がある。
……そんなに威嚇しなくても、彼女は貴方のモノでしょう?
ルヴァは素知らぬ顔でいつもの笑みを返してみせた。

「あら、もう終わりますわ。あとはこの資料を読みますし」
手にした資料を掲げながら、ね、と小首をかしげたロザリアに同意するように、ルヴァは頷いた。
楽しい楽しい彼女と二人きりの時間だったが、邪魔が入ったのなら仕方がない。
「よかった。じゃ、私の部屋でお茶でもしない?」
「まあ、嬉しいですわ」
弾むように声を上げたロザリアの頬を、オリヴィエの指が優しく滑る。
甘い空気は恋人同士のそれで、ルヴァの立ち入りを許さないというオリヴィエの強い意思を感じた。

「では、その資料はいつでも構いませんからね」
「ありがとう、ルヴァ」
ルヴァは二人に軽く会釈をすると、その場を立ち去った。
並ぶ美しい絵のような恋人同士の姿に、忘れたはずの痛みがよみがえる。
獰猛な獣の立てる小さな爪痕。


執務室のドアを閉めたルヴァは、その場できき耳を立てて廊下の様子を伺った。
二人が仲良く話しながら夢の執務室に入っていく気配を感じると、奥の書庫へと向かう。
地の執務室には通常の執務部屋の奥に、先代が誂えた特別な書庫があるのだ。
書庫は薄暗く、古い紙の匂いが立ち込めていて、ルヴァ以外は誰も入ったことがない。
ルヴァは人一人通れるほどの間隔で並べられた本棚の一番奥の一角を力いっぱい押した。
すると、まるで茶室のにじり口のような引き戸がなぜか床から30cmくらいの不思議な位置に現れる。
安普請のベニヤの引き戸を開け、裾の長い執務服が少々不便に感じるほどの狭い入口をくぐり、ルヴァは中に入った。
引き戸をくぐった先はさらにうす暗く、上の方にある3か所ほどの通気口のようなところからわずかに明かりがもれてくるだけだ。
ルヴァは懐からライトを取り出すと、スイッチを入れた。
床にライトを置くと、LEDの直線的な光は辺りを照らすことなく、ルヴァの足元だけを照らしている。
空っぽの空間には、棚が一つ。
いくつかの本や雑多なモノが並んでいるだけだ。

この空間に気付いたのは偶然だった。
飛ばされた紙を拾おうと、最奥の本棚を動かしたら、あの小さな扉があったのだ。
好奇心から中に入ると、ぽっかりと奇妙な空間があった。
部屋と言うには狭すぎるし、窓もなければ、入口はあれだけ。
この細長い空間はちょうどルヴァとオリヴィエの執務室の仕切りの位置になるはずで、廊下から窓辺まで幅1mくらいの空間がずっと、ふたつの執務室の間に通っていることになる。
「倉庫にでもするつもりだったのでしょうか?」
オリヴィエの部屋の方に入り口はなく、換気孔のような穴があいているだけだから、向こうから出入りはできない。
なんのための空間なのか。
考えて、ぼんやりと立っていたルヴァは、すぐそばで聞こえる足音に驚いた。
オリヴィエの部屋の足音が、空間に反射してこだまのように響いてきていたのだ。

「おいで」
オリヴィエの声がはっきりと聞える。
そして、もう一つの気配と、さらさらと床を這うドレスの衣擦れの音。
「でも…」
恥ずかしそうなロザリアの声は、ルヴァが聞いたことのないほど甘い響きに満ちていた。

最近、二人が特別な関係になったことは、ロザリアから聞いて知っていた。
女王候補時代から、ロザリアとルヴァは師弟のような関係で、彼女の秘めた恋心にも、たぶん彼女が自覚する前から気がついていた。
ロザリアが見つめる先に誰がいるのか、彼女ばかりを見ていたから、わかってしまったのだ。
オリヴィエも彼女への好意を隠していなかったから、補佐官になった今、つきあい始めたのは当然の流れだ。

ルヴァが身を固くすると、うす暗い部屋の空気が揺れる。
「恥ずかしがり屋さんだね。そんなとこもかわいい」
ぎゅっと抱きしめた音まで聞こえてきて、そのあとの口づけは生々しいほどリアルに想像がついた。
その時はキスまでだったが、それから何度も奥の間での秘め事まで耳にしてしまっている。
この頃は二人が部屋に入ると、この空間に来ることが習慣になっていた。


やはり今日も二人は奥の間にやって来た。
もっともさっきのオリヴィエの瞳を見れば容易に想像はついたが。
「こんな時間からいけませんわ」
ロザリアの声が天井に響いて、まるで同じ部屋で話しているのではないかと思うほど、はっきりと聞き取れる。
それからすぐに唇の触れあう音がして、お互いをむさぼるように吸う吐息が漏れてきた。
舌と唾液の絡み合う、びちゃびちゃと淫らな水音。
あきらかに深い口付けをしている音に、ルヴァの手に力がこもった。

湿ったリップ音が長く続き、どさりとソファに何が重く倒れ込んだ。
ファスナーを下げる金属音に、
「あん、いけませんわ……」
ささやかな抵抗は軽くいなされて、舌でぺちゃぺちゃとなにかをしゃぶるような音が聞こえてくる。
ちう、と吸い上げる唇に、
「ん、あ」
押し殺しそうとしてもこらえきれないロザリアの喘ぐ声。
今頃、オリヴィエは彼女の豊かな胸を揉みしだき、色付いた頂きを舌と指で存分に嬲っているのだろう。
ぴちゃぴちゃと繰り返される音と乱れた吐息。
ルヴァの下半身がぐっと熱を帯びてきた。

「もうこんなに濡らしてる。ほら」
羞恥をあおるような言葉。
くちゅ。
そんな卑猥な水音の一音一音までが耳に入ってくる。
ルヴァ自身もまるでその場で彼女の痴態を眺めているような錯覚を覚えるほど、音は近くに聞こえていた。

くちゅくちゅと淫らな水音が大きくなる。
「私のいない所で他のオトコと話しちゃダメでしょ。わかってる?」
オリヴィエは指を休めることなく、ロザリアを責め立てている。
「……ん、そんなのは無理ですわ。執務だってありますし……あ、ん!」
じゅぶり、と水音だけで、彼女の濡れた秘所が彼の猛りを受け入れたことがわかった。
緩急をつけて、抽挿を繰り返す度に、絡み合う粘り気のある音と、男女の匂いが濃く漂ってくる。
ゴクリと唾を飲み込んだルヴァは、ズボンから硬くなった自身を取り出した。
パンパンに張り詰めたソレは、壁の向こうの彼女の痴態を想像して、とろりと先を濡らしている。
片手で握り、オリヴィエの動きに合わせて擦ると、快感が頭の先からつま先までを駆け巡った。

「ね、ルヴァとだって二人きりはダメだよ」
突き上げながら、オリヴィエが繰り返す。
「……でも、執務が……」
また言い返すロザリアにオリヴィエの腰の動きは激しさを増していく。
じゅぶじゅぶと彼女のナカを抉る音。
「ダメって言ったらダメ。ほら、もう話しません、って言って。言うまで許さないよ」
先端から根元までを深く埋める容赦のない責めに、とうとうロザリアは
「約束、しますわ、お話しませんから、オリヴィエだけですから、だから、ああ、んん……」
「いい子だね」
一段と抽挿が早まり、ロザリアの喘ぎが言葉を無くしていく。
どんどん、とソファが揺れる振動。
ようやくオリヴィエが熱を放ったのか、はぁはぁと二人の荒い呼吸が聞こえてくる。

同時にルヴァも自身を強くしごき、手の中に白濁を吐き出した。
罪悪感と背徳感。
毎回、同じような気持ちになるのに、ルヴァはこの行為を止められずにいた。

壁の向こうの二人は、身支度を調えながら、事後の睦言を交わしている。
「もう・・・。いけませんと申し上げたでしょう?」
ロザリアがツンと顎をあげている様子が目に浮かぶ。
「私をその気にさせるあんたが悪いんだよ。いつも可愛くてたまんない。本当はずっと抱きしめて離したくないんだから」
「まあ、わたくしのせいですの?」
くすくすと笑うロザリアは幸せそうだ。
彼女を笑顔にするのは、いつだってオリヴィエで。
そんな力の無いルヴァは、ただここで聞いていることしか出来ない。
それでもいい。
それでもいいのだ、と、ぐっとこみ上げてくるものを飲み込んだとき。

「約束、忘れちゃダメだよ。他のオトコと気安く話したりしないこと。あんたは私のものなんだからね」

たったひとつのオリヴィエの言葉に、ルヴァの心の獣が、初めて唸り声をあげた。
確かに彼女は彼のものだ。
甘い瞳も艷めく唇も柔らかな肢体も、その髪の毛の一筋まで、全て、彼だけが触れることを許されているのだから。
そんなことは今でも十分わかりすぎるほどわかっている。
けれど、話しをすることさえ許さないとは、何と傲慢なのだろう。

今まで、二人の情事を耳にしても、獣は静かに眠っていた。
小さい頃から、求めても得られないものがあることを知っていたルヴァは、獣の飼い方を知っている。
吐き出したいだけの単純な欲望は、1人でも処理できるし、幸せそうな彼女の姿を見られれば自分も幸せだった。
時折、執務上のたわいもない議論を交わしたり、二人きりのティータイムで彼女のいれてくれたお茶を飲んだり、おすすめのお菓子を食べたり。
そんなささやかな楽しみで、獣を満たす術があった。
それなのに。

一度目を開けた獣はルヴァに囁いた。
『なぜ、彼女を手に入れない?欲しいなら、どんな手を使ってもいいだろう?』
ルヴァはぐっと手に力を込めた。
話すことさえ許されないと言うのなら、彼女を手に入れるしかない。
なぜそれがいけないことなのだろう。
そのままライトを切ると、ルヴァはぼんやりと立ち尽くす。
すぐそばで、オリヴィエの笑い声が聞こえた気がした。


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