きっと君を思い出す


「はっ」
うなされて飛び起きる。
そんなことは小説の中でしかないと思っていたのに、現実にも起きることなのだ。
ジュリアスは浅い呼吸を繰り返し、現状を確認しようと目を凝らした。
ぽつんと壁面のライトだけがともる暗闇の中。
視界に広がるのはいつもの寝室。
壁。天井。布団もベッドも変わっていない。
ふと足の指を動かしてみても、そこにはもちろん砂はなく、するすると肌がこすれるだけ。
「夢…。」
喉がカラカラで、その一言を口に出すのがやっとだった。
ぎゅっとシーツを握りしめ、カチコチという時計の音を聞いているうちにようやく気持ちが落ち着いてくる。
背中の汗が熱を奪い、ぶるっと体が震えた。

今までも恐ろしい夢を見たことがないわけではない。
それこそ聖地に来たばかりの子供のころは、一人では眠れずに、クラヴィスの寝室で一緒に眠ったこともある。
けれど、今日の夢は。
ジュリアスは大きく息を吐き出すと、再び枕へ頭を沈めた。
いくらリアルだったとはいえ、所詮はただの夢。
夢なのだ、と自分に言い聞かせて。



女王試験の開始から、すでに100日以上が経過し、飛空都市での生活も日常となっている。
ジュリアスはいつも通りに聖殿に出仕し、時間ピッタリに執務を開始していた。
昨夜は悪夢にうなされはしたものの、体調を崩すほどの睡眠不足ではない。
ただ、夢に見た光景を思い出すと、若干、胸がひりついた。
それは悪い予感、としか言いようのないような、不確実なものではあったが。

ペンを持ち直した時、規則正しいリズムのノックが響いてきた。
このリズムは彼女だ。
ジュリアスは書類を裏に向けると、「入れ。」と短く声をかけた。

「ごきげんよう。ジュリアス様。」
優美な所作で淑女の礼をするロザリアに、ジュリアスは軽く頷いてみせる。
目と目を合わせ、笑みを交わす。
女王試験が始まってから、ほぼ毎日のように続いている挨拶だが、今の二人にとっては、ただの挨拶とも言えないのかもしれない。
ロザリアが会いに来た。
それだけでジュリアスの心は弾み、舞い上がるほどの高揚感を得てしまうのだから。

「うむ。そなたも変わらずなによりだ。」
ジュリアスの言葉に、ロザリアはほんのりと頬を染め、わずかに睫毛を伏せた。
普段の凛とした表情も大輪の薔薇のように美しいが、こんな風にはにかむ様はさらに愛おしさが増す。
幼少のころ、ジュリアスは守護聖となる運命を受け入れ、俗世と関わりを絶った。
そんな自分がこんな気持ちを誰かに抱くなど、考えたこともなかったのに。
彼女の笑顔をいつまででも見ていたい、などと考える自分を笑うしかない。

「ジュリアス様…?」
ふと上がったジュリアスの口角を見て、ロザリアが不思議そうに首をかしげる。
ジュリアスは咄嗟に表情を引き締めようとしたが、その努力も無駄なこと。
愛しい少女を前にして、難しい顔をするなどできるはずもない。
「いや、なんでもない。 今、茶を用意させよう。」
「ありがとうございます。 今日はお話をしようと思ってまいりましたの。」
にっこり微笑むロザリアに、ジュリアスも柔らかく微笑み返す。
二人の間に漂う暖かな空気に、ジュリアス付きの秘書官はお茶の準備の後、さりげなく席を外していた。


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