5.
「ピクニック?」
いつも通り、ロザリアを美味しいお菓子で執務室に連れ込むことに成功したものの、今日はアンジェリークも一緒だった。
あのお茶会で少し近づいた彼女たちは、オリヴィエが驚くほどの早さで、あっという間に親しくなっている。
もともと『選ばれた二人』なのだから、目に見えない魂の結びつきがあったのかもしれない。
「そうです。 ピクニック…あれ?ハイキングだっけ?」
「ランディ様は山登りって言っていましたわよ。」
「え、でも、山って言ってもあの聖殿の裏山でしょ? やっぱりピクニックだよ!」
「あんたはお弁当目当てだから、ピクニックでしょうね。」
小鳥のさえずりのように姦しい二人の会話から察するに、今度の日の曜日、年少組とルヴァと一緒に裏山に出かけるという事らしい。
そこに
「オリヴィエ様も一緒に行きましょうよ!」
アンジェリークが意味ありげにイヒヒと笑う。
わかりやすいからかいはともかく、監督者がルヴァだけ、というのは確かに心もとない気がする。
ルヴァは知恵者だが、圧倒的に運動能力が低いのだ。
「ピクニックなんて、外は暑いし、汗でメイクは崩れるし、疲れてめんどくさいだけじゃないか。」
オリヴィエが紅茶を飲みながら、しっしと追い払う仕草をすると、
「じゃあ、行かないんですか~?」
アンジェリークが唇を尖らせる。
「ロザリアだって、オリヴィエ様に来てほしいよね?」
突然話を振られて、ロザリアは口にしていた紅茶を吹き出しそうになってせき込んだ。
「わたくしはどちらでも構いませんわ。」
ツンと顔を背けるロザリアの耳がほんの少し赤い。
「しょうがないね。 あんた達だけじゃ心配だし、一緒に行くよ。」
どうせ最初から断るつもりなんてなかったのだ。
ちょっとからかうと、ロザリアが可愛いから。
オリヴィエのそんな気持ちが伝わってしまったのか、ロザリアは紅茶を飲み干すと、席を立ってしまった。
「ジュリアス様がお戻りになる時間だわ。」
育成のお願いをしたかったが、ジュリアスは聖地に戻っていて不在だったのだという。
「私を暇つぶしにしたわけ?」
オリヴィエがすねたそぶりを見せると、ロザリアは
「ええ、ちょうどよかったですわ。」
ふふんと得意げに腰に手を当てる。
「では、ごきげんよう。」
優雅な礼をして、ロザリアが行ってしまうと、部屋にはオリヴィエとアンジェリークの二人きりだ。
「オリヴィエ様、ロザリアのこと、ホントにどう思ってるんですか?」
アンジェリークのひそめた声に、オリヴィエは眉を軽く上げ、首をかしげた。
「どうって? 可愛いと思ってるよ。」
「もう~。そんな意味じゃないことわかってるくせに~」
頬を膨らませたアンジェリークにオリヴィエはくすりと笑みを浮かべた。
「あんたの方こそどうなの? あの天然ボケ相手じゃ、苦労してるんじゃないの?」
「わ、わたしの方はいいんです! とっても順調なんですから!」
打って変わって真っ赤になるアンジェリークは、わかりやすくて可愛い。
こういう裏表のない純粋なところが、他の守護聖達にも愛されるゆえんだろう。
でも、オリヴィエは昔からちょっと人と変わっていることが多かった。
ファッションや生き方。
たぶん、女の子の趣味もそうなんだろう。
「オリヴィエ様、あんまり余裕ぶってると大変ですよ?」
「ん? どういう意味?」
アンジェリークが膝を詰めてきて、さらに小声になる。
オリヴィエもつい前のめりになって、二人で額を突き合わせるような形になった。
「ロザリア、どうも好きな人がいるっぽいんです。」
「へえ。」
平静を装いながら、オリヴィエの頭はフル回転していた。
ジュリアス…は、尊敬しているだろうけど、男女の愛ではないだろうし。
クラヴィス…は、あまり接点がなさそうだ。
ランディ、ゼフェル、マルセルは完全にクラスメイト的立ち位置だし、オスカーのようなプレイボーイは大嫌いだと口こそ出さないが、はっきり態度でわかる。
リュミエールとは芸術関係の話が合うらしいけれど、これも先生のようだし。
アンジェリークとイイ感じのルヴァは完全に問題外だ。
かと言って守護聖以外の宮殿職員に、そんな対象がいるとも思えない。
「・・誰?」
つい尋問口調になると、アンジェリークは目をきらりとさせて、首をかしげた。
「誰かはわからないんです。」
「それじゃあんたの妄想ってことじゃない。」
「いえ、妄想じゃあないですよ? 実は…」
先日のお泊り会で、初めてアンジェリークはロザリアの寝室を訪れた。
今までは気楽なアンジェリークの部屋ばかりだったのだが、先日は…あまりにも部屋が汚れていて、ロザリアからダメだしされてしまったのだ。
「しょうがないんです! 前の日にエリューシオンでお菓子の材料集めしてたら遅くなっちゃって!」
アンジェリークはその日一日だけのように言い訳しているが、きっと片付け下手なのだろう。
…なんとなく想像できる。
ロザリアのベッドの寝転んで話をしていたアンジェリークは、ふとサイドテーブルの上に飾られているランプに目がいった。
ステンドグラスのランプは、美術館にでも飾ってありそうな繊細なつくりで芸術にまるで興味のないアンジェリークでも素直にキレイだと感心するものだった。
さすがお嬢様はさりげない調度品も一味違う。
アンジェリークがそんなことを思っていると、ランプのそばに、これまた綺麗な箱が置いてあった。
帽子などを入れる紙箱にも似ているけれど、サイズは両手に乗るほどで、とても帽子は入らない。
なにげなく触っていたら、ぱかっと蓋が開いた。
「え?」
キレイな薔薇模様の箱に入っていたのは、バラとは似ても似つかない、みすぼらしい、花。
それも100均あたりで売っているような、チープな造花だったのだ。
「ちょっと! あんた、何してんのよ!」
アンジェリークに気が付いたロザリアが、およそお嬢様らしくない鬼の形相で、アンジェリークの手から箱をひったくる。
ツンと澄ましていることが多いロザリアの真剣な怒り顔。
泣き顔にも見えそうなほどな。
「ご、ごめん。 綺麗な箱だったから・・・」
アンジェリークはすぐに素直に謝った。
誰にだって、触れられたくない、大事なことがある。
いくら友達だって、いや、友達だからこそ、なんでもしていいわけじゃない。
心から反省している様子のアンジェリークに、ロザリアは怒らせていた肩を落とし、ため息をついた。
「別に…そんなに怒っているわけではなくてよ。
ただ、ちょっと…そうね、恥ずかしかっただけ。」
ロザリアは箱を開いて、中身をアンジェリークに見せた。
やっぱりどう見ても、ただの造花だ。
「もしかして、誰かからのプレゼント?」
つい口走ったアンジェリークは、また怒られるかも、と慌てたが、
「…そう、ですわ。」
ロザリアの答えは予想通りで、でも、その予想以上の表情をしていた。
とても、とても大切な、なにかを思い浮かべているような。
女の子らしくて、可愛くて、思わず抱きしめたくなってしまいそうな、甘い甘い笑顔。
それでアンジェリークはピンと来たのだ。
この花はきっとロザリアにとって、大切な人からのプレゼントなのだ、と。
「だって、わざわざ綺麗な箱に入れて、女王試験にまで持ってきてるんですよ?
彼氏からのプレゼントに決まってます!」
グッと拳を握って断言するアンジェリークに、オリヴィエは頬が熱くなるのを感じていた。
いい年をして、散々遊びつくして。
何をいまさらこんなことで照れることがあるのか。
けれど、微妙なむずがゆい熱がオリヴィエの全身を駆け回って、顔がほころんでしまう。
「あれ、オリヴィエ様ってば…。」
無言のオリヴィエを見て、アンジェリークの顔が赤くなった。
「やだ~、オリヴィエ様ってそんな顔もするんですね。
ちょっと…カッコいいって思っちゃいました。」
「んふ。私に惚れないでよ?」
「それは絶対ありませんけど!」
いーっと顔をしかめたアンジェリークがちょっと真面目な声になる。
「でも、オリヴィエ様に愛される女の子は、ひょっとしたらすごく幸せなんじゃないかな、とは思います。」
ひらりと紅いスカートをひるがえしたアンジェリークに、オリヴィエはひらひらと手を振り返した。