Sleeping Pretty

5.


「オリヴィエ様!」
午後のお茶の時間も過ぎた頃。
ロザリアが夢の執務室に駆け込んできた。
ランディ、ゼフェル、と続いて、育成のお願いをしに行ったルヴァにまで誘われてしまったのだ。
胸の内の興奮を伝えたかったことと、もう一つ。

「…デートの心得も教えて頂けませんか? 服装ですとか…接し方ですとか。
 わたくし、よくわからなくて…。」
何といっても初めてのデートなのだ。
1人では不安で心もとないし、どうしたらいいのか、本当にわからない。
ランチの時、アンジェリークに聞いてみたけれど、「そんなのいつも通りだよ~。」 と笑うだけで話にならないのだ。
悩んだ末、ロザリアは再びオリヴィエに教えを乞おうと思いついた。
オリヴィエならばきっと、またロザリアを素敵に変えてくれるに違いない。
何といっても彼は魔法使いなのだから。

まるでひな鳥のようにすがる瞳に見つめられて、オリヴィエは肩をすくめた。
…断れるはずがない。
頷いたオリヴィエに、ロザリアは心からの笑顔で、「お願いいたしますわ!」と礼儀正しく頭を下げた。


それからロザリアは必ず朝一番と最後の時間に、オリヴィエの執務室を訪れるようになった。
まず朝はメイクのチェックと笑顔の練習。
『鏡の前で笑ってみて。 自分が可愛いと思えなきゃ、他の人だって思わないよ。』
オリヴィエが軽い気持ちで言ったことをロザリアはまじめに実践している。
けれど、笑顔が綺麗になったのは、練習のせいだけではない。
彼女の心が開いていくとともに、自然な笑顔が増え、それを出せるようにもなっていたのだ。
ロザリアが変われば、当然、周囲の人間も変わる。
楽しげにアンジェリークや守護聖達と話しているロザリアの姿を、オリヴィエも見かけるようになっていった。

初めてのランディとのデートが大成功した後はレッスンも終わりかと思ったが、ロザリアはまだ毎日オリヴィエのところにやってくる。
少し自信がついたのか、ロザリアは、さらに可愛さを追求していた。
「アンジェリークはこうしていますわ。」
可愛らしく見える仕草を研究しては、オリヴィエに見せて。
「こんなドレスはどうでしょうか?」
雑誌の切り抜きを持ち込んでは、オリヴィエに尋ねて。
女王試験に挑んでいるのと同じように大真面目だ。
今までは避けていた、ふんわりしたスカートのワンピースや、シフォンのブラウス。
髪をゆるく巻いたり、逆に編み込んだり。
時にはアンジェリークも交えて、ファッションショーをしたり。
磨くほど輝くロザリアを見ていることはオリヴィエにとっても、楽しいことのはずだった。

「今日はオスカー様に雰囲気が柔らかくなったと言われましたわ。」
「ルヴァ様が何かいいことがあったんですか、ってお尋ねになりましたの。」
「リュミエール様に、バイオリンの音が変わったと褒められましたわ。」
逐一、ロザリアはオリヴィエに報告を入れては、嬉しそうに喜んでいる。

「オリヴィエ様のおかげですわ。 … オリヴィエ様は、わたくしの魔法使いですもの。」
「魔法使い?」
首を傾げたオリヴィエにロザリアは、はにかむような笑みを浮かべた。
「ええ。 だって、ブスで可愛くないわたくしを、普通の女の子に変えてくださったんですもの。
 まるで魔法みたいでしょう?
 きっとシンデレラもこんな気持ちだったと思うんですの。
 灰をかぶっていた自分を救い出してくれた魔法使いに、とてもとても感謝していたはずですわ。」
オリヴィエの胸がツキンと痛む。
「そっか。 魔法使いね。 …もしかして、私、お節介なおばあさんみたい?」
「まあ!そういう意味じゃありませんわ!」
慌てたロザリアにウインクをして見せると、彼女は蕾が開いたように笑っていた。


ある時、オリヴィエが執務室を出ると、廊下の片隅で、ロザリアがランディと一緒にいるのを見かけた。
練習の通りに小首をかしげて、上目づかいで目の前のランディを見つめる青い瞳。
チークのせいでほんのりと染まって見える頬も、つやつやしたリップも、少し前の冷たい印象が全くなくなっている。
高飛車な笑い声を封印しただけで、ずいぶん受ける雰囲気も違うのだろう。
ランディは明らかにロザリアを意識した様子で、ちょっと見、初々しいカップルのようだ。
青いマントの王子様と、可愛らしいお姫様。
お似合いの二人。

はじめのころよりも大きくなった胸の棘を今ははっきりと意識できる。
けれど、女王候補として、頑張っているロザリアの邪魔をしたくはなかった。
それに、ロザリアにとって、自分は「魔法使い」であって、「王子様」ではない。
「魔法使い」の役割は、お姫様が王子の元へ向かったところでおしまいなのだ。

どんどんキレイで、可愛いくなるロザリア。
もう守護聖達だって、彼女を放ってはおかないだろう。
いっそ、可愛げのない彼女のままのほうが、こんな心配をしなくて済んだ。
自分だけが彼女の可愛さを知っていれば、それでよかったのに。
「悪い魔法使いだね。」
お姫様の不幸を望むなんて魔法使い失格だ。

そっとその場を立ち去ろうとしたオリヴィエの目に、ぎゅっとスカートを握りしめているロザリアが映った。
彼女が緊張しているときに見せる癖。
可愛く見せようと頑張り過ぎていて、無意識にスカートをぎゅっと握っているのだろう。
その素のままの仕草が本当に可愛らしくて、オリヴィエは小さく笑みを浮かべると、元来た廊下を戻って行ったのだった。


大きく手を振りながら、何度も振り返るランディに、小さく手を振り返していたロザリアは、彼の姿が見えなくなると、大きなため息をこぼした。
またランディにデートに誘われてしまった。
親密度が上がれば育成の効果も上がるから、実際のところ一石二鳥なのだが、このごろ連日のデートでレポートが全く進まない。
育成の予習もしたいし、もっと本も読んでおきたい。
それに…。
いろいろな理由を考えながら、本当の理由が一つしかない事を、ロザリアも気が付いていた。
とにかく疲れるのだ。
無理して微笑んで、自分ならぴしゃりと切って捨ててしまうような興味のない話でも相槌を返して。
『可愛い』女の子だと思ってもらえるように、一言一言を考えて。

「はあ。」
思わず周囲にも聞こえそうなため息をこぼして、ロザリアは自分の爪先を見た。
アンジェリークとお揃いでオリヴィエに塗ってもらったのだ。
いつだって彼の手は魔法のように、ロザリアを理想の姿に変えてくれる。
綺麗に塗られたパールピンクのフレンチネイル。
可愛らしいデザインはロザリアがリクエストした。
けれど、なんとなく、アンジェリークの爪先とは違うことをロザリアは感じていた。
柔らかそうで、丸みの帯びたアンジェリークの手に比べて、ロザリアの手は細い。
爪の形もアンジェリークに比べて尖っているから、同じネイルでも印象が変わってしまう。
『あんたの手、すごくキレイだね。 もっとグラデーションとかつけて大人っぽくした方が映えると思うな。』
塗りながらオリヴィエに言われた言葉を思い出して、ロザリアはキュッとスカートを握った。

敬遠されがちだったランディやゼフェル、怖がられていたマルセル。
いつも『もっと肩の力を抜いて』と言ってくれていたルヴァやリュミエール。
バカにされてばかりだったオスカー。
最近はジュリアスやクラヴィスにまで、『変わった』と言われるようになった。
すごく嬉しくて、自分自身が誇らしかった。
なぜもっと早く、こうしなかったのかと真剣に後悔してもいた。
けれど、なぜだろう。
だんだん心が重くなってきている気がする。
褒められれば褒められるほど、…つまらない。


『こっちの方が似合うと思うよ。』
この前、オリヴィエが見せてくれたブルーのワンピース。
スクエアネックの胸元や控えめなボリュームのティアードのスカートが、洗練された雰囲気を醸し出していて、とても素敵だった。
以前のロザリアなら、迷わず手に取っていただろう。
けれど、ロザリアはそのワンピースを丁重に断った。
きっとこのワンピースを着た自分は『可愛くない』。

少し困ったような笑みを浮かべたオリヴィエが次に見せてくれた白のレース地のワンピースをロザリアは選んだ。
ふんわりとした膝上の丈と胸元の大きなリボンが、とても可愛くて。
アンジェリークなら絶対にこちらを選ぶと思ったのだ。
「日の曜日はあの白いワンピースを着ていきましょう。」
可愛い服を着て、可愛いメイクをして。
そうすればきっと、みんな、ロザリアを好きになってくれるはずだから。


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