Only You (And You Alone)

4.

次の土の曜日、フランシスは神鳥の宇宙へ現れなかった。
あれほどきっぱりと拒絶したのだ。仕方がないと思いつつもロザリアの気持ちは晴れなかった。
あの時、フランシスはとても悲しそうな瞳をしていたと思う。
楽しかったことばかりを思い出して、ロザリアは目の前のポットに視線を落したまま、ため息をついた。
花の咲き乱れるテラスはうららかな日差しに包まれて、まさにお茶会日和。
向こうのテーブルに座っている4人の笑い声が風に乗って聞こえてくる。
ロザリアは砂時計の砂が落ち切ったところで、ポットの紅茶をカップに注ぐと、トレーに載せて、テラスへと運んだ。

「どうぞ。今日の紅茶は…。ええ、シャンパンの香りですの。」
フランシスが好きなのではないかと、選んで買った紅茶だった。
いつもなら、お菓子を焼くロザリアのところにやって来て、手伝いをしながら紅茶を飲むのだ。
『これは…なんといい香りなのでしょう。まるで、そう、この私の中にある、甘く切ない貴女への想いのようです…。』
フランシスの言葉を想像して、また胸に重りがのしかかる。
ロザリアはプレゼントされたネコのネックレスをそっと握りしめた。

「やっぱり、アイツ、ぶん殴ってやらないと気がすまないヨ!」
ぼんやりしているロザリアの耳に入らないように、4人は頭をくっつけ合うようにして声をひそめた。
「でも、二人のことは当人同士にしか分からないと思うし…。そうですよね?陛下。」
「…私のロザリアにあんな顔させるなんて、許せないに決まってるわ!この宇宙中のウサギを集めて、そっちに送っちゃうんだから!」
「陛下~。それは止めてくださいよ~。捕まえるのワタシ達じゃないですか!」
「じゃあ、どうしたらいい? なにかフランシスの弱みってないの?」
「そうですネ。なにかあったっけ?エンジュ、知らない?」
おろおろしているコレットを横目にリモージュとレイチェルは着々と復讐の計画を立て始めている。
話しを振られたエンジュは考え込むように顎に手を当てた。

「でも。 私、フランシス様はそんなに悪い人じゃないと思います。確かにちょっと変なところもあるけど…。」
「あの、私もそう思います。守護聖としても、あんまりやる気はないけど、ちゃんと仕事してくれるし…。」
エンジュとコレットは顔を見合わせて頷いた。
「それに、フランシス様は、ロザリア様とお付き合いするようになってから、ずいぶん変わったと思います。
前はなんていうか、ちょっと投げやりな感じもあったし、来る者は拒まずって感じでしたけど。」
『来るもの拒まず』。
まさにその通りだったと、周りの3人は頷いた。
「このごろは『断られた』って女官たちも言ってます。」
「そう言えばそうかも。前みたいにいつも執務室に女がいるとかはないネ。夜の呼び出しにもすぐに来るし。」
「そうよ!前は『レディを一人にはできません。』とか言って、朝まで来なかったもの。」
「ですから!」
エンジュがお下げを揺らしながら、一人一人の顔を順番に眺める。
「もう少し待ってあげて下さい。いざというときは、私もウサギを探すのを手伝いますからっ!」
新守護聖に一番思い入れの深いエンジュにそう言われては仕方がない。

「それにしても…。」
ぼけーとしたままのロザリアは、さっきから一度も話に加わろうともせず、心ここにあらずといった風情で花ばかりを眺めている。
その横顔は、底なし沼よりも暗く、落ち込んでいた。
「このお菓子、どうしようか?」
お皿に載ったまま一向に減らない、塩味のクッキーを見つめて、4人は盛大にため息をついたのだった。


花は月日の移ろいに合わせて、その姿を変える。
ちょっとしたゴタゴタのせいで、しばらく開いてしまったお茶会のために、ロザリアは聖獣の宇宙へ来ていた。
正直、来たくないような来たいような、自分でもはっきりしない気持ち。
けれど、自分のプライベートな気持ちだけで、みんなの楽しみに水を差すようなことはしたくなかった。
「ちょっと席をはずしますわ。」
会釈してテラスを出たロザリアをリモージュが心配そうに見つめている。
その視線に気づいていても、わざと知らないふりをして外へ出た。
気付けば足はフランシスとキスをした中庭のベンチに向かっている。
あの時と同じようにポーチから手鏡を出して、覗き込んでみても、出てくるのはため息ばかり。
かさかさと木の葉がこすれる音がして、ロザリアが顔を上げると、木々の向こうに人影が見え、すらりとした長身が光の向こうから近づいてくる。
もしかして。
ロザリアはうつむいて鏡を見つめていたが、期待なのか狼狽なのか、鼓動が耳をうつほどに激しくなった。

「こないなとこで、なにしてはるんですか?」
声を聞いた時、確かに落胆した。
そのことで、自分が彼を待っていたのだと改めて気づく。
「なんでもありませんわ。少し風に当たりたくて。」
柔らかく微笑むと、チャーリーは少し照れたように頭をかきながら、ベンチの端に腰を下ろした。

「なんや、にぎやかな声が俺のトコまで聞こえてきてますわ。オンナノコっちゅーんはめっちゃ楽しなる薬でも持ってるかいな。
それやったら俺がいくら頑張っても敵わんやんか。俺のアイデンティティーは笑わせることくらいしかないちゅーのに。」
「まあ。」
チャーリーの大げさな身振りに思わずロザリアは笑ってしまった。
くすくすと花がほころぶような笑顔。ロザリア自身は気付いていなかったが、笑うこと自体久しぶりだった。

「あー、わかりましたわ!」
したり顔のチャーリーが続けた。
「笑とる方が可愛いから、笑うようにできとるんですな。」
「お上手ですこと。」
「上手なんじゃありません。正直なんですわ。」

あたりの花が香るくらいの風が吹いて、ロザリアは手で髪を押さえた。
執務の時よりもずいぶんゆるく結いあげていたせいか、風でピンがはずれ、簡単に髪がほどけてしまう。
「いやですわ。」
とれたピンを探して、ロザリアは立ち上がり、きょろきょろと辺りを見回したが、それらしいものは落ちていない。
隣にいたチャーリーも一緒に辺りを見回していると、草の中にきらりと光る物を見つけた。
「あれとちゃいますか?」
チャーリーがそれを拾い上げると、ロザリアもすぐにそばに来ている。
思いのほか近い距離にロザリアの顔があって、そんなに慌てるほど大切なものなのだと、すぐに分かった。

「えらい可愛らしいピンですなぁ。」
手のひらに載せられたピンにはネコが尻尾をたてて、こちらを見ているチャームがついている。
ロザリアの頬が不意に赤くなると、チャーリーはにやりと笑みを浮かべた。
「ええ人にもろうた…。そんなとこですやろ?ほんまにロザリア様はかわいいな~~。」
「もう、およしになって!」
「誉めとるんですよー。あいたたた。叩かんといてぇ。」
チャーリーの明るさに引きずられるように、ロザリアもつい悪ふざけをしてしまった。
軽くしか叩いていないのに、チャーリーは大げさなくらい腕を抑えている。
「可愛いゆうたら、あかんのですか。可愛いもんは可愛いやから、しゃーないやないですか。」
「そういうことは心の中にしまっておくものですわ。恥ずかしいとは思いませんの?」
可愛いの連発にすっかり照れたのか、ロザリアは耳まで赤くしている。

「自分の思たことを正直に言うのが恥ずかしいやなんて、その方がおかしいですわ。ウソついたり、隠したり。それがええことなんですか?
俺はロザリア様が可愛いと思たから、可愛い、言うたんです。なんでもないふりして、可愛いない、なんて言えませんわ。」
ふと、チャーリーが真面目な顔になる。
緑色の髪が風に流れて、金色の瞳が木漏れ日のように輝いた。

「素直になることは、恥ずかしいことと違いますよ。…会いたい人がおるんやったら、会いに行ったらええやないですか。
俺を見て、がっかりしたーっていう顔、結構ショックやったんでっせ。」
ギュッと握りしめたせいで、手の中のピンが痛いくらいにロザリアの手のひらに当たる。
ロザリアは髪を手早くまとめると、目立つ位置にピンをとめ直した。
金色のネコがキラッと光って、青色の瞳が覗いている。
「ほな、俺はそろそろ行きますわ。いやー、ええモン見せてもらいました。」
「あら?なにかしら?」

「照れるロザリア様…。なかなか貴重でっせ。」
「チャーリー!」
思わず上げた大声にチャーリーはおどけて肩をすくめると、勢いよく走って行ってしまった。
きっと何もかも知っていての彼らしい励まし方なのだろう。
チャーリーの姿が見えなくなってから、ロザリアはいからせていた肩を落とすと、ベンチに置いたままだった手鏡を取り上げた。
「素直な気持ち…。」
一点だけ曇ったままの場所に、ロザリアはそっと唇を合わせてみる。
少しひんやりとした感触。彼とのキスはもっと、甘く、暖かくて。
花壇の中で、小さなスミレ色の花が揺れている。
ロザリアの足が無意識に動き出そうと、一歩、前へ踏み出した。


「ロザリア。ここにいたの?」
振り返ると、ピンクのワンピースを着たリモージュがにっこりと笑っていた。
「探しちゃった。ね、コレットが作ったタルト、一緒に食べよ?」
小走りに近づいてきたリモージュはすとんとベンチに座ると、手にした白い紙袋から小さなお菓子を取りだした。
「ブルーベリーなんだって! コレットも上手になったよね。すっごく美味しいもん。もしかして、彼にも食べさせてるのかな?…想像できないけど。」
リモージュはにこにこしながら、次々とお菓子を食べている。
元気がない時に甘いものを食べるのはリモージュの癖。
自分は違うと思っていたけれど、彼女の気持ちが嬉しくて、ロザリアもお菓子を手に取った。
ほんのり甘酸っぱいブルーベリー。
ロザリアはリモージュの話を聞きながら、いつもなら1個しか食べないタルトを3個も食べてしまっていた。
甘いものには心を癒す力があるというリモージュの言葉は本当なのかもしれない。

「お茶がほしくなっちゃったね。」
「そうですわね。」
甘いお菓子を立て続けに食べて、おしゃべりをして、確かにのどが渇いていた。
「行こう。そして、レイチェルにお茶を入れてもらおう!」
リモージュに続いて立ち上がったロザリアの目に再び小さなスミレ色の花が映って、一瞬足が止まってしまう。
今、彼の元へ行けば、会うことができるかもしれない。素直な気持ちを伝えることができるかもしれない。
けれど。
彼ではなく、リモージュがここへ来たことが、きっと運命なのだろう。

「ロザリア?」
いぶかしげなリモージュの声にロザリアは顔を上げた。
「なんでもありませんわ。参りましょう。」
一緒にテラスへ戻った二人を、コレットとレイチェルが出迎えた。
「あ、ちょうどよかった。ティムカからもらった蓮の紅茶、淹れてみたんだヨ。」
花壇とはまたちがう、どこか楽園のような華やかな花の香り。
帰る時間まで、4人はいつも通りの楽しいお茶会を続けたのだった。


Page Top