きっと君を思い出す


ふっと意識が途切れる感覚がして、あたりの空気が変わる。
ジュリアスは、そこがあの夢の世界だと認識していた。
ただ今回は今までの荒れ果てた惑星とは違う。
見慣れた景色。
聖殿にあるジュリアスの私邸のリビングだ。

聖地と飛空都市は生活環境をほぼ同様に整えているが、細かな調度までもが全く同じというわけではない。
カーテンや壁にかけられた絵。
ソファやテーブルなど、実際に暮らしていればこその細かな違いがある。
だからこそすぐに夢だとわかったのだが、相変わらずリアリティがあり過ぎて、現実と混同してしまいそうだ。
なぜここに。
不思議に思うと同時に、この夢にはきっと意味があると、改めて思った。

高い吹き抜けのフロアは天井のファンがゆっくりと回り、こもりがちな空気をかき混ぜている。
常に聖地は最適な気温に保たれているはずなのだが、なぜかわずかに雨の気配がして、重い湿気を運んできていた。
蒸し暑く、気分が悪い。

ジュリアスはソファの定位置に座り、リビングをぐるりと見回した。
すぐには気が付かなかったが、いくつか明らかな違いがある。
たとえば、窓際のサイドテーブルに置かれた大きな花瓶に生けられた見事な薔薇だったり。
見たことのない猫脚の一人掛けのソファだったり。
ジュリアスには可愛らしすぎるフリルのクッションもそうだ。
いったいこれは、どうしたことなのだろう。

すると、
「お茶になさいませんか?」
ロザリアの声がして、ジュリアスは顔を上げると、グッと息をのんだ。
優雅な笑みを見せる女性は間違いなくロザリアだ。
ロザリアなのだが…ジュリアスの見知っている姿とは少し違う。
長かった巻き髪は、大人っぽいまとめ髪になっていて、ドレスも少し露出のあるタイトなものに変わっている。
少女というよりも女性というほうが相応しいような、落ち着いた姿。

ジュリアスが黙っていると、ロザリアは心得たようにお茶をサーブしはじめた。
トレーからテーブルにソーサーとカップを並べ、ポットから紅茶を注ぐ。
暖かな湯気が立ち上り、漂う香りはアールグレイ。
彼女の好きなダージリンでないのは、疲れているジュリアスを慮ってくれたのだろう。
爽やかなベルガモットの香りには、ストレスを軽減する効果があると、以前ロザリアが教えてくれたことがあった。

ロザリアが猫脚のソファに座り、紅茶を一口飲んだ。
そこにいることが当たり前のような、ごく自然な動作。
つい目で彼女の動きを追っていたジュリアスは、ロザリアの薬指にシンプルな指輪がはまっていることに気が付いた。
反射的に自分の手を見ると、同じものがはまっている。
結婚指輪。
だとすれば、この世界は、まさしくジュリアスの夢、なのだろう。
あのリアルな夢に慣れ過ぎて、ごく当たり前の夢まで警戒していたらしい。
彼女を妻として、聖地で暮らしている。
見事なまでにジュリアスの願望を映し出した夢ではないか。

カップを手にジュリアスは、彼女に微笑んだ。
「お忙しいようですわね。」
ジュリアスの手元にある書類の束をちらりと見たロザリアが、心配そうに尋ねてきた。
「いや、少し立て込んでいるだけだ。」
ぶ厚い書類の束は、もちろん今のジュリアスの知らないものだ。
だが、ジュリアスに知らせなければならない、これだけの『何か』が起きているということ。
夢の中とはいえ、確かめたい気もするが、今はもう少し、この幸せなときを楽しんでいたい。

「そなたはどうだ?」
「屋敷の皆様も良くしてくださいますし。とても、幸せですわ。」
ロザリアはほんのりと頬を染めて、微笑んでいる。
彼女の幸せそうな顔に、ジュリアスも心が満たされるのを感じた。


「わたくしのことよりもアンジェリークが、いえ、女王陛下が心配ですわ。」
ロザリアの顔がハッキリと曇る。
話を聞くと、以前のロザリアは頻繁に聖殿に通い、女王陛下となったアンジェリークとも交流を続けていた。
けれど、少しずつ宇宙に異変が起こり始め、女王の時間は自由にならなくなった。
祈りの間で、宇宙にサクリアを放出する時間が格段に増えたかららしい。
もう2週間以上、ロザリアはアンジェリークに会っていないという。
そう言えば、宇宙が不安定だった、前女王時代。
女王の一日は、食事や睡眠といった基本的な生活習慣以外、ほぼサクリアの放出にあてられていた。

まさか。
ジュリアスは首筋にじんわりと汗がにじむのを感じた。
熱い紅茶を飲んだせいかもしれない。
けれど、この重苦しいような、じめっとした空気は…かつての聖地で感じたことのない不快な気配がある。
宇宙に、なにかが起きている。
そんな不安が足元をぐらぐらゆらしているような。

「陛下はお元気だ。 ルヴァがそばについているから、そなたは何も気にするな。」
考えてもいなかった言葉が口から飛び出して、ジュリアスは内心驚いた。
現女王陛下のことなど全く分からないのに。
誰かがジュリアスの身体を借りて、勝手に話をしているような気になる。

「ルヴァ様が…。」
少しホッとしたようにロザリアがほほ笑んだ。
「ジュリアスは気が付いていなかったかもしれませんけれど、あの二人も女王試験のころから想いあっていたんですのよ。」
「…そうなのか。」
ルヴァがアンジェリークを?
考えてみても、ジュリアスには全く思い当たることがなかった。
ルヴァはあの通りの穏やかな性格で、恋愛ごとには興味がないと思っていたのだが。

「ええ。
 もしも、ルヴァ様の方が先にアンジェに告白していたら、わたくしが女王になっていたのかもしれませんわね。」
なにげなくこぼしたロザリアの言葉に、ジュリアスの背筋が冷える。


女王候補は二人。
どちらかが女王になる運命だった。
だが。
どちらか、とは、どちらでもいい、だったのだろうか。


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