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10.


時計の針の音がやけに耳障りに聞こえる。
オリヴィエは彼女のために甘めのスパークリングワインを用意して待っていた。
2つ並んだフルートグラスはサイドボードの奥に眠っていたものだ。
男同士で飲む時に、こんな洒落たグラスは必要ない。
軽いアルコールを選んだのは、もちろん酔わせるつもりではなく、ほんの少しでも喉を潤せば、緊張を解く薬になるかもしれないと思ったからだ。
しばらくして、かすかな足音が聞こえてくる。
けれどその足音はドアの前で止まったまま、動き出す気配がない。
オリヴィエは息を殺すようにして、足音が動き出すのを待った。

「…オリヴィエ様。」
かすれた声とともにゆっくりとドアが開いて、ロザリアが姿を現した。
いつもきちんと巻かれている青紫の長い髪が緩く流れ、白い夜着がまるで妖精の衣のように彼女の身体を覆っている。
ロザリアはうつむいたまま、ちょこちょこと足を動かすとオリヴィエの隣へ腰を下ろした。
微妙に開いた距離は彼女の戸惑いそのままだ。
ソファに広がる夜着の裾が、まるで薔薇の花びらのようで。
オリヴィエはぎゅっと握りしめているロザリアの手をそっと包み込んだ。
「私を見てよ。」
おそるおそる顔を上げたロザリアの青い瞳に、自分の姿が映っている。
メイクを落とした顔を自分の意思で見せたのは、聖地に来てからロザリアが初めてだ。
彼女になら全部をさらけ出し、真実を捧げてもいいと思えた。
ロザリアは目を丸くして、オリヴィエの顔を見つめている。
そしてふと、遠くを見るように青い瞳をさまよわせた。


「わたくしの初恋だったのかもしれませんわ。」
突然の言葉。
オリヴィエは触れ合うだけだった手の指を絡ませ、自分の方へと引き寄せる。
微妙に開いていた距離が一気に近づいた。
「初恋? あんたの? 私以外にそんな男がいたなんて、ちょっと許せないね。」
「そんな大げさなことではありませんの。 …ただ、一目見ただけで、言葉も交わしませんでしたわ。
 なぜか忘れられなくて、心のどこかにずっと残っていましたの。
 今まで、どうしてか、本当にわからなかったのですけれど。 きっとあれが初恋というものだったのですわ。
 あなたを見て、思い出しましたの。」
ロザリアの全身を覆っていた緊張がふわりと溶けていくのがわかる。
オリヴィエは片手を繋いだまま、器用にワインのボトルを傾けると、2つのグラスに注いだ。
立ち上る細かな泡。
一息つくようにグラスに口をつけた。
「もっと聞かせてよ。 あんたの心を惹きつけた男のこと。」

ロザリアの声をもっと聞いていたかった。
こんなにも穏やかに愛する人の声を聞くことは初めてだ。
わずかな時間で貪るように交わした逢瀬。快楽だけを求めて言葉もない情事。
なにもかもが満たされていく感覚は、肉体の快楽よりもずっと愛おしい。
「わたくしがまだ、5歳くらいの頃の話なんですの。退屈かもしれませんわ。」
「いいの。聞きたいんだ。あんたのことならなんでも。」
恥ずかしそうにわずかに睫毛を伏せ、ロザリアが話し始めた。

初めての葬儀に参列したこと。慣れないリボンのこと。
そして、墓標の前で見た人影のこと。
「そのかたは、大おばあさまの墓標に、白薔薇のブーケを捧げていましたの。
 まるで結婚式のブーケのような花を。 …とても不思議でしたわ。 天国で結婚式を挙げる約束のように思えましたの。」
そのあと、ロザリアがなんと言ったのか。
オリヴィエの耳には全く入ってこなかった。

「その人の名前は?」
鼓動が激しくなる。喉の奥がカラカラに乾いて、声がかすれている。
オリヴィエは喉元に鈍い刃が当たるような苦しさに、思わずロザリアの両肩を掴んでいた。
「え?名前はわかりませんわ。先ほども申しあげましたでしょう?見ただけで、言葉も交わしておりませんの。
 本当のところ、男性だったか女性だったかもわかりませんのよ?」
「違う。あんたの大おばあさまのほうだよ。」
こんなに焦った様子のオリヴィエを見るのは初めてで、乱暴な口調に、ロザリアは戸惑っているようだ。
目を丸くして、オリヴィエを見つめている。
その瞳が誰かに似すぎていることに、なぜ今まで気がつかなかったのだろう。

「大おばあさま?…思い出せませんわ。お呼びしたことがありませんでしたから…。」
ロザリアはなんとか記憶の糸をたどろうと、考えてみたが、やはり思い出せない。
恐ろしいほど真剣なダークブルーの瞳。
肩に乗せられたオリヴィエの手がやけに重たく感じられる。
さっきまで熱くロザリアの手を包み込んでくれた手が、冷たく、まるで別人のようだ。
「家に戻れば、家系図や代々の写真が残っていますけれど、今はわかりませんわ。」
「そっか…。」
オリヴィエは深い深いため息を吐きだした。
これ以上は彼女の記憶にないのだろう。なんといっても5歳の時の話だ。
オリヴィエにとってはほんの数年前のことでも。

「今まで本当にその方の顔も忘れていたんですの。でも、あなたの顔を見たら、急に思い出してしまって。
 なんとなく似ている気がしますのよ。 わたくし、小さい頃から変わっていないのかもしれませんわ。」
はにかむように、ロザリアが笑みをこぼした。
今の恋人が初恋の人に似ている。
これだけなら、ほほえましい、むしろこれからの夜にふさわしい甘い会話の一つだっただろう。
けれど。
オリヴィエはロザリアの両肩においた手をそっと離すと、ワイングラスを手に取った。
ほとんど消えた琥珀の泡の向こうに見える彼女の顔。
純粋な青い瞳に、目の前にいるオリヴィエへの愛が溢れるほどに浮かんでいる。
嬉しいはずなのに、オリヴィエの胸には重苦しい雲が立ち込めていた。


「遅くなっちゃったね。…そろそろ寝ようか。」
オリヴィエの言葉にロザリアはピクリと身体を震わせると、小さく頷き、うつむいた。
再び緊張のオーラが全身を包んでいる。
オリヴィエは手を伸ばしかけて、彼女には触れず立ち上がった。

「あんたが寝室を使っていいよ。私は客間のほうで寝るから。」
「え?」
パッと顔を上げたロザリアから目をそらす。
「こっち。自由に使っていいから。」
オリヴィエはドアを開け、奥の部屋を指差すと、ロザリアが廊下を歩いて行くのを、その場から見ていた。
なんども振り返るロザリアの瞳が不安そうに揺れている。
さっきまでの不安と、その色は別のモノだ。
わかっていたけれど、何も言わなかった。
寝室の前でロザリアが立ち止まる。
初心な彼女は、オリヴィエにどう声をかけたらいいのかがわからないのだろう。
もし、一緒にいたい、と言われたなら、拒むことは難しかったかもしれない。
けれど、ロザリアはオリヴィエをじっと見つめた後、「おやすみなさいませ。」と、ドアをくぐっていった。


パタン、と、ドアが閉まる音。
ドアが開くことが無いようにと祈りながら、開いてほしいと願う。
もて余す心を抱え、オリヴィエは再びリビングに戻った。
客間で寝るとロザリアには言ったが、このまま眠ることなどできるはずがない。
甘いスパークリングワインを喉の奥に流し込み、オリヴィエは玄関のすぐわきにある、ウォークインクロゼットに向かった。
雑多に積まれた荷物の中、ここへ来てから全く手をつけていなかった個所がある。
聖地においてきてもよかったのに、おいてくることができなかったモノ。
オリヴィエは箱を開け、中にあった写真をとりだした。
白いドレスを着て笑う少女。
ほかにもある何枚かの写真は、全て新しいドレスを作った時に記念に撮ったものだ。
誇らしげなオリヴィエと、微笑んでいるリアーヌ。
シャリエが構えたカメラの前での出来事が昨日のことのように蘇る。
最後の青いドレスの胸元には、小さなサファイヤが輝いていた。

「ロザリアとあんたは繋がっているのかい…?」
写真の中のリアーヌが勿論答えるはずはない。
ロザリアを愛していると思った。リアーヌと別れてから、初めて心惹かれた少女。
けれど、今は、ロザリアのなにを愛していたのか、わからなくなった。
凛とした姿の裏の繊細さも、頭の回転の良さを思わせる会話のテンポも。恥ずかしそうにオリヴィエを見つめる青い瞳も。
なにもかもが、リアーヌと似ていたからではなかったのか。
ロザリアの中にいたリアーヌに惹かれただけではないのか。
わからない。
オリヴィエは写真を乱暴に重ねると、再び箱の中にしまい込んだのだった。



いつの間にか眠りこんでいたらしい。
ロザリアがハッと目を覚ましたのは、もう8時を回った頃だった。
こんなに寝坊してしまって、恥ずかしい。
時計を見て飛び起きたロザリアは、持ってきた着替えを引っ張り出して、身支度を整えた。
昨夜、オリヴィエとはあれきりだった。
もしかして、ノックがあったら。 もしかして、声が聞こえたら。
ドキドキしながら、暗闇の中で布団をかぶるようにして待っていた。
けれど、なんの音もせず、いつしかロザリアはオリヴィエの香りに包まれるようにして眠ってしまったのだ。
夜は気がつかなかったけれど、明るくなって見渡した部屋は、オリヴィエらしいセンスにあふれたインテリアでまとめられていた。
高価なものとチープなものが混在しているのに、キチンと調和している。
そしてなによりも、部屋に漂う香り。
オリヴィエがつけている香水が、何もしなくてもロザリアの鼻先をくすぐる。
まるで彼に抱きしめられているみたいだ。

ロザリアは昨夜の大人のキスを思い出して、中指をそっと唇にあてた。
されるがままだった自分は、まだ子供だと思われてしまったのだろうか。
それとも、自分から誘うなんて、はしたない女だと思われてしまったのだろうか。
不安が押し寄せてきたロザリアは、荷物を片づけると、リビングへと急いだ。
けれど、リビングどころか、屋敷の中はしんと静まり返り、人の気配が全くない。
キッチンへ向かったロザリアはテーブルの上にオリヴィエの書置きを見つけた。

『所用で出かけます。 キッチンのモノは自由に食べて構わないよ。 送れなくてごめん。』

がっかりした後、すぐに不安になった。
なぜ、自分に何も言わず出て行ってしまったのだろう。
一言、声をかけてくれてもいいのに。
昨夜のオリヴィエの様子も思い出せば不可解だった。
急によそよそしくなって、お休みのキスすらしてくれなかったのだから。
やはり嫌われたのではないかと、考えれば考えるほど不安になってしまう。
結局、ロザリアはなにも食べなかった。
アンジェリークと立てた予想では、二人で朝食を食べて、恋人らしい一日を過ごすはずだったのに。
大きなスーツケースを転がしながら、ロザリアは一人、オリヴィエの屋敷を出た。



候補寮にもどったロザリアはばあやの淹れてくれた紅茶を飲み、明日からの育成の準備をしていた。
オリヴィエのことを考えると、不安になってしまうから、あえて勉強に没頭することにしたのだ。
集中していると、
「ロザリア!」
帰ってきたアンジェリークがいきなり部屋に飛び込んできた。
「先に帰っちゃって! 連絡して、って約束したじゃない!」
アンジェリークと一緒に帰らなければいけなかったことをすっかり忘れていた。
けれど、日の曜日はもともと通いの使用人たちがいないから、ばあや以外誰にも会わずに済んでいたのだ。
ロザリアがそのことを説明すると、アンジェリークはほっとしたように、胸をなでおろした。

「ずいぶん早かったのね。オリヴィエ様は?」
名前を聞いただけで、ドキリと胸の奥が痛む。
ロザリアは開いていた本を閉じ、ペンをしまうと、アンジェリークに向き直った。
「オリヴィエ様が急用で出かけることになってしまって。アンジェはどうでしたの?」
アンジェリークをベッドに座らせて、ロザリアはばあやに紅茶のお代わりを頼んだ。
喋りたくてうずうずした様子のアンジェリークはクッションを抱え込み、顔をうずめている。
いろいろ思い出しているのだろう。足をばたつかせたり、溜息をこぼしたり。
ルヴァと結ばれて、夢見心地でいることは間違いない。
お茶を受け取り、二人きりになると、アンジェリークは堰を切ったように昨夜の出来事を話し始めた。

「ルヴァ様、とても優しくて、わたし、嬉しくて、何回も泣いちゃったわ。」
「そうなの…。」
ここへ来るまで、友達とリアルに恋の話をしたことなど無かったし、恋愛にしか興味のないクラスメイトを不思議にすら思っていた。
けれど、今、アンジェリークの話を聞いて、一緒に笑って、一緒に胸をときめかせていることが、とても楽しい。
ようやく話し終えたアンジェリークは、夢見るように瞳を宙に浮かべている。
恥ずかしそうだけど、幸せそうな笑顔。
ロザリアは自分の中に楽しい気分と同じだけ、苦い気分も抱え込んでいるのがわかった。
朝までルヴァの腕の中にいたというアンジェリーク。
それに比べて、オリヴィエは、いつの間にかいなくなってしまっていた。
忘れようとしていた不安が、また浸食してくる。

「ロザリアは?」
当然のように聞き返してくるアンジェリークに、眉を寄せてうつむいた。
「キスを…。」
繰り返し交わした大人のキス。
思い出すだけで、身体の芯が熱くなってくる。
「キス?! オリヴィエ様、上手そうよね~~~。」
きゃあ!とクッションをバシバシとベッドに打ち付けて、アンジェリークが騒いでいる。
身体も心も溶け合うような熱いキスだった。あの時まで、オリヴィエは確かにロザリアを求めていたのに。
「そ、それから?!」
身を乗り出してきたアンジェリークに、ロザリアはにっこりとほほ笑んだ。
「それだけでしたわ。オリヴィエ様、今日が早いから、ってお互いに別々の部屋で休みましたの。」
「なんだーーー!!! 日程が悪かったのね…。ごめんね、ロザリア。 もうちょっとちゃんと調べとけばよかった!」
オリヴィエに用事があるだなんて、ロザリアだって今朝まで知らなかった。
本当に用事があって出かけたのかも、実のところわからない。
書置きには、なんの言葉も無かった。…想いを伝えるような言葉は何も。

「じゃあ、今度の土の曜日は?」
「今度?」
「うん。わたしも、ホラ、…またお泊りしたいし。今度ははっきり言っても大丈夫よね! ああん、でも恥ずかしい!!!!
 ね、ね、ロザリアがお泊りしたい、って言ったら、オリヴィエ様、喜ぶよ。 キスは上手だった? ルヴァ様はね~。」
またおしゃべりを始めたアンジェリークに、ロザリアは相槌を打ちながら、別のことを考えていた。
本当にオリヴィエは喜んでくれるだろうか。
一瞬見えた暗い瞳は、あの場所で崖の下を覗いていた時と同じだったような気がする。
恋人になってからは、見たことが無かった暗い色。
アンジェリークはしばらくロザリアにのろけ話を聞かせた後、もう一度会う約束をしているといって、出て行ってしまった。
うかれてスキップしている姿はほほえましいのに、なぜか胸が痛くなった。



勉強の続きをしようかと、いったんノートを開いたロザリアは、集中しきれない自分にいら立って再びノートを閉じた。
文字をなぞるだけで、一向に頭に入ってこない。
気分を変えようと、ロザリアは散歩に出ることにした。
夕暮れの町並みは全てが黄金色に染まっていて、日を浴びた街路樹の木々が風にそよぐたび、金の波を立てている。
ロザリアは庭園に向かっていた。
意識しなければ、きっと、あの場所へ足が向いてしまうことはわかっている。
だからわざと、反対の方角へ行くことにしたのだ。
日が傾きかけた休日の午後は、驚くほど静かだ。
いつもなら遊んでいる子供たちも、今日は家で家族と夕食を囲むのだろう。
ロザリアは庭園の入口まで来て、ふと足を止めた。
気分を変えようと出てきてはみたけれど、結局どこへ行っても考えることは同じだ。
それならば。
気がつけば、踵を返してロザリアは走りだしていた。

オリヴィエの屋敷はまだ人気もなく、しんと静まり返っている。
一応ベルを鳴らしてみたが、やはり誰も出てこない。
どこへ行ったのか。
ロザリアはドアにもたれ、自分の足先をじっと見つめていた。
足元に伸びる長い影。その影がだんだんと細く長くなっていく。
影自体が薄く地面の色に溶け込みそうになった時、ロザリアの足元に別の影が伸びて来た。
「なにをしてる?」
思いがけない声にロザリアが顔を上げると、オスカーの耳のピアスがきらりと光を弾く。
そんなつもりはなかったのだろうが、ロザリアの瞳に落胆の色が浮かんだ。
彼女が待っている相手はオリヴィエなのだ。
改めて思い知らされ、オスカーは苦しげに微笑んだ。


「いないのか、あいつ。 珍しいな。日の曜日はデートの日なんだろう?」
からかうようにロザリアの頭にポンと手を乗せた。
子供扱いはロザリアが一番嫌うことだ。
案の定、キッとオスカーを睨みつけて、頭の上の手を振り払った。
「今日は用事があったんですわ。」
「それで寂しくて、ここまで来たってことか。お嬢ちゃんは見かけによらず情熱的なんだな。」
グッと言葉に詰まったロザリアをオスカーは優しく見つめた。
頬を赤らめて食ってかかる彼女は愛らしい。
抱きしめたいと伸ばした手を、オスカーは再び頭に乗せた。
「恋する女性の気持ちはわかるが、このままここにいるわけにはいかないだろう? 送っていこう。」
「でも…。」
すでに夕方というよりは夕闇に近い。
アンジェリークが夕食を待っているかもしれない。
ロザリアは後ろ髪を引かれながらもオスカーについて、帰ることにした。


「あの、オスカー様。」
「なんだ?」
「もし、恋人の女性が、夜、家に来たらどう思われますか?」
ぴくり、と眉を動かしたオスカーは隣を歩くロザリアを見下ろした。
わずかに震える肩。彼女の何か思いつめている様子をオリヴィエの家の前で見た時から感じていた。
オスカーは歩調を変えず、何気なく話しを続けた。

「どう、と言われてもな…。そんなことを俺に聞くのか? お嬢ちゃんには刺激が強すぎるんじゃないのか?」
「やはり、そう思われますのね…。」
オリヴィエもそう思ったのだろうか。ロザリアが子供だから、恋人として扱うには早すぎる、と。
ふいにオスカーがピタリと足を止めた。
つられてロザリアも足を止める。
「家でもどこでも同じさ。好きな女性が傍にいれば…いてくれれば。それだけで幸せだろう?」
ロザリアが傍にいるだけで、幸せだ。
たとえ彼女の心に別の男がいたとしても。

「オスカー様?」
不思議そうに見上げてくるロザリアに、わざと大きな声で笑いかけた。
「お嬢ちゃんから恋の話が聞けるとはな。どうだ?今から俺の家に来てみるか? 答えがわかるかもしれないぜ。」
「なんですって?」
一瞬寂しそうに見えたと思ったのは錯覚だったのか。
オスカーはいつもと同じ、からかうような笑顔で。
軽い冗談を交えた候補寮に着くまでの会話で、いつの間にかロザリアも普段の自分を取り戻していたのだった。


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