きっと君を思い出す

女王試験133日目


日の曜日。
ジュリアスはロザリアを伴い、森の湖へとやってきていた。
彼女から日の曜日の誘いを受け、この場所を選んだのはジュリアスだ。
「とても綺麗な場所ですわね。」
にっこりとほほ笑むロザリアはとても嬉しそうに、ジュリアスを見つめている。

キラキラと輝く青い瞳。 ほんのりと染まる頬。
女王候補として生活しているうちに、彼女はずいぶんと人間的に成長したようだ。
初めて対面したときのような刺々しさは影を潜め、楽しそうな笑顔を見せるようになった。
それに…うぬぼれではなく、ロザリアはジュリアスに好意を抱いてくれているらしい。
もちろんはっきりと想いを伝えられたわけではないが、鈍いジュリアスですら感じ取れるほど、彼女の態度はわかりやすいのだ。
そして、ジュリアスがそれを嬉しいと思うことも事実で。
そんな2人の空気が周囲の人間にばれないはずもなく、そこはかとない気恥ずかしさを感じつつも、ジュリアスは皆の温かいまなざしを受け入れてしまっていた。

けれど、まだ互いの立場もある。
だからこそ、二人きりはさけたかったし、かといって、人が大勢いる庭園で見世物のようになるのは気が進まない。
となれば、会える場所は、狭い飛空都市では、もう湖くらいしか残っていなかった。
けれど、そこまで考えたというのに、結局、今日の湖に人影はなく、二人きりになってしまっていた。


ロザリアの髪に木の葉が落ちる。
彼女の青紫の髪に緑が映え、ジュリアスは思わず手を伸ばしていた。
ジュリアスの指先が触れた途端、ロザリアはぴくりと体を震わせ、驚いた顔で振り返る。
「あ、いや。 葉がついていたのでな。」
少しうろたえてしまったのは、見つめ合ったロザリアの瞳があまりにも美しかったから。
首座の守護聖として、大抵のことには動じないと思っていたが、どうやらそれは己の無知だったようだ。

ジュリアスが手にした葉をロザリアに見せると
「申し訳ありません。」
驚きすぎたことを恥じたように、ロザリアがさらに顔を赤くする。
小さく頭を下げた彼女の青いリボンが風に揺れ、なぜかジュリアスの胸が高鳴った。

「そろそろ試験には慣れたか。」
ジュリアスの問いかけに、ロザリアは顔を上げ、大きく頷いた。
「むろんお前のことだ。 さほど苦労はしていないのだろうな。」
少し嬉しそうに口角を上げるロザリアにジュリアスの頬も緩む。
実際、彼女の育成には目を見張るものがある。
女王としての才能とたゆまぬ努力。
ただ見目麗しい少女というだけであれば、ジュリアスの心がこれほどに動かされることはなかったはずだ。

「お前は知性、才能、自覚のどこをとっても女王候補にふさわしい。
 それどころか次期女王として…」
嘘偽らざる気持ちだった。
ロザリアならば、間違いなく歴代に名を連ねる女王になるだろう。
だが。
その先の言葉が出なかったのは、彼女の美しい瞳にジュリアスだけが映っていることに気が付いてしまったからだ。
ロザリアの世界に、自分ただ一人。 …世界に2人きり。
それはなんと甘美なことだろう。

ロザリアを誰にも渡したくない。たとえ宇宙であっても。
それはジュリアスが初めて感じた、コントロールできないほどの激情だった。


「ロザリア。」
ジュリアスはそっとロザリアの手を取った。
彼女の手は緊張と恥じらいのためか、とても熱く、小刻みに震えている。

「女王にお仕えするこの私が、女王候補であるお前に、このようなことを告げることを許してほしい。
 …お前を愛している。」

決して告げてはいけない言葉だとわかっていたのに、止められなかった。
人を愛するということは、これほどまでに世界を変えてしまうのだ。
理性も常識も、なにもかも。

ロザリアは目を丸くして、固まったように動かない。
驚き、混乱している様子に、ジュリアスが手を離しかけた時。

「ジュリアス様・・・」
ロザリアが距離を詰め、ジュリアスの胸へと頬を寄せてきた。
彼女の香りと体温と。
激しい鼓動がジュリアスの全身に伝わってくる。
「わたくしも、ジュリアス様をお慕いしております。」
小さな声ではあっても、ロザリアの確固たる意志がその言葉には感じられた。

おそらく、この先、様々な障害があるだろう。
けれど、その一つ一つを取り除いていけば、二人の未来はきっと開けるはずだ。
ジュリアスは胸の中のロザリアをそっと抱き寄せた。
背中に回されたロザリアの手の暖かさに、いっそう彼女の存在を実感して、全身が満ち足りたような気持になる。

愛することも、愛されることも。
幸福とは、こういうことなのだ。

その日、二人は日が沈むまで、お互いの想いを確かめ合うように抱擁を繰り返していた。


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