薔薇の守人

4.

朝一で聖殿から呼び出しを受けたヴィクトールは、玉座の前で膝をつき、女王の言葉を待っていた。
女王の間に集まっているのは、いつものメンバーだ。
今日は女王候補の二人も同席している。
全体として、女王の間の雰囲気は和やかで、宇宙の危機とは無関係そうだ。

ヴィクトールはちらりと横目で、同様に隣で膝をついているオスカーの姿を見た。
端正な横顔はポーカーフェイスで、なんの感情も読み取れない。
けれど、オスカーと並んでいることで、ヴィクトールは呼び出しの用件があのバトルのことだろうと確信していた。

バトルが開始されて数日。
オスカーが次々と参加者を倒しているという噂は耳に入ってきていた。
めぼしい者には自ら戦いを仕掛け、恐れをなした者はその場で降参させる。
みるみるうちに参加者が減ったのはオスカーの力が大きい。
ヴィクトールの方はと言うと、ランディとの戦いのあとも、挑戦してきた者が若干名いたが、すべて返り討ちにしてきた。
そもそも前評判の高いヴィクトールに直接戦いを挑んでくる者は多くはなかったのだが・・・。
自分の胸にまだコサージュが残ってることは確かだ。


「お忙しいところをお呼び立てして申し訳ありませんわ。」
女王の傍らに立つロザリアがねぎらいの言葉をかけてくれる。
ヴィクトールはさらに頭を垂れた。
「二人を呼び出したのは、あのバトルのことなの。
 あのね、さっき、あなたたちが最後の二人になったわ。」
強い視線を感じたヴィクトールはその視線に挑むようにオスカーを見た。
薄氷青の色に感じる隠しきれない闘気。
明らかな敵意にヴィクトールの背中がぞくりと震える。
恐怖ではない、どちらかといえば好敵手を得た喜びだ。

「それで、優勝者の決め方について、オスカーから申し出があったの。
 最後はきちんとした戦いをしたい、ということで、剣での正式な試合を希望してるんだけど、ヴィクトールはどうかしら?」
女王は無邪気な笑顔で二人の男を玉座から見下ろしている。
女王としては優勝の決め方はどんな方法でもかまわないのだ。
大切なロザリアを預けることができる男であれば。
女王の笑顔にヴィクトールは自身の密かな想いを知られているような気がして、居心地の悪さを感じてしまう。

皆がヴィクトールの返答を待って、沈黙しているなか、
「はい。私も正式な立ち会いを希望いたします。」
女王の間に響き渡る声音で、傍らのオスカーをしっかりと見つめ返した。
視線が静かな闘志を伝え、見えない火花が二人の間に散る。

「決まりだな。」
オスカーはにやりと唇の片端をあげると、勢いよく立ち上がった。
挑むように光を跳ね返して金のピアスが揺れる。
ヴィクトールも追うように立ち上がり、差し出された手を握り返した。
戦いの合図の握手。
女王の宣言で、試合は今日の午後。
中庭に試合会場を作ることになった。


「ヴィクトール様!」
学芸館への帰り道、背後から呼び止められて、ヴィクトールは足を止めた。
振り向くと、息を切らせて、コレットが走り寄ってくる。
「どうした?」
「はい、今日の午後の学習の予定なんですけど。」
「ああ。」
そういえば、今日は午後からコレットとの約束が入っていたのだ。

「すまないが、こういう理由だ。 学習は明日に変更してもらってもいいか?」
ヴィクトールが頭をかきながら言うと、コレットは大きく頷いた。
「はい。わかりました。 あの。」
もごもごと消えてしまった語尾を確認したくて、
「なんだ?」
と尋ね返すと、コレットはうつむいてしまう。
細いうなじが頼りなげに震えていて、このくらいの少女の相手に慣れていないヴィクトールは、どう声をかけていいのかわからないまま、沈黙が流れていく。

気まずい、と思い始めたところで、ようやく、顔を上げたコレットは、
「あの、ヴィクトール様、がんばってください。」
真剣な顔で励ましの言葉を告げた。
ただの励ましにしては、少し思い詰めたような顔をしているのが気にはなったものの、
「ああ。 ありがとう。」
気弱なコレットを怖がらせないように、ヴィクトールはできる限り優しく微笑み返した。
応援されれば、純粋に嬉しい。
その気持ちのまま、ぽんぽんと彼女の頭に掌を乗せると、コレットの肩からふわりと力が抜ける。
彼女のほんわかとした雰囲気に、ヴィクトールの張り詰めた気持ちも和んでくるのだった。


試合の時間少し前に中庭に着いた。
午後の穏やかな日ざしの降り注ぐ中庭は、色とりどりの花が咲き乱れ、甘い香りが漂ってくる。
およそ剣の勝負など似つかわしくない、童話のような光景だ。

「待たせた方が勝つなんて思ってないだろうな。」
会場内で先に待っていたオスカーがにやりと笑う。
もっとギャラリーがいるのかもしれないと思ったが、意外にも試合を見守るのは、いつものメンバーだけだ。
考えてみれば、聖地の職員は皆仕事の時間なのだ。
自分達も遊んでいるわけでは無いと思いたいが、ヴィクトールの感覚では仕事とも言えない気がする。
聖地の常識に染まりつつある自分に苦笑した。

真剣勝負ということで、巻き込まれる危険性を考えて、試合の場所からギャラリーまではかなりの距離がある。
ヴィクトールとオスカーの二人が、広場の真ん中にぽつんと立っているという光景。
どちらもレフェリーストップなど望んでいないから、審判も必要ない。
ご丁寧に境界にはロープが張られ、女王陛下と守護聖用には椅子まで準備されている。
完全に楽しむ体制だ。

いつも通り、陛下の傍らにロザリアがいた。
美しい姿勢で椅子に座り、青い瞳をまっすぐにこちらに向けている。
自身が賞品になっているのだから、心中は穏やかではないはずだろうに、彼女の表情は変わらない。
ヴィクトールが勝てば、出張の間、彼女をきちんと守りエスコートするつもりだ。
もちろん、不埒なことをしようなどと考えてもいない。
けれど。
凜とした表情を崩さないロザリアを見ていて、ヴィクトールは改めて思った。
果たして、ロザリアは誰の勝利を望んでいるのだろう。


「始め!」
ジュリアスの声で試合開始の号令がかかると、じりっと足が地面を擦る。
手練れ同士の試合で、すぐに斬りかかることはまずない。
互いの間合いをはかりつつ、確実な一刀を狙うのが定石だ。
ところが、合図と同時にすっと身をかがめたオスカーの剣は素早くヴィクトールの肩先をかすめる。
オスカーの剣はいわゆる片手剣で刃は一面しかないが、軽く扱いやすい。
その剣の利を生かした早い攻撃が全方向からヴィクトールに襲いかかってきた。
剣先を躱しつつ、足下を固める。
自身の両手剣は重さがある分だけ、振り回すような使い方には向いていない。

振り下ろされた剣を受け止めると、キンと甲高い響きが空に吸い込まれた。
剣の芯同士がちょうどぶつかり合うと、まるで楽器のように澄んだ音がするものなのだ。
音を聞いたオスカーがにやりと笑う。
ぎりぎりの戦いの中で、それを楽しめる人間が軍人に向いている。
オスカーも同じなのだ、とヴィクトールは剣を構え直した。

剣のぶつかり合う美しい音が音楽のようなリズムを持って繰り出されてくる。
ギャラリー達も激しい攻防に魅入られたように、固唾をのんで見守っていた。
ふと、ヴィクトールの視界の端に、ロザリアの姿がよぎる。
彼女は祈るように両手を組み、目をそらさずに勝負の行方を見守っているように見えた。

「おっと。」
鈍い音がしたかと思うと、オスカーの剣が眼前に迫ってくる。
ヴィクトールのほんの一瞬の気の揺れを見逃さず、オスカーが踏み込んできたのだ。
ぎりぎりのところで剣で受け、さっと背後に飛んだ。
「よそ見とはずいぶんな余裕だな。」
互いの剣が届かない距離で対峙すると、オスカーがにやりと笑う。
紅の髪が光にキラリと映え、男でもみとれる美貌。
ヴィクトールは静かに足をスライドさせると、剣を斜めに構えた。

「ヴィクトール、お前はどうしてこの戦いに参加したんだ?」
オスカーも同様に剣を斜めに構えながら、間合いを取る。
まるで日常の世間話のように、その口調は軽い。
「教官という立場では断れません。」

ロザリアのため。
などと、は口にするわけにはいかず、ヴィクトールは言葉を逃がした。
けれど、気持ちを顔が代弁してしまったらしい。
泳いだ視線の先にロザリアがいることに気がついたオスカーは、目を細めた。
「ほう、麗しの姫君のナイト希望という訳か。」
からかうような言葉とは裏腹に、オスカーの瞳にさっきまでとは違う、本気の光が点り始める。
脇でひゅっと軽く振っただけで、鋭い剣圧で空気が避けるような風が起きた。

「では、オスカー様はなんのために優勝したいのですか? 聖地一の戦士という称号ですか?」
音もなく降ってきたオスカーの剣を剣ではじき返す。
剣の鋭さが増したせいか、キインと一段高い音が鳴った。

「もしも、それだけならば、オスカー様に差し上げます。 俺は、称号などいらない。」
「なるほど、お前はロザリアが目当てということか。 まあ、あれほどの美女はそうはいないからな。
 男なら一度は試してみたくなるだろう。」

すうっと細められた薄氷青の瞳に、ヴィクトールの体温が上がった。
オスカーは相変わらず、彼女を愚弄している。

「そのような言い方は止めていただきたい。」
いっそう早くなるオスカーの剣をはじき返しながら、今度はヴィクトールが大きく踏み込んだ。
びゅうっと大剣が空気を切り裂いていく。
この一撃が決まれば、オスカーにとっては大きなダメージになるはずだ。

ヴィクトールが振り上げた剣の先。
ちょうどその一直線上に、ロザリアの姿があった。
試合の行方を懸命に見つめる青い瞳。
膝の上でぎゅっと握りしめられた手。
ふと、ヴィクトールの脳裏に、あの蛇の事件の日が浮かんだ。
怖い、という本心を精一杯隠して、強くあろうとしていたロザリア。
今の彼女の姿は、あのときによく似ている。
もちろん、距離のある彼女の表情まで全部が理解できる訳ではない。
けれど、ロザリアの呼吸や細かな動作が、ヴィクトールに伝わってくるのだ。

ヴィクトールの剣がオスカーの頭上をかすめる時。
ロザリアは目を伏せ、息をのみ、何かに耐えるようにさらに手を握りしめる。
オスカーの剣がヴィクトールを捕らえようとする時。
ロザリアは瞳をきらりとさせて、手にもぐっと力が入る。

彼女が誰の目線で試合を見ているのか。
そして、それが何を意味しているのか。
ヴィクトールの胸に鋭い痛みが走った。


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