LOVE LETTER

日の曜日、オリヴィエとショッピングモールを歩いていたロザリアは急に足をとめた。
「あの、オリヴィエ様。」
「なんだい?」
女王試験のころから繰り返した二人のデート。
いつの間にか恒例になっている日の曜日の夕方は、昼間の熱気が少し緩んで少しすごしやすい風が吹いている。
自然と浮かれた気持ちになって、オリヴィエはロザリアを見つめた。
「先ほどのお店で買い忘れてしまった物がありますの。買ってまいりますから、先に行っていただいてよろしいでしょうか?」
小首をかしげてオリヴィエを見たロザリアは、返事を待たずにすでに体を後ろに向けている。
そんな様子が珍しくて、オリヴィエは「いいよ、行っておいで。」と声をかけた。
小走りに駆けて行く後ろ姿。
いつもの大人びた補佐官服ではない、私服のロザリアのふんわりしたスカートが揺れた。

オリヴィエは待ち合わせをしたカフェに着くと、一番わかりやすいテーブルを選んで座る。
長い脚を組んで、メニューを広げた。
ロザリアがいつも注文する紅茶と、そして・・・。
「今日はこれにしようかな。」
今日のお勧めになっている一番可愛らしいイチゴのケーキに決めた。
ケーキなんて子供っぽい、と自分からは頼まないロザリアのために、オリヴィエはいつも自分がケーキを注文している。
初めのうちは恥ずかしがって食べなかったロザリア。
最近は「食べる?」ときくと、「では、少し。」と言って、半分食べるようになった。

しばらくして、カフェに入ってきたロザリアがオリヴィエに気づいて、笑顔を見せた。
軽く手を振ったオリヴィエに近づいてきて、その向かい側に座る。
隣に座ればいいのに、その微妙な距離が今の二人の関係。
友達以上だけれど恋人未満。
すぐに運ばれてきたケーキを見て嬉しそうに瞳を輝かせたロザリアが言った。
「お一人で食べるんですの?甘いものは控えてらっしゃるのではありませんか?」
ほらきた。
内心笑ってしまったのをこらえて、オリヴィエは皿をロザリアの方へ寄せる。
「味見してみる?」
では、とばかりにフォークを入れたロザリアをオリヴィエは楽しげに眺めたのだった。

おしゃべりの後、パウダールームに立ったロザリアの隣に置かれた紙袋がふと目に入る。
わざわざ買いに戻った物が少しだけ気になって、こっそり袋から取り出した。
中は、綺麗なブルーのレターセット。
いかにもロザリアの好みそうな、レースのような細かな透かしの入った繊細な柄だった。
そういえば、さっきの雑貨屋で、ロザリアはレターセットばかりを見ていた。
一緒にいるときに買わなかったのは、見られたくなかったから?
なんだかもやもやした気持ちがして来て、オリヴィエはレターセットを袋に戻した。


次の日。
オリヴィエが補佐官室に行くと、ロザリアは机の上をがさがさとかきまわして、何かを隠した。
らしくないあわてた様子に机を覗き込もうとしたオリヴィエの前にロザリアが立ちふさがる。
「どうなさったんですの?何かございまして?」
明らかに挙動不審。
肩越しに覗き込もうとするオリヴィエをロザリアは強引にソファに座らせた。
「ん?ああ、お昼でもどうかなって思ったんだけど。取り込み中ならいいよ。」
ロザリアがはっとしたように壁の時計を見上げた。
そこに示された時間をじっと確認すると、少し驚いたような顔をして、オリヴィエに向き直る。
「ええ。せっかくですけれど、どうしても仕上げたいものがありますの。わたくしのことはお気になさらずにランチにいってくださいませ。」
優雅な微笑みと声はいつもと変わらないけれど、なにか違うような気もした。
はっきりわからないもやもや感も手伝って、オリヴィエはふっと鼻を鳴らして立ち上がる。
「じゃ、勝手にするよ。」
苛立ちが声に出たオリヴィエにロザリアは少し困ったようなそぶりを見せた。
「あの・・・。あとで執務室に伺ってもよろしいかしら?」
今までそんなことを言われたことなんてないのに。
オリヴィエは心の中で首をかしげながら頷くと、一人でランチをとるために外へ出た。
いつも通りの晴れの陽ざしでも、一人はつまらない。
石畳を蹴るようにして、オリヴィエはカフェへと歩いて行った。

コンコンと特有のリズムのノックの音がして、ロザリアが顔をのぞかせた。
オリヴィエはさっきの仕返しとばかりに声をかけずに入ってくるロザリアをじっと見つめる。
綺麗な動作でドアを閉めたロザリアはまっすぐな視線でオリヴィエを見つめ返した。
「あの、オリヴィエ。」
ロザリアの声はいつもよりワントーン高い。オリヴィエがロザリアに近づくと何となく向き合うような形になった。
途中まで目を合わせていたロザリアがうつむいている。
目に見えて赤くなっているその首筋や頬に、意味もなくオリヴィエの心臓が波打ってきた。
お互いに黙ったままでいると、やがて沈黙に耐えかねたようにロザリアが顔を上げた。
赤く染まった頬。オリヴィエの心が大きく跳ねた。
「あの、これを渡してほしいんですの。」
ロザリアが差し出したのは、ブルーの封筒。
昨日買ったものに間違いないその封筒は銀のシールで封がしてある。表書に書かれた名前は・・・「オスカー」。
機械的に差し出したオリヴィエの手にブルーの封筒が渡る。
ロザリアの口からため息のような吐息が漏れて、ふいに力が抜けたように肩を落とした。
「こんなことをお願いするなんて、恥ずかしいんですけれど、あの、お願いいたしますわ。」
安心したとはいえ緊張の残るロザリアの声に、オリヴィエは小さく頷いた。
「渡しとけば、いいんだね?」
「ええ。」
綺麗な笑顔につられてオリヴィエも笑みを返した。

これほどロザリアに早く出て行ってほしいと思ったことはない。
黙って手紙を見つめていると、ロザリアがくるりとドレスの裾を翻してドアの向こうへ消えて行く。
その姿を見送って、オリヴィエはソファに体を沈めると、手紙を天井に掲げた。
淡いブルーの封筒は中の文字が透けそうで透けない。
表書の綺麗な文字を何度も何度も見返して、見間違えではないのかと瞬きした。
そんなことをしても文字が消えるわけでも、変わるわけでもなく、オリヴィエはため息をつく。
ラブレター。
ちょっと古風な気もするけれど、ロザリアには似合いな告白かもしれない。
ああ見えてすごく恥ずかしがり屋だから。

手紙をひたすら眺めていると、封をしている銀のシールが少し浮いているような気がした。
のりづけされた様子もなく、シールをはがせば、中身をうまく取り出せるかもしれない。




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