Get more

3



翌日、土の曜日にもかかわらず、聖殿にやってきたジュリアスの元に、山積みの荷物がやってきた。
本来なら土の曜日は配達がないのだが、主星で天候不良が起き、一日ずれ込んでしまったらしい。
秘書も居ない休日でジュリアスは一人、荷ほどきを始めた。
中身は本や資料といった執務に関係のある物に、ちょっとしたプライベートな物も混じっている。
「これは」
ジュリアスが注文した学術本の中に、なぜか漫画雑誌が混ざっている。
少女向けなのは表紙を見ればわかるから、おそらくアンジェリークの物が紛れてしまったのだろう。
そういえば、この本は私邸でオーダーを書いたはずだ。

漫画雑誌を手にし、ジュリアスは少し悩んだ。
明日、私邸に遊びに来るアンジェリークに手渡しても良いが、きっと彼女も楽しみにしているはずだ。
自宅に届かないことを不審に思っているかもしれない。
雑誌を手近にあった書類用の紙袋に入れ、ジュリアスは執務室を後にした。
そもそもどうしても今日やらなければならない執務などない。
アンジェリークの事を思い出したとたん、会いたくなってしまった。
なんということだ、と自嘲しながらも、爽やかな風に吹かれてアンジェリークの元へ向かう心は弾んでいた。


突然の訪問にアンジェリークは驚いた。
休みの日だからと完全に手抜きをしていたが、こんなことなら身支度も掃除も、もっとちゃんとやっておくんだった、と思ったところで後の祭り。
ロザリアの言う『レディのたしなみ』をまともに受け取っていなかったことが恨めしい。
「これを届けに来ただけだ。気にせずとも良い」
本を手渡してすぐに帰ろうとするジュリアスの袖をアンジェリークが掴んだ。
「そんなこと言わないでください!お茶くらい出します」
ふわふわの金の髪を無造作に結んだアンジェリークは真っ赤な顔をしている。
本当に顔だけ見たら帰るつもりだったジュリアスも、必死なアンジェリークの姿に心が動いた。

「では招かれよう」
「はい!」
「あ、でもですね、今度から来るならちゃんと連絡してください!・・・女の子はいろいろ大変なんですよ!」
若干慌てた様子なのは、彼女の服装のせいかもしれない。
いわゆるスウェットとでも言うのだろうか。
上下そろいの楽そうなシルエットの部屋着。
ノーメイクなのか、ぷっくりとした肌で、いつもよりもあどけない瞳の色が猫の目のようにくるくると変わる。
「パジャマから着替えてて良かった~」
小さなつぶやきが耳に入ったが、それは聞き流しておくことにした。
女性のたしなみについて、いろいろ思うところはある。
けれど、アンジェリークが招いてくれたことに素直に感謝しようと思った。

「すぐにお茶を用意しますね!」
久しぶりのアンジェリークの部屋は、女王候補の頃と変わらない、可愛らしい品々で溢れていた。
クマのぬいぐるみ、イチゴのクッション。
ピンク色のカーテンと白い家具。
アンジェリークらしくて微笑ましくなり、つい、あちこちを眺めてしまう。
唯一、片隅のベッドだけは直視するのが申し訳ないような気がして、まじまじとは見ないようにしていたのだが。
ふと、目にとまったのは、ベッドからずり落ちかけた枕。
ピンクのレースに包まれたこじんまりとした枕が、今にもベッドから落ちそうになっている。
気がついてしまうと、放っておけないのがジュリアスの性質だ。
戻しておこうと、枕に手をかけたとき、ひらりとなにかがベッドからこぼれ落ちた。

一枚の・・・写真。
ちらりと見ただけでわかる、赤い髪の男が映っている。

ジュリアスは写真を拾い、整えた枕の下に戻しておいた。
心臓が異様なほど波打ち、指先が冷たく冷えていく感覚。
広がる闇は綺麗だったはずの水面を覆い尽くす勢いで、黒く浸食していく。
あのシーンの画像。
けれど、一緒に映っていたはずのロザリアの部分は切り取られ、オスカーの部分だけが残されていた。
恋愛事情に疎いジュリアスでも、枕の下に写真を入れるおまじないくらいは知っている。
その人の夢が見られる。
たしか片思いのおまじないではなかったか。

「おまたせしました!エスプレッソはないので、ふつうのコーヒーですけど・・・すみません」
アンジェリークの笑顔はいつもと変わらない天使の笑みだ。
楽しそうに、最近エサをねだりに来る猫の話をして、ジュリアスにお菓子を勧めてくれる。
「ジュリアスが来てくれるなら、もうちょっと高級なお菓子も準備したのにな」
照れくさそうにテーブルに並べられた、キノコの形のチョコレートと、甘いビスケット。
「でも、これはロザリアも美味しいって言ってくれたから、たぶん大丈夫です」
アンジェリークはとても嬉しそうだ。
まるで何の秘密もないような、ジュリアスを心から慕ってくれているような態度。
頭の中は嵐だったが、ジュリアスは冷静を装った。
装っているうちに、心の中は不思議と凪いできて、どこかあきらめのような気持ちになってくる。
ジュリアスはアンジェリークの淹れてくれた濃いめのコーヒーを飲みながら、たわいもない話に頷いていた。


帰り際、ジュリアスを玄関先まで見送ったアンジェリークは、いつもの倍、そわそわして見えた。
別れの挨拶をした後も、落ち着かない様子でジュリアスをじっと見上げている。
うるうるした緑の瞳とほんのり赤らんだ頬。
いつの間につけてきたのか、淡いピンクのリップが妙に艶めいている。
強い視線に狼狽したジュリアスは
「なにかあるのなら言ってみるが良い」
つい強い口調でそう言ってしまった。
するとアンジェリークはものすごく落胆した様子でがっくりと肩を落とすと、小さく首を横に振った。
「いえ・・・なんでもないです」
とても何でも無い様子には見えなかったが、ジュリアスは追求しなかった。
なぜなら
「なによ~、全然じゃない・・・」
ブツブツと恨みがましくアンジェリークが呟いているのが耳に入ってしまったからだ。
なにがどう全然なのか。
アンジェリークの考えていることが、やはり少しもわからない。


なんとなく気まずい空気のまま、ジュリアスは聖殿へと戻った。
一人になると、とたんにいろんな思いが巡ってきて、執務に集中することが難しい。
ジュリアスは一度ペンを置き、椅子に深くもたれ掛かった。
ぎしりと小さなきしみを立てる、この椅子とのつきあいはかなり長く、気持ちが落ち着いてくる。
ゆったりと体を委ね、深い思考の中に潜った。

アンジェリークが一番好きなのはオスカーなのかもしれない。
けれど、オスカーにはロザリアがいる。
諦めなければならない辛い恋を忘れるためにジュリアスを受け入れてくれただけなのかもしれない。
失恋を慰めるのに一番良い手立ては、新しい恋をすることだと聞いたことがある。
ちょうどいいタイミングで告白したジュリアスを、そのために利用しているのだとしたら。
・・・それならそれもでいい。
たとえ、どれほど黒く濁り淀んだとしても。
空に輝く太陽の光が一筋あれば、それでかまわない。

また日の曜日は即位式のVTRを二人で見た。
アンジェリークが興奮した様子で、二人の姿を褒めるのをジュリアスは微笑んで見つめていたのだった。


Page Top