Out of the blue

4.



昨日とは打って変わった礼装に着替えた二人は、連れだってオークション会場を訪れていた。
会場はカジノと同じビルの別のフロアで、重厚で落ち着いた調度品が揃っている。
あちこちに飾られたフラワースタンドのせいか、知らない人が見れば、なにかの演奏会のような雰囲気だ。
招待客達も格式を意識したフォーマルな服装が多い。
オリヴィエも黒のタキシードをあつらえ、ロザリアは白のドレスに大きめの帽子を被っていた。
本当ならドレスに合わせたティアラをつける予定だったが、急遽、オリヴィエは帽子を用意したのだ。

「昨日でわかったんだけど、あんたの髪色、この惑星ではすごく目立つんだよね」
オリヴィエはロザリアの髪をまとめてきっちりと結い上げると、帽子の中に隠した。
不自然にならないように、横髪はわざわざウィッグで茶色の髪をつけるほど念を入れる。
「いい?あんたは私の情婦っていう役どころだからね。ちょっとわざとらしいくらいにイチャイチャしちゃって」
「ええ、わかりましたわ。こんな感じかしら?」
婀娜っぽくしなを作り、オリヴィエの腕に顔を寄せる。
ぎゅっと胸の膨らみが腕に押しつけられて、オリヴィエの鼓動が早くなった。
「ん。まあ、その感じでね。顔が隠れるくらいでちょうどいいから」

ものものしい警備がしかれている入り口で、オリヴィエは届いた案内状と目録を提示した。
隙のない動きの警備員達は、おそらく筋金入りの手練れだ。
懐には銃を備えているだろう。
案内された席に座り、オークションの開始を待つ。
思ったよりもこじんまりとした会場の最前にステージがあり、そこに商品が一つずつ運び込まれてくる、オーソドックスなスタイルだ。
遠目からでも商品の細部がわかるように、大きなスクリーンがステージ後方に用意されている。
ざわつく人々の中に、昨夜、偵察したダイヤ狙いの人物を見つけ、オリヴィエと顔を見合わせ頷いた。

やがて、オークショニアが演台に立ち、最初の商品が運び込まれてくる。
小ぶりな絵画だが、誰もが知る有名な画家のもので、本来はこんなところでお目にかかれるはずがない逸品だ。
ヒートアップしていくかけ声で、恐ろしいほどの値段が付くと、オークショニアが象牙のハンマーを叩く。
その流れが延々と続いていた。
あのブルーダイヤは目玉の一つだから、おそらくクライマックス付近にでてくるのだろう。
時折、飲み物などを運んでくるボーイにわざとらしい小芝居をしながら、二人はその時をじっと待っていた。

「それでは次の商品です。こちらのブルーダイヤ。1億から始めます」
あのブルーダイヤがステージの中央に掲げられると、会場が一気にざわめいた。
遠目からでもはっきりと見える美しいブルーとダイヤモンド特有の輝き。
そしてなによりもその大きさに目が眩む。

「1億5千!」「2億!」
次々と声が飛び、あっという間に10億を超える。
オリヴィエとロザリアはまだ手を上げずにいた。
予想では20億程度に落ち着くはずだから、勝負をかけるとしたら15億を過ぎてからだ。
狙っていたと思われる一人の男が13億を超えたところで降りた。
「昨日、だいぶ搾り取ってやったからね。弾切れだよ」
オリヴィエが耳打ちすると、ロザリアは納得したように頷いた。
そういえば、あの男は昨日、オリヴィエのテーブルでかなり長い間粘っていたのだ。

別の男が
「16億!」
手を上げると、オリヴィエが初めて
「17億!」
と手を上げた。
見慣れないオリヴィエの参加に、少し会場がざわめくと、小刻みな値動きが始まった。
誰しも、そろそろ落ち着く当たりだと考えて、牽制し合っているのだ。
つり上がる値に、一人降り、二人降り、最後はオリヴィエともう一人の男の争いに絞られた。

やがて、「18億5千」
最後まで粘っていた男が、絞り出すような声で手を上げる。
オリヴィエはロザリアに目配せすると、「19億!」とコールした。
これ以上の値がつかなければ、なんとか予算内で無事に競り落としたことになる。
ぐるりとオークショニアが会場内を見渡し、象牙のハンマーを振り上げた。

その瞬間、
「30億だ」
最後列の桟敷席から、鋭い声が飛んだ。
はじかれたように振り返ったオリヴィエとロザリアは、一段高くなったその席にゆったりと座る人物の姿に目を見張った。
射るような金の目。
まさかこの男がオークションに参加しているとは思っていなかった。
全体を見渡せる特等席で、美女を侍らせ、グラスを傾ける男。カシム・シュライヤ。


カシムはオークションの最初から、二人に気がついていた。
一段高いこのスペースは、会場の全容を見渡せる。
昨夜とは服装が違っても、オリヴィエとロザリアのカップルはその美貌で人目を引く。
わざと髪色を隠した程度では、まったく意味がなかったのだ。
むしろ、隠れようとする意図を感じたことで、カシムは二人に別の興味を持った。
なにか目的があって、この惑星にやってきたのは間違いなく、二人はただの人間ではないだろう。
沸き上がる好奇心。
そして、昨夜の屈辱の仕返しとしても、最高の舞台が整っていた。

予想よりも遙かに高い値を平然とつけ、カシムはオリヴィエとロザリアを見下すような笑みを浮かべている。
「どうした?そのダイヤが欲しいなら、値をつけてみろ」
「な・・・」
声を出しかけたロザリアの手をオリヴィエがぐっと引き寄せた。
「ダメだよ。この惑星では女性が値をつけることはできないんだ」
それならオリヴィエが、と言いかけた彼女にオリヴィエは小さく首を振った。
「無理。30億以上なんて、私達には用意できないよ」
「でも」
「この世界はそんな甘いもんじゃないんだ。資金もないのに落札したら、足りない分を回収するまで、何をやらされるかわからない」
オリヴィエの真剣な声に、ロザリアは言葉を飲み込んだ。
たしかに自分たちが用意した金額を遙かに超えているのだ。
もう手の打ちようがない。

「ふ。もう終わりか。まあ、お前達がいくらつけようと俺はそれ以上の値をつけるがな」
カシムは桟敷席の手すりにほおづえをつき、目を細めて二人を眺めている。
大きな力で押さえ込まれたネズミが逃げ惑うのを楽しむような目だ。
「よろしいですか?では、この商品は30億でカシム様が落札されました」
オークショニアがハンマーを打ち鳴らし、ダイヤはまた奥へと消えていく。
オリヴィエとロザリアはその行方を目で追い、唇を噛みしめた。



オークションが終わり、オリヴィエとロザリアはホテルの部屋に戻っていた。
落札できなかった事実が、重く二人の間の空気を凍らせている。
しっかり準備してきたはずなのに、まさに青天の霹靂としか言いようがない。
思わず溢れたオリヴィエのため息に、ロザリアは肩をふるわせた。
「ごめんなさい。あなたがこんなに骨を折って下さったのに、こんなことになってしまって」
こぼれそうになる涙をぐっと堪え、ロザリアは微笑んで見せた。

「昨夜、わたくしがあんなことをしなければ、あの男に邪魔されることもありませんでしたのに」
あの男に目をつけられたりしなければ。
あの時、男の言いなりに一夜の供を受け入れていれば。
浮かんだおぞましい想像に、ロザリアは自分の身体を両手で抱きしめて震えた。
けれど、本当にもしもそうしていれば、少なくともダイヤは手にできていたかもしれない。
「違うよ。あんたのせいじゃない。私がやり込めた事が全部さ」
オークション会場で視線がぶつかりあった時にハッキリと分かった。
あの男にとって、ダイヤはただのオマケで、真の目的は二人への仕返しだと。

狭い部屋にはソファなんて気の利いた物はなく、二人はそれぞれのベッドに腰を下ろしていた。
未来のない沈黙が続き、オリヴィエは両手で頭を抱え、髪を掻きむしる。
昔から考えがまとまらない時についやってしまうクセだったが、ロザリアに見せたのは初めてだったかもしれない。
ひとしきり、思考の海に潜り込んで、オリヴィエは顔を上げた。

「仕方ないね。ちょっと気が進まないけど、あっちがそう来るなら、こっちもそれなりにダーティーにやらせてもらおう」
「どういうことですの?」
突然のオリヴィエの宣言にロザリアは目を丸くした。
ダーティーとはどういうことだろう。
この惑星に来てからのオリヴィエは聖地にいる時とまるで違っていて、ロザリアは驚かされっぱなしだ。
皮肉屋でマイペースだけれど、いつでも優しい人だったのに、ヒラヒラした掴みどころのなさが危うい香りに変わって、なんだかドキドキしてしまう。

「一応、準備はしてきたけど、まさかホントに使うことになるとはね」
オリヴィエがスーツケースの奥から取り出したのは、黒光りする銃。
小型で殺傷能力は高くなさそうだが、オリヴィエは扱い慣れているのか、手にしっくりと馴染んでいる。
「それは…」
思わずロザリアが声を上げると、オリヴィエはクスリと意味ありげに笑った。
「何に見える?」
「え、あの…」
どう答えたらいいのかわからなくて、曖昧に言葉を濁した。
そんなロザリアを面白そうに眺めていたオリヴィエは銃をドアに向け、引き金に指をかける。

「そもそもあれは私達の・・・っていうか、ここにあっていい物じゃないでしょ?カエサルのものはカエサルに、ってね」
小首をかしげてロザリアを見るオリヴィエの瞳はあくまで楽しそうで、とても悪いこと考えているようには見えない。
まるで狩りを楽しむ美しい豹のような彼。
そのまま引き金を引くのではないか、と思った時。
銃口を向けていたドアを誰かが叩いた。


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