Lion Heart

epilogue

epilogue
人の噂も75日とはよく言ったものだ。
三ヶ月も経つと、ロザリアとオリヴィエは何事もなかったかのように、ごく普通の同僚として接するようになっていた。
おそらく、二人の中にはまだ昇華し切れていないいろんな想いがあるだろう。
すれ違いざまにお互いの瞳に浮かぶなにかは、狂おしいほどの恋情と同じくらいの諦めに満ちている。
けれど、ルヴァは満足していた。
今現在、ロザリアにとって、一番近い男がまちがいなくルヴァになったからだ。
今日もロザリアは、地の執務室に来て、こうしてお茶を飲んでいる。
もちろん、
「珍しい花茶というお茶を手に入れたんですよ~。よろしければご一緒しませんか?」
そう言って誘ったのはルヴァだが、ロザリアは嬉しそうな笑顔ですぐに頷いてくれた。


「まあ、本当に美しいですわね」
ガラスのカップにゆらゆらと浮かび、次第に花が開いていくお茶を、ロザリアは楽しげに眺めている。
まん丸の鞠のようだった茶葉が、湯にふやかされてゆっくりと花開く工芸茶は、とある辺境の惑星の品だ。
きっとロザリアが喜ぶだろうと、ルヴァはこっそりと取り寄せていた。
「わたくしの花はピンクですわ。あら、ルヴァの花は黄色ですのね」
涼やかな声で笑うロザリアは、ますます美しさを増している。
まだ蕾の部分を残していた少女から、大人の女性に、まるで花が開いたかのようだ。
凜とした目元が優しく微笑みに変わる瞬間。
艶めいた唇がお茶を飲む瞬間。
それから、ルヴァを見る青い瞳の輝き。
どれもあまりに美しく、愛しくてたまらない。
今、ルヴァの中の獣は、ロザリアのそばで、ゆったりと伏せている。
彼女を守るように。
ルヴァ以外の何者も、彼女に近づけないように。

ルヴァはちらりと時計を見ると、にこにこと立ち上がった。
この時間、彼はあの場所に寝転んでいるはずだ。
最後の仕上げをしなくてはいけない。


「あの~、実は貴女に見せたいものがあるんですよ~」
イタズラをするように笑いかけ、奥の書庫の前で手招きをする。
ロザリアもそんなルヴァの様子に釣られるように立ち上がると、子供のように目を輝かせて近づいてきた。
薄暗い書庫は相変わらず古い紙の匂いと若干のほこりっぽさがある。

「わたくし、ここに入るのは初めてですわ」
ロザリアはきょろきょろと辺りを見回し、並べられた本の背表紙をちらちらと確認している。
ここにある本は、今では滅多にお目にかかれない珍品中の珍品ばかりだ。
図鑑や画集など、昔の物の方が細かく書かれていたり、今では継承されない技術などもあるから、本好きにはたまらないだろう。
ロザリアの本好きはよく知っているから、彼女が目を輝かせる理由もわかる。

狭い本棚の隙間を縫い、ルヴァはロザリアを最奥へと連れて行った。
ここに並ぶ本は、先代が気に入って集めた、辺境の惑星への渡航記が多い。
ルヴァもこの本から、先ほどの花茶や独特な民族衣装を知ることができたのだ。
「これはなんの本ですの?」
ロザリアの問いかけに答えず、ルヴァは唇の前に人差し指を立てた。
最奥の本棚をぐっと押し入れると、例の小さな入り口が現われる。
「まあ!」
もう一度、ルヴァが人さし指を立てて見せると、ロザリアはこくりと頷いて、唇を引き結んだ。

まずルヴァが中に入り、手を差し伸べてロザリアを引っ張り上げた。
ぽっかりと空いた空間に、ロザリアは驚きを隠せないというように、部屋中を見回している。
「ここはなんですの?」
ひそひそと囁くように尋ねるロザリアに、ルヴァも同じようにひそひそ声で答えた。
「わかりません。たぶん、先代がこっそり作った部屋なのでしょうが・・・もしかしたら、秘密の休憩室だったのかもしれませんね」
以前は棚が一つだけだった空間にルヴァは少し手を入れていた。
丸見えだった通気口の穴を紙で塞ぎ、むき出しだった床には厚めのラグを敷いてクッションを並べておいた。
棚にも本の他に、造花や猫の置物を置いている。
これなら、ただのくつろぎの空間に見えるはずだ。

ルヴァが床に腰を下ろすと、ロザリアも隣に並ぶように座った。
普段、椅子ばかりの聖地で床に座るスタイルはかなり珍しい。
ロザリアはクッションを背中に当てて、
「秘密基地みたいですわね」
と、心なしかワクワクしているようだ。
ただ並んで座っているだけなのに、この狭い空間では、自然と距離が近くなる。
ルヴァはほんの少し、身体をずらして、さらにロザリアに近づいた。

この幸せに彼は気がついていたのだろうか。
愛しいロザリアがすぐそばにいて、微笑んでくれている。

さあ、よく聞くといい。
壁の向こうで、もう二度と手に入らないモノを嘆くといい。

ロザリアには見えないように、ルヴァはうっすらと笑みを浮かべる。
満足そうにぐるぐると喉を鳴らす獣のたてがみを撫で、すぐ目の前のロザリアの頬に、そっと手を伸ばした。



「え、ルヴァ?なにを?」
突然、空から降ってきたロザリアの声に、オリヴィエは寝転んでいた身体を起こし、きょろきょろと辺りを見回した。
彼女と別れて数ヶ月。
とうとう幻聴まで聞こえるようになったのかと自嘲する。

いまだに顔を合わせるたびに、じくじくと胸の傷は痛んで、体中から血液がこぼれていくような気がする。
いっそ二度と会わないのなら、忘れることもできたのかもしれない。
けれど、イヤでも毎日顔を合わせる日常で、彼女の姿を目で追わない日はない。
手を伸ばせば、届くのに。
手を伸ばすことすら許されないのだ。
ひどい裏切りで彼女を傷つけたオリヴィエに、そんな資格はないとわかっているから。


「わたくしを愛しているとおっしゃったではありませんか。なぜ、あの人と・・・」
泣きはらした瞳で突きつけられた言葉に、オリヴィエは答えることができなかった。
あの女との情事に、愛など無かった。
お互いに一夜限りの遊びと割り切って、ただ肉欲を満たすために楽しんだだけ。
けれど、いつものオリヴィエなら、そんな欲望すら抱かなかったはずなのに、なぜあの夜に限って、女の誘いに乗ってしまったのか。
聖地に帰れば、ロザリアが迎えてくれる。
愛しい女を腕に抱くことほど、満たされることはないのに。
ただ吐き出したい、バレなければいい、という欲望に負けてしまったのだ。
『バカなことをしたな』
オスカーの慰めが耳に染みる。
本当にバカだった。
無くしたものが大きすぎて、何も手に着かずにいる。
こうして一人で彼女の思い出に浸るしか、時間を過ごす術もなかった。


続けて天井から聞こえてくるルヴァの声。
「どうか怯えないでください。オリヴィエに傷つけられた悲しみがまだ癒えていないことはわかっていますから」
これは幻聴なんじゃない。
おそらく隣の地の執務室から聞えてくる、今のリアルな声だ。
オリヴィエは息を潜め、2人の会話を伺った。

「どうしても貴女に知って欲しかったのです。私はいつまでも貴女を待っています。
もしも貴女がまた恋をしようと思った時、私のことを思い出してくれれば、それで十分なんです」
暖かく、心に訴えかけるようなルヴァの告白。
きっと、一緒にいるはずのロザリアの心にも染み込んでいるだろう。
「ずっと貴女の幸せを祈ってきましたが……今度こそ、私が私自身の手で貴女を幸せにしたいんです」

ぴくり、とオリヴィエの心の琴線になにかが触れる。
……ずっと、とは。
いつからルヴァはロザリアを想っていたのだろう。
そして、いつから、この声は隣の部屋に聞こえていたんだろう。

オリヴィエはソファの背もたれに寄りかかり、ここで繰り返した彼女との逢瀬を思い出した。
激しく求めあい、貪るように繰り返した情事。
愛しい女がオリヴィエに貫かれ、みだらな喘ぎをあげている姿を聞いていたとしたら。


「ふふふ」
オリヴィエの口から、声にならない渇いた笑いが漏れる。
あの時、なぜ女の誘惑に乗ってしまったのか、自分でもわからなかった。
けれど今思えば、少し前からロザリアとギクシャクしていて、イライラしていたのだ。
ルヴァと仲良さげに笑うロザリアに嫉妬して。
ロザリアの身体に無理やり自分を刻んで。
そして、すれ違ったまま、任務で長い間離れる羽目になった。
そういえば、ロザリアがあの朝突然やって来たのも、ルヴァに勧められたのではなかったか。
バラバラに見えた点がひとつに繋がり、ある形を作っていく。

「ルヴァ、いけませんわ。わたくしは、まだ・・・」
「ええ、わかっていますよ。それでも構わないんです。貴女に・・・触れていたいだけなんです」
少しの沈黙。
今頃、二人は手でも握り、見つめ合っているのだろうか。
どうしようもない焦燥感で、オリヴィエはぎゅっと拳を握りしめた。
長い爪が手のひらに食い込み、僅かに血が滲む。


ロザリアの声が続く。
「…ルヴァ、なんだか身体がおかしいですわ。…とても熱くて…なんだか…眠くて…」
「ああ~そうなんですね。では、少し休みましょうか。ここに寝てくださいね~」
その場にロザリアが身体を伏せたのか、重いモノが床に倒れた音がする。
「おやおや、こんなに簡単に眠ってしまうなんて。花茶の効果、でしょうかね」
オリヴィエの胸がどきりと音を立てた。
ルヴァがなにをしようとしているか、不吉な予感が立ち上ってくる。


壁越しに、さわさわと衣擦れの音がする。
「ああ、なんて美しいんでしょうか。とても柔らかくて…。」
悩まし気なルヴァの囁き。
ちう、ちう、と肌を吸う音が何度か繰り返され、ロザリアから甘い吐息が漏れ始めた。
「こんなにぴんと硬くして。吸って欲しそうですねぇ」
ちゅぱ、とリップ音がして、なにかを舌で嬲る水音。
わざと大きな音を立てるように、なんども吸い付いてはべろべろと舐めている気配がする。

「あん、やぁ、あぁん」
無意識のせいなのか、いつになく大きなロザリアの喘ぎ声が、隙間から響いてくる。
「ああ~、こんなに濡らして…。ここはどうですか」
ごくりと喉を鳴らして、じゅるじゅると蜜を舐めとる音。
「あ、や、んんん」
「はあ、貴女はどこも甘いですね・・・」
淫らな水音が大きくなるにつれて、ロザリアの喘ぐ声も乱れて。
オリヴィエは執務服の下で、はっきりと硬くふくれあがる自身を感じた。

「気持ちよさそうな顔ですねぇ。この花芽もひくひくしていますよ」
「あん、やあ・・・」
「ふふ、いいんでしょう?こんなにとろとろに溢れて…。指がこんなに濡れちゃいました」

くちゅくちゅと指で嬲る音。
じゅぷじゅぷとなにかを出し入れするような音。
ちゅうちゅうと胸の頂きを吸う音。
ルヴァは執拗なほどロザリアを嬲り続けている。

「ああん、や、ん」
声にあおられたオリヴィエの脳裏に、淫らなロザリアの姿が鮮明に思い浮かんだ。
真っ白な肌が、次第にしっとりと汗に濡れ、薄紅に火照っていく姿態。
律動に合わせて揺れる豊かな胸や、くねる細い腰。
なによりも普段、凛とした青い瞳がうっとりと快楽に蕩けていく様は、男の本能を存分に満たしてくれた。
オリヴィエだけが知っていたロザリアを、今、ルヴァが暴いているのかと思うと、自身の手に力がこもる。

じゅる、と吸い上げ、ひときわロザリアが高い嬌声をあげると、
「ふふ、イってしまったんですねぇ。・・・初めて見ましたが、淫らな貴女の顔は想像以上に美しいですよ」
ドレスを直すような、ささやかな衣擦れが聞え、ルヴァがクスクスと笑っている。

「声だけでも十分にイケるでしょう?これ以上はもう聞かせてあげませんけれどね」

ロザリアの絶頂とともに、オリヴィエはぐっと自身の雄をしごき、白濁を吐き出していた。
めまいのような快感と共に、全てを理解する。

ルヴァはわざと壁の向こうのオリヴィエに、ロザリアの嬌声を聞かせた。
おそらく、オリヴィエとロザリアの情事を耳にしながら、ルヴァ自身もしていたこと。
同じ状況であれば、きっとオリヴィエも同じ事をするだろうと、予想して。
そして、その予想通りに事は進んだ。
たった今のこの瞬間まで、全て、ルヴァの掌の上で踊らされていたのだ。
優しい友人のフリをして、爪を研ぎ、ゆっくりと恋人たちの間に立てた牙。
嘲りと優越感に満ちたルヴァの声は、ロザリアがもう自分のものだと、高らかに宣言していた。



「最後に笑うのはどっちだろうね」
ルヴァもまた、壁の向こうでつぶやくオリヴィエの声を聞いた。
それは微かな呟きで音としては感じられなかったかもしれない。
魂の波動が心に響いたのか。
サクリアという特異な力で通じ合う関係だからなのか。

ロザリアはまだすやすやと眠っていて、周囲の些細な物音など耳に入っていないようだ。
彼女は何も知らない。
美しい獲物はただそこに在るだけで、人を獣に変えてしまう。


ロザリアを傷つけたことで同じように傷を負い、眠っていた獣がオリヴィエの中で、再び目を覚ました。
一度奪われたくらいで、簡単に諦めると思われていたのか。
奪われたら奪い返せばいい。
ルヴァの喉元に飛びかかって、その獲物ごと食い尽くせばいい。

ぐるぐると喉を鳴らした2匹の獣が、薄い壁を挟んで、お互いを睨みつけているのだった。



FIN


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