女王試験129日目
またか。
身体を支えていた手のひらについた砂粒がチクチクと肌を刺す。
もうここが夢の中だとわかっているけれど、この痛みは本物だ。
砂を払いながら、あたりを見回せば相変わらずの荒れ果てた地。
広がるモノクロの世界。
初めてこの夢を見てから、もう5回目になる。
もしも誰か、ジュリアスの意識を越えた存在が、この世界をあえて見せているのだとしたら、それはなぜなのか。
こうまで同じ夢が続けば、ただの『偶然』とは思えない。
ジュリアスは立ち上がると、その場に目印となるような石を置き、歩き始めた。
今までは疑問を抱えるばかりで何もしてこなかったが、今回は、自分でその謎を解いてみようと決意していたのだ。
とりあえず目指したのは、一番大きな建物の残骸。
道らしきものもない、岩だらけの場所を進んでいくと、ところどころに20cmほどの球体が落ちていることに気が付いた。
そっと近づき、手に持ってみると、透き通って見えるが、素材は金属のようだ。
球体はひんやりと冷えていて、見かけ以上に重く、表面はつるつるしている。
そこかしこにあるところを見ると、この世界では決して珍しいものではないのだろう。
なんとなく、クラヴィスの水晶球が思い浮かんだが、使い道は見当もつかなかった。
ジュリアスがしばらく手の中でそれを探っていると、突然、球体が光り、表面にディスプレイが浮かび上がった。
驚きながらも、手の中のディスプレイを見ると、
「機械、なのか」
形こそ違うが、ジュリアスのよく知る携帯電話と同じキーが同じ配列で並んでいる。
人間は誰もいないのに。
通信機器だけが残っているとは、なんという皮肉だろう。
人体の熱に感応したのか、ピーっと甲高い起動音が響き、動画の再生が始まる。
ジュリアスは自分がどこにいるかも忘れ、その内容に釘付けになっていた。
画面の中。
ほど良く整備された都市は、高層ビルと緑がバランスよく存在しており、かなり文明の進んだ星のようだった。
道行く人も満足度の高い表情をしていて、老若男女を問わず、ある程度の生活水準を維持している様子だ。
子供たちの笑顔も明るく、裏通りにも荒んだ雰囲気はない。
穏やかで理想的な、ジュリアスが守護聖として求める世界だ。
ひとしきりこの都市の様子を映し出されていくと、ふいに視点が切り替わった。
切り替わるたびに、文化の違いが見て取れることから、この惑星のあらゆる都市を映しているのだろう。
ある程度の差はあれ、人々は平和に暮らしているように見える。
その間、ジュリアスは画像の中に、ある力を感じていた。
女王の慈愛の加護。
暖かなその力は、機械に閉じ込められた画像であっても、ジュリアスのサクリアと感応している。
この画像は、神鳥宇宙の中のどこかの惑星なのだろう。
ただ同時に、かすかな違和感も感じてしまう。
女王の力には違いないのだが…今、現在、現実世界で感じるものとは何かが違うのだ。
そのなにか、をはっきりととらえられないことが、もどかしい。
夢だから?
けれど、このリアルの中で、そこだけが違うのも、また不思議に思える。
やがて、画像が目まぐるしく変化し始めた。
視点は静止しているが、早送りのように次々と風景が変わる。
それは正しく整った美しい世界が、壊れていく様。
ビルが次第に廃墟となり、緑は無作為に伸びていく。
人々の表情にも影が落ち始め、明らかに覇気が無くなっていく。
文明の限界なのか。
それとも。
あまりの変わりように、ジュリアスの背筋をぞくりと寒気が這い上った。
けれどその寒気は画像の凄惨さだけではない。
さっきまで感じていたサクリアの違和感が、画像の世界の崩壊とともにドンドン強くなっていくのだ。
女王の慈愛のサクリアは確かに感じるのに、ジュリアスの何かが、「コレは違う」と叫んでいる。
画面の中で、大きな建物の前に広がる石畳の広場と噴水がクローズアップされる。
そこで初めて、ジュリアスは今立っている場所が、映像の惑星なのだと気が付いた。
目の前の朽ちた高層ビルの形も、その周りの噴水と広場も、大まかな街並みもよく見れば同じ。
ここはあの文明の星のなれの果てなのだ。
「なぜ女王陛下はご加護を下さらないのか…。」
やつれはてた男が天を仰ぎ、つぶやく。
そこで動画は終わっていた。