秘密のlove affair

2.


次の日も、その次の日も、ロザリアの体調は戻らないらしい。
たまたま一緒になったランチでも、ほんの申し訳程度のスープしか飲んでいなかった。
「それ、なに?」
アンジェリークが指差した、ロザリア持参のランチボックスにはレモンの輪切りが浮かんでいる。
「蜂蜜漬けですの。体調が悪い時に、ばあやが作ってくれたのを思い出して、作ってみましたのよ。さっぱりしていいですわ。」
「ふーん。 一枚ちょうだい。」
返事もきかずに、ランチボックスから一枚かすめ取ったアンジェリークは、レモンを口に放り込んだとたんに、顔をしかめた。

「うわーーーー!!!すっぱい!」
「ええ。でも、すっきりしますでしょう?」
「まあそうだけど。すっぱいよ~~~。」
まだ顔をしかめているアンジェリークを横目に、ロザリアは平気な顔でレモンを食べている。
彼女はそんなに刺激物は好きではなかったはずだが、病気で味覚が変わってしまったのだろうか。
オリヴィエは、気になりながらもアンジェリークの手前、何も言うことができなかった。


そして。
金の曜日になって、朝礼に現れたロザリアにみんなが目を丸くした。
いつものすらっとした補佐官服ではなく、今日のロザリアは私服を着ている。
可愛らしいゆったりしたローウエストのワンピースに、バレエシューズ。
服に合わせたのか髪も下ろしていて、補佐官というよりは、女子会の幹事みたいだ。

「どうしたのですか? まだ体調が?」
気遣わしげなリュミエールにロザリアが微笑んだ。
「いいえ。昨夜、家に帰ってから、補佐官服にインクをこぼしてしまって…。ちょうど洗い替えの方もクリーニングに出していましたの。
気になりますかしら?」
「いや、いつもの補佐官服ももちろんだが、今日の君は一段と可愛らしいな。」
「まあ、お上手ですこと。」

ワイワイと囲まれているロザリアは、まだ顔色が悪いようだ。
寝不足というのは、こんなに長く続くのだろうか。
夜のデートも我慢しているのだから、寝不足はとっくに解消しているはずなのに。
早く彼女を抱きしめたくて、もやもやしてしまう。
思わず恨めしげにロザリアを見ていると、彼女がふいに視線を合わせて来た。
恥ずかしそうに微笑んだロザリアに、不埒な考えを読みとられたような気がして、つい目をそらしてしまった。
傷ついたような青い瞳。
さすがに今の態度は不味かったか、と、もう一度彼女を見たが、すでにロザリアはアンジェリークの傍に立っていて。
「では始めるぞ。」
ジュリアスの声にオリヴィエもしぶしぶと席に着いた。



何もない土の曜日は、ロザリアのお茶会と、相場が決まっている。
ランチの親睦会以上に、皆が楽しみにしているのが、このお茶会だ。
ロザリアの手作りお菓子や、お茶が用意され、天気のいい日はテラスでのんびりと午後を過ごす。
うるさいジュリアスもたまにしか来ないし、本当に気の置けない仲間だけのパーティなのだ。
先週、先々週と、なぜかロザリアが忙しいという理由で、お茶会はお流れになっていた。
だからこそ今日は、と、めいめいが呼ばれたわけでもないのに、勝手に宮殿のテラスに集まっていた。

「お早いのですね。」
ハーブティを持ったリュミエールに声をかけられて、オリヴィエはドキリとした。
実はロザリアの体調が気になって、話がしたいと早く来たのだ。
けれど、彼女の姿は見えず、ぼんやりとベンチに座って、時間を潰していたところだった。
「朝からヒマでね。 それは?」
追求から逃れようと、リュミエールのポットを指差した。
「これは、疲れのとれるハーブティです。このところ、ロザリアはずいぶんお疲れのようでしたから。少しでも癒しになればと、持ってまいりました。
 ところで、ロザリアは?」
「いないんだよ。 どこ行ったのかね?」
そのうちにオスカーやルヴァ、ゼフェルが現れ、仕方なく、みながベンチでたむろしていると。

「ごめんねー。おそくなっちゃった。」
アンジェリークとランディ、マルセルが走り込んできた。
「なにかあったの?」
まさかロザリアが倒れたりしたのではないか。
血の気が引いたオリヴィエが尋ねると、アンジェリークは首を横に振った。
「ううん。ロザリア、今日、どうしても行きたいところがあるから遅れるって。 だから、わたしがお茶を頼まれたの!」
「そうなんだ…。」
とりあえず、病気ではないらしい。
「なんかお菓子も作れないみたいだったから、わたしとマルセルで作りましたー!」
じゃーん、と効果音付きで広げたのは、パンプキンパイ。
「甘そうだな・・・。」
ゼフェルがぽつりとつぶやいた。

パイを切り分けたアンジェリークが、それぞれにお皿を手渡している。
オリヴィエもパイを受け取ると、フォークでつつくように味見してみた。
甘い。濃厚すぎるほどの甘さに、頭がくらくらする。
「おいしいね! ロザリアも食べられたらよかったのに!」
「ホント! 最近、ロザリア元気がなくて心配だわ…。」
「ですよね~。私の薬も効果がなかったんでしょうかね~。」
やっぱり話題はここにいないロザリアのことになってしまう。

「ロザリアはどこへ行ったのですか?」
リュミエールが抱えていたポットのハーブティをみんなにふるまっている。
ロザリアがいないのなら、持っていても仕方がないと思ったらしい。
癒しと言っていた通り、すっきりして爽やかなハーブティだ。
甘いパンプキンパイにピッタリで、美味しい。
「なんか、主星に行くって、言ってたけど…。くわしくは教えてくれなかったの。 悩んでるみたいだったし…。」

「悩んでる?」
「うん、なんかぼーっと考え事ばっかりしてたし。寝不足って言い張ってたけど。」
ロザリアは何も言わなかった。
オリヴィエは甘いパンプキンパイをごくりと飲み込んだ。
でも考えてみれば、深い付き合いだというのに、彼女とゆっくり話せるのは週に一度のデートくらい。
夜はつい抱いてしまうから、ほとんど会話がない。
もし、何か悩みがあったとしても、きっと自分には話さないだろう。
彼女のことならなんでも知っていると思っていたのに、なんだか矛盾している気がする。


「ひょっとして、ロザリア、赤ちゃんができたんじゃない?」
二切れ目のパンプキンパイに手を伸ばしながら、マルセルが言った。
「なんだと!?」
オスカーが文字通り走り寄って来た。
ロザリアがいないと知って、帰り支度をしていたくせに、ずいぶんと反応が早い。
「そう言えば、食欲がなさそうでしたね…。つわりでしょうか?」
「ええ~~、それでは薬では治りませんよね~~。」
「ぴったりした補佐官服から、ワンピースとヒールのない靴に着替えてたよな。」
「そうよ、お昼ごはんにすごく酸っぱいレモンの蜂蜜漬けとか食べてたわ…。」
アンジェリークまでもがそう言うと、みんなは頭を抱えて考えこんでしまった。

まさか。
オリヴィエの背中に冷たい汗が流れる。
思い当ることならありまくりだ。一応それなりに気をつけていたつもりだが、失敗もあるだろう。
それに、初めての時は自分でも信じられないほど夢中で、何も考えずに抱いてしまった。
最後だけは何とか回避したものの、かなり危険だったはず。
あれからずいぶん日にちも経ったから、何もなかったと思っていたのだが。

「だが…。子供ができたというのなら、父親がいるだろう?」
さすが男女の修羅場に慣れているというべきか。
すぐに冷静さを取り戻したオスカーが、呟いた。
「そうよ!誰なの? 絶対この聖地の中に犯人がいる筈じゃない。」
犯人とはずいぶんな言い方だが、皆の表情を見れば、その言い方が適切だ。

アンジェリークがじっとその場にいた男達の顔を見回していく。
一番最初に目を止めたのは、勿論オスカーだ。
「俺じゃない。まだ手を出してない。それに、ついこの間、フラれたんだ。」
「ついこの間?! あなたという人は。協定を忘れたのですか?」
「そんなもの! お前だって、絵のモデルになってほしいとか頼んでいたじゃないか!」
「あれは、純粋にロザリアの美しさをキャンバスに留めようとしたまでです。では、まさか、ルヴァ様?」
「いいえ~。私はそんな恐ろしいことできません~。そりゃあ、一人の時に想像しないことはないですが…。」
「ルヴァ、おめー、アイツをおかずにしてたのかよ! ったく、おっさんどもはしょうがねえな。」
「じゃあ、お前なのか、ゼフェル!」
「ちげーよ。キスはしようとして、ひっぱたかれたけどよ。まだ女王候補の頃だぜ。」
「では誰が…。」
「まさか、ジュリアス様が?!」

みんなが言い争う声がオリヴィエの頭の上を素通りしていく。
もし、ロザリアに子供ができているとしたら。
相手は自分しかいない。
まだ結婚もしていないのに、出来てしまったことは不用意だったが、別にそんなことはどうでもいい。

「私の子だよ。」
愛するロザリアとの子供。考えただけで、めまいがしそうだ。

「「「「「「「オリヴィエ?!」」」」」」」

大合唱で名前を叫ばれたけれど、オリヴィエは気にならなかった。
「私の子供なんだ。 黙ってて、ごめん。」
「ちょっと。」
アンジェリークがずいっと身体を乗り出してきた。
怒っているのかもしれない。大切な親友をキズものにされたと思えば無理もないが。

「なんで付き合ってること、黙ってたの? 遊びなの? 」
「そんなわけないでしょ! 本気も本気。大本気だよ! 私達は愛し合ってる。ただ…。」
ちらっとみんなを見ると、全員魂が抜けたようにポカンと口を開けて空を見ている。
それはそれはショックだったのだろう。
熱くロザリアへの想いを語っていた同士ならともかく、オリヴィエのような伏兵にかっさらわれるとは。
「協定がね。…ま、そんなの最初からなかったみたいだけど。」
みんなそれなりに抜け駆けしようとしたり、アプローチしていたのだ。
逆にまともに信じ込んでいた自分は、かなり間が抜けているのではないかと思う。

ふう、とそれぞれにため息をついた後。
「ね、どうするの?赤ちゃん。」
アンジェリークが肘でつついてくる。
「もちろん、産んでもらって育てるよ。なんてったって、私とロザリアの子供だからね、超美人に決まってるし。」
そう思うと、早くロザリアに会って、祝福したい。
まずはプロポーズだ。
指輪もないけれど、それは今度の週末に二人で買いに行けばいい。
ウェディングドレスのデザインもしなくてはいけない。お腹が目立ち始める前に式だけでもしておきたい。
いろいろと頭の中で考えていると、突然アンジェリークが叫んだ。


「ね、ロザリア、もしかして…。」
「は?」
見る見るうちに青ざめていくアンジェリークにオリヴィエは首をかしげた。
「赤ちゃん。産んじゃいけないって、思ってないかな…?」
アンジェリークの言葉にひやりとした。
体中から冷たい汗が噴き出してくる。
そういえば、このところロザリアに気になる様子があった。
なぜ自分達の関係を隠すのかと聞かれたり、話したいことがあるとも言われた気がする。
どれも曖昧に交わしてしまったが、ロザリアを誤解させてしまったかもしれない。
関係を隠したいのは、遊びだからで。
夜にしか会いに行かないのも、遊びだからで。
なんだかいろいろなことが、全てマイナスに考えられてきてしまう。

「探さなきゃ!」
もしかして、一人で悩んだ上、子供を諦めているのだとしたら。
「ロザリア、どこに行くって言ってた?!」
「え。わかんない…。けど、主星かも。星の小道使うって言ってた気がするわ。」
「主星?」
「ウン…。たぶん。」
たしかに主星は一番文明が進んでいて、医療も発達している。
ロザリアの出身地でもあるし、安心できるだろう。
「急がなきゃ! ああ、でも、主星って広いよね? 実家の近所かな? そんなわけないか。遠くを選ぶかな。」
いまだかつてないほどのパニックに襲われ、オリヴィエは頭を抱えた。
どこから探せばいいのか。こうしている間にも、何か起こるかもしれない。

「クラヴィス様に伺ってみましょう。」
「そうだな。俺の乗って来た馬を貸してやる。」
「エアバイクのほうが早いんじゃねーの。」
ふいに後ろから声をかけられ、オリヴィエが振り返ると、さっきまでポカンとしていた皆が、動き出していた。
「では、乗せていただけますか?」
「しょうがねーな。」
「お前はとりあえず主星に行け。場所がわかったら連絡する。」

「あんた達…。」
オリヴィエの瞼の奥がツンと熱くなった。
結果として騙すような形になってしまったのに、怒るどころか、ロザリアを助けるために手助けしてくれるだなんて。

「あなたのためではないんですよ~。ロザリアのためです。」
「そうだ。彼女に涙は似合わないからな。」
「ったくよー。泣かせんじゃねーよ。」
オリヴィエはぐるりと皆を見回した。
普段は本当にまとまりがないけれど、一致団結した時は、どこまでも信頼できる仲間だ。
「ありがと。」

ルヴァの指示で役割を分担し、アンジェリークが本部として待つと決まった。
どうか、待っていて欲しい。
祈るような気持ちでオリヴィエが星の小道へ向かおうとすると、遠くから人影が見えた。


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