5.
いくら常春の聖地でも、夕方の風は少し冷たい。
お茶会から戻った後、ロザリアは開けたままだった窓を閉めると、空を見つめた。
あれほど晴天だった空が細長い雲が早足で駆けていくと、一面が灰色に覆われ、気がついた時には雨粒をこぼしている。
肌寒い気がして、ショールを羽織ったロザリアは持ち帰った書類の束をテーブルに置いた。
なにかをしていれば気がまぎれる。そう思ったのも事実。
暖かい紅茶を淹れて、ソファにゆったりと座ると、一枚一枚目を通していった。
耳に入るのは細かい雨の音だけ。
こわいくらいの静寂の中で、一心不乱に仕事を片づけていると、突然、ガタガタっと物音がして、驚いたロザリアは玄関へと向かった。
ほとんどの住人が顔見知りに近い聖地で、ロザリアの家に突然訪ねてくる人物は限られている。
「どなた?」
尋ねながらドアを開けたロザリアは目を見開いた。
全身を覆う雨。
髪の先から、指先から、流れる雫。
「ロザリア様…。どうか、私を、お許しください…。」
灰青色の髪は水に滲み、暗い夜の色に変わっている。
すがるように伸ばした手に触れたロザリアはその冷たさに驚いた。
いつもひんやりとした白磁のような彼の手が、今は氷のように鋭い冷たさに変わっている。
「どうか…。」
なお何かを語ろうとするフランシスをロザリアは強引に家の中へ引っ張り込んだ。
彼がその場にいてはドアを閉めることもできないから、雨が中にしけこんでしまう。
なによりも冷たい風にこれ以上晒させるわけにはいかなかった。
「お話は後で伺いますわ。とにかく中へ。」
ロザリアの強い口調にも、彼は動こうとしない。
さらに強引にロザリアが腕を引くと、フランシスはその場に跪いてしまった。
勢いでドアが閉まる。
「大丈夫ですの?しっかりなさって。」
濡れた髪の隙間から菫青色の瞳がロザリアを見上げる。
深い湖の底のように、澄んだ、どこか悲しげな色。
今まで何度も思い出せそうで、思い出せなかった記憶が、ロザリアの脳裏にはっきりと浮かんできた。
ほんの数カ月前、まだエンジュが守護聖集めを始める直前のこと。
エンジュが見せてくれた資料の中のある惑星にロザリアは心惹かれた。
その惑星の町並みはなんとなく主星に似ていて、特にロザリアが聖地に上がる前に過ごしていた屋敷にそっくりな建物があったのだ。
きっとあの当時の主星に文化の度合いも近いのだろう。
どんな人々が過ごしているのか、気になってしまった。
いずれにせよ、新宇宙の人類を確認しなければならなかったロザリアは、その惑星を視察地に選び、エンジュに同行した。
ほんの少しのノスタルジー。
よく似た町並みはロザリアに過ぎた日々を思い出させてくれた。
この星の女性に見えるようにあつらえた少し長めのスカートをつまみながら、ロザリアがゆっくりと歩いていくと、写真で見た屋敷がある。
それは堂々とした古典的な様式美の建物で、やはりよく似ていた。
通りの向こう側から屋敷をじっと眺めて、しばらく感傷に浸った後、もしかして中が見えるかもしれないと庭の方へ回ってみた。
ロザリアの屋敷は庭にもずっと高い塀が張り巡らされていたが、やはりここも同じうような作りになっている。
高い塀の向こうにそびえる大きな木が少し覗いているだけで、中は見ることができなかった。
遠い時間が過ぎ去っても同じように暮らしている人々がいる。
きっと自分の両親たちもこうして生活を全うしたのだろう。
そう思えただけで、十分だった。
屋敷の裏は川が流れていて、石造りの堤防に沿って、木々が植えられていた。
爽やかな風と心地よい緑の香りがして、散策にちょうどいい。
石畳を歩きながら約束の時間に合わせて踵を返したとき、後ろの方から子供の声がした。
なにかを言い争う声と甲高い叫び声。
ロザリアは階段を駆け降りると、声のする方へと急いだ。
大声で泣いている4,5歳ほどの少女のそばに駆け寄ったロザリアは、ひざまづいて頭をなでた。
「どうしたんですの?」
優しい声とともにのせられた手に少女は少し驚いた顔をしたが、しゃくりあげながらも川の方を指差した。
「わたしのネコちゃんが…。」
「ネコ?」
「うん、パパからもらったの。でも、川に落ちちゃったの…。」
少女が指差した方を見たロザリアは、川の中に入っていこうとする少年に気付いた。
流れは緩やかとはいえ、深いところがあるかもしれない。
ロザリアは少女に「あなたはここで待っていて。わたくしがネコちゃんを助けに行ってきますわ。」と告げると、少年の方へ向かった。
すでに少年は川岸を離れ、ふらつきながら流れの中に入っている。
ロザリアは長いスカートの裾を前で結んで、膝まであらわにすると、川の中へ入った。
水は冷たいが深さ自体はふくらはぎの中ほどくらいだ。
ただ、少年にとっては膝ほどまで水があるから、ヘタをすれば足を取られるだろう。
急いだロザリアの目の前で、一瞬少年がよろめいて、後ろに倒れると、尻もちをついた。
「あぶない!」
今までロザリアが近付いていることに気付いていなかったのかもしれない。
声に驚いた少年が振り返ると、菫青色の瞳はじっとロザリアを見つめたまま、動かなかった。
「じっとしていなさい。」
ロザリアは足を速めて、少年に近づくと、動けないようにその体を抱きしめる。
尻もちをついた衝撃で少年の体は水に濡れていて、ドレスも濡れてしまったが、ロザリアはそのまま少年を岸まで連れ帰った。
「あんなことをしてあぶないでしょう?けがをしたらどうするの?」
つい強い口調になってしまったが、少年は黙っていた。
跳ねあがった水しぶきが少年の髪を濡らし、その水滴がキラキラと光りを浴びて落ちている。
ロザリアはハンカチを取り出すと、少年の髪を拭いた。
灰青色の髪は絹糸のように滑らかで、拭くたびにさらさらと音を立てるようだ。
身体の方までハンカチを当てると、少年の服の下がぽっこりと膨らんでいるのに気づいた。
「これはなあに?」
返事よりも早く、少女が駆け寄ってくる。
「ネコちゃん!」
服の下から現れたのは、銀色の毛をしたネコのぬいぐるみだった。
「お兄ちゃん、ありがとう。」
少年は照れたように少しだけ頬を赤らめたが、相変わらず黙ったままだ。
「よかったわね。優しいお兄ちゃんだこと。わたくしもネコは大好きなんですの。」
ロザリアはネコのぬいぐるみを受け取ると、胸に抱いて数回なでて見せた。
どうやら目立った汚れや破れはないようだ。
「可愛いネコちゃん。あなたのところに帰りたいみたいですわ。」
少女に手渡すと、嬉しそうにぬいぐるみと手をつなぎ、濡れたままの少年を心配そうに見つめている。
「だいじょうぶ?」
少年は濡れた前髪をうっとおしそうにかきあげると、「だいじょうぶです。」とだけ返事をした。
そっけない言葉だったが、喜ぶ少女を見つめる瞳の優しさが、少年の素直な心を伝えてくれる。
ロザリアは仲良さそうな兄妹の様子に思わず笑みをこぼした。
「あなたが妹思いだということはよくわかりましたわ。けれど、危ないことをしてはダメ。」
「危なくなんかありません。」
「自分の力を過信してはいけませんわ。できない事を見極めることや助け合うことも必要なのよ。」
以前の自分なら、きっと少年と同じように思っただろう。
自分にできないことなどないと、本気で信じていたのだから。
少年は返事をしなかったが、なんとなくばつの悪そうな顔をしている。
ロザリアはその菫青色の瞳に向かって微笑むと、いきなり自分のスカートの裾を破いた。
ビリビリっと布の破れる音がして、少年はビックリしたように目を見開いている。
「手を出しなさい。」
少年が恐る恐る手を出すと、ロザリアはくるりと手を返した。
手のひらから流れている一筋の血。
おそらく尻もちをついた拍子に川底に手をついたのだろう。細かな傷と少し深そうな傷がついていた。
「家に帰るまで、こうしているといいわ。」
破ったスカートの裾を、ロザリアが包帯のように少年の手にくるくると巻き付けると、その手を少女がおもしろそうに眺めている。
「さあ、早く帰って、手当をしてもらいなさい。」
ロザリアがそう言って、背中を押すと、手を押さえながら、少年は頭を下げ、少女の手を引いて歩いていった。
「ロザリア様!どうしたんですか? 何かとんでもないことでも?! この星はそんなに治安も悪くないはずなのに。あー、どうしよう。大丈夫ですか?」
約束の場所に現れたロザリアを見て、エンジュは真っ青になって駆け寄ってきた。
無理もない、とロザリアはくすりと笑う。
ドレスは濡れているし、おまけに裾は破れているのだ。
「なんでもありませんわ。ちょっとした人助けですの。」
「人助け?」
「ええ。おせっかいともいうかしら。わたくしも世界一、いいえ、宇宙一のおせっかいといつも一緒にいるものだから、おせっかいが移ってしまったのかもしれませんわね。」
楽しそうに言うロザリアを前に、エンジュはわけがわからないという顔で「はあ。」と頷いた。
才色兼備の補佐官様はなんとなく近寄りがたい人物のような気がしていたが、実はそんなことはないのかもしれない。
エンジュはにっこりと笑うと、手をパチンと合わせた。
「でも、このまま帰ったら、わたし、皆様に怒られちゃいますー。どうしましょう?」
「大丈夫。このドレスはこの惑星で買った物ですの。ですから、元に戻ればよいだけですわ。」
しらっというロザリアにエンジュはほっと胸をなでおろすと、ロザリアの腕に飛びついた。
「ロザリア様、なんかいつもより素敵です。」
「まあ、わたくしはいつも完璧ですわ。」
帰りの船の中、打ち解けた二人はクラスメイトのように話をしていたのだった。
あの時の少年の瞳。
「あなたは、まさか、あの時の…? あんなに小さかったのに…?」
自分でも言っていることが矛盾しているとわかっている。
聖地と下界の時間の違いはイヤというほど知っているのだから。
フランシスは菫青色の瞳をじっとロザリアに向けたまま、髪から落ちる雫をぬぐおうともしない。
ぽたぽたと床にこぼれる水音だけが耳を打つように響いていた。
「信じてはいただけませんか…?私がずっと貴女だけを想っていたということを…。」
フランシスはロザリアの足元に座りこんでいる。
あまり身体が丈夫ではない、と以前から言っていたことを思い出して、ロザリアは自分もひざまづくと、彼のコートを脱がせようと手をかけた。
「とにかく中で身体を暖めてくださいませ。このままではいけませんわ。…お話は後できちんと伺いますから。」
腕に力を込めると、フランシスは自らコートのボタンを外した。
雨に濡れて、コートは重みを増している。
コートを脱いで、身軽になったのか、ようやく立ち上がったフランシスをロザリアは引っ張るように中へと入れた。
強引にソファに座らせると、フランシスは大きく息をはいた。
そして、ブルっと体を震わせたかと思うと、両腕で自分の体を抱きしめている。
冷え切っているのだ、とロザリアは急いでワインの栓を抜くと、フランシスの前に置いた。
「このような時間にレディの御宅に入り込むとは、私はどうかしていますね…。ええ。わかっています。貴女が快く思わないであろうことも。どうか、お許し下さい。」
そこでフランシスは言葉をとめ、うつむいていた瞳をしっかりとロザリアに向けた。
ロザリアの胸が大きな音を立てる。
「もう、そのことはよろしいですわ。…それよりも教えていただきたいの。あの川でのこと、あなたは覚えていらっしゃるの?」
フランシスにとってはもう十数年前のことになるはずだ。忘れていたとしてもおかしくないほどの年月だろう。
「忘れたことなどありませんでした…。あの日、貴女は私の心を連れて行ってしまった…。」
「貴女こそ、覚えていらっしゃいますか?」
フランシスが胸ポケットから取り出したのは青い布。
ずいぶん色あせているが、それは間違いなく、あの日ロザリアが手にまいたドレスの切れ端だった。
「ほんの子供だったくせに、何を、とお思いでしょうね…。でも、貴女の面影は私の中から消えることはなかった…。いいえ、むしろ、大きくなっていくばかりでした。」
フランシスはグラスを持ち上げると、一口だけワインを飲んだ。
「けれど、もう、2度と会うことのない人…。忘れなくてはいけないと、私に想いを寄せてくれる多くの女性とお付き合いもしてみました。
深い仲になった女性も一人二人ではありません…。」
少し伏せられた瞳には深い後悔の色が浮かんでいる。
「それでも私は誰にも心を動かされることがなかった。卑怯な言い方かもしれませんが、自分から求めたことはありません…。貴女にとっては、とても許せることではないでしょう…。」
薔薇園でキスをしていた姿を思い出して、ロザリアは体中が熱くなるのを感じた。
怒りよりももっと深い、この暗い気持ちを表現する言葉が見つからない。
「再び貴女に会えた時の、驚きはどう表現したらいいのでしょうね…。私は自分を恥じました。」
「恥じた?なぜですの?」
「運命を信じなかったこと…。貴女に出会った時に感じた、あの想いを忘れようしたこと…。
なによりも清らかな貴女にふさわしくない人生を歩んでしまったこと…。」
「だから、私は想いを閉じ込めようとしたのです…。幸いなことに貴女は私に気づかなかった。無理もありませんが…。」
今日、初めてフランシスは小さく微笑んだ。
それだけで、ロザリアは呼吸が苦しくなるのを感じる。
コレットに分けてもらった紅茶からふわりと菫の香りがただよった。
「なぜ、私があの場所にいたのか、貴女におわかりになりますか?」
『あの場所』が中庭のことだと、ロザリアにはすぐにわかった。
「お茶会のたびに、私は貴女の姿を一目見ようと、外へ出ていたのです。閉じ込めようと誓ったのに、私は心を抑えることができなかった…。」
ぽたり、と雫が落ちて、絨毯に染みを作る。
フランシスはその染みに視線を落したまま、言葉を続けた。
「ああ、貴女とのひと時が、どれほど幸せだったことか。それなのに私は貴女を傷つけてしまったのです。もう、私にはあなたとお会いする資格はない…。
それなのに、貴女がこちらの宇宙に来ていると聞けば、一目だけでもと、外に出てしまいました。
もしかしたら、貴女も私を待っていてくださるのではないか、と、そんな期待をして…。」
もともと青いフランシスの顔がさらに青くなる。
せめて雫をぬぐうためにタオルを取りに行こうとしたロザリアの腕を、フランシスが掴んだ。
「チャーリーと一緒にいるところを見てしまったのです。愚かだと思いますか…?
貴女にふさわしくないと、自ら去ろうとしたのに、私は、こんなにも欲深い人間なのです。」
冷たい手はロザリアを捕らえて離そうとしない。
心まで掴まれているような感触に、ロザリアはただ見つめるしかできなかった。
「貴女を誰にも渡したくない…。」
気がつけば、ロザリアは両手でフランシスを抱きしめていた。
フランシスに自分の鼓動が伝わればいい。どれほど熱く、高鳴っているかを気付いて欲しい。
ひざまづいて、彼の頭を胸で受け止め、灰青色の髪を指で梳くように撫でると、指先に雫が伝った。
『素直になることは、恥ずかしいことと違いますよ。』
チャーリーの言葉を思い出す。
伝えたいことはたくさんある。
ロザリアは息を吸い込んだ。
「わたくしも、初めて自分がこんなに欲深い人間だと知りましたわ。」
ロザリアが腕を緩めると、違うと言いたげに首を横に振ろうとするフランシスが顔を上げ、お互いに膝をついたまま、自然に視線が重なった。
とくん、と心の鳴る音がする。
「あなたが他の女性と口づけをしているところを見てしまいましたの。」
「ああ…。」
「その時、わたくしはあなたのことを許せないと思いましたわ。あの口づけが汚らわしいと思いました。」
「そうでしょうね…。」
菫青色の瞳が悔恨の色に染まる。
「でも違ったんですわ。」
「違う?」
不思議そうなフランシスにロザリアはなぜか嬉しくなってしまった。
いつも彼に振り回されてばかりで、こんなふうな顔をさせたことはなかったかもしれない。
「嫉妬、したんですの。…わたくしにはしてくださらないのに、と思いましたわ。」
なにを、とはやはり言えなかった。
けれど、ロザリアの上気した頬や耳からフランシスには伝わってしまったのだろう。
彼の瞳が丸くなると、くすっと吐息が漏れた。
「それは…。今の私にとって、とても悩ましいお言葉ですね…。」
また一つ、髪から雫がこぼれおちると、フランシスはロザリアを見てゆっくりと微笑んだ。
「タオルをお借りできませんか?このまま貴女を濡らしてしまうのは、心苦しい…。」
冷たい手が頬に触れる。
ロザリアもフランシスをしっかりと見つめ直すと、ゆっくりと微笑んだ。
「かまいませんわ。もう、どうせ濡れていますもの。」
言い終わらないうちに、フランシスはロザリアを強く抱きしめた。
彼からの激しい抱擁に、雨にぬれた冷たい身体さえ熱く、ロザリアを溶かしていく。
「貴女は、暖かいのですね…。」
まっすぐに見つめるフランシスの菫青色の瞳。
吸い込まれそうな美しさに、瞬きもせずに魅入ってしまった。
「ロザリア様。私は、今まで、自分から積極的になにかをしたことはありませんでした…。
お付き合いしてほしいと言われれば、お付き合いしましたし、キスも、それ以上も、相手の方から望まれてしたことばかりです。だから、責任はない、とはもちろん申しませんが…。」
ありえないはずの言葉も、フランシスならありえるかもと思ってしまう。
彼ほどの人が女性を引き付けないはずはないのだから。
ロザリアはなにも言わずに、ただ青い瞳をじっとフランシスに向けていた。
「ああ、貴女のその無垢な瞳が、私をためらわせるのです…。どうか、目を。」
「目?」
言われている意味がわからずに、ロザリアは首をかしげてしまった。
「目を閉じてくださいませんか…? 貴女はいつも私をまっすぐに見てくださる。それはとてもうれしいのですが…。」
フランシスが濡れてしまったロザリアのショールを外し自分の肩にかけると、ショールから薔薇の香りが漂った。
「キスをしたい、と言葉にするのは少し恥ずかしいですね…。貴女もそれを望んでくださると、どうしたら知ることができるでしょうか…?」
覗き込むようにロザリアを見つめる菫青色の瞳。
そういえば、デートの途中、何度か沈黙が降りて、見つめあったことがあった。
ベンチに座って話が途切れた時、別れ際に繋いでいた手を離す時。
フランシスは今と同じ瞳をしていた。
あの時、彼が何をしたかったのか、ロザリアはようやくわかったのだ。
一瞬、恥ずかしげに頬を染めたロザリアが青紫の睫毛をゆっくりと伏せると、その先がかすかにふるえていた。
「愛しい貴女…。今度こそ、この出会いを運命と思ってもよろしいですか…?」
こくり、とロザリアの首がかすかに縦に動くと、それを見たフランシスも微笑みながら瞳を閉じる。
二つの唇は想いを伝えあうように、静かに重なり合ったのだった。