Lion Heart

04

04.
ルヴァとのランチのあと、ロザリアはオリヴィエの分のサンドイッチをテーブルに置いて、執務の続きを始めた。
午前中はぼんやりすることが多く、ようやく今日の分の執務に取りかかることができたが、この調子ではなかなか帰れそうもない。
なんとかキリのいいところまで、と、無心でペンを走らせる。
珍しく急用で呼び出されることもなく、ロザリアは集中できていた。

お茶の時間が近づいた頃、ふと喉の渇きを覚えたロザリアは、オリヴィエの元へと向かうことにした。
お昼に会えなかった分、顔だけでも見たい。
そして、少しでもいいから、話をしたい。
ここ最近は、以前のようにたわいもない話をする時間が減っているような気がする。
聖殿の女官達の恋バナだったり、流行のファッションやメイクの話。美味しいスイーツのお店。
雑誌を眺めながら、オリヴィエが髪を整えてくれたり、ネイルをしてくれたり。ロザリアが作ったお茶会のお菓子の試食をしたり。
女の子同士のおしゃべりに近い感覚だったかもしれないけれど、恋人同士になる前の方が、むしろたくさん話をしていた。
身体を繋げることでわかりあえることもあるけれど、それ以上に、心が繋がっていることを、今は感じたかった。

「イヤリング、気がついてくださるかしら」
つい声に出してしまったのは、以前、オリヴィエが教えてくれたブランドで買ったイヤリングを着けてみたからだ。
『きっとあんたに似合うと思うな』
パチンとウインクをしながら、見せてくれたファッション誌の記事。
素敵なドレスやアクセサリーもたくさんあって、どれにしようか迷ったけれど、ロザリアはイヤリングを選んだ。
小さなプラチナの薔薇に朝露のようなサファイヤ。
シンプルだけれど、幾重にも重なった薔薇の花びらの精巧な作りが見事で、ブランドイメージのロゴにも似ている。
つきあい始めてすぐ、まだ秘密の恋をしていた二人の合図は、耳に触れる程度のキスだった。
ささやかなふれあいで、くすぐったいほどときめいて。
今だって、ただ、抱きしめて、愛の言葉を囁いてくれるだけでいい。
それだけで幸せなのに。


ポットもきちんと暖めて、丁寧に淹れたアールグレイを持って、ロザリアは夢の執務室をノックした。
ふわりと漂うベルガモットの香りが、ざわつく心を落ち着かせてくれる。
「どうぞ。開いてるよ」
オリヴィエの声がして、ロザリアがドアをくぐると、彼は執務机に向かって、気むずかしい顔で書類を見ている。
重要の赤の付箋がついた書類は、きっとあの惑星のものだろう。
夢のサクリアが大量に必要とされている事案だけに、オリヴィエの難しい顔も仕方がない。

ロザリアはあえて朗らかに
「お昼をご一緒しようと思って探しましたのよ?どちらにいらしたの?」
ポットをテーブルに置いて、奥の間にあるカップボードへ向かった。
勝手知ったる夢の執務室だから、お茶の準備も慣れたものだ。
すると、オリヴィエも椅子から立ち上がり、奥の間に来ると、カップを選んでいるロザリアを背後から抱きしめた。

耳にかかる熱い吐息。
びくリと身体を震わせたロザリアに、
「あんた、ルヴァとどこにいたの?」
オリヴィエのかすれた低い声が囁く。
あ、とロザリアは目を瞠った。
「ごめんなさい。カフェがとても混んでいたから、テイクアウトにして中庭で食べたんですの」
「中庭、ね」
「もしかして、探してくださったんですの?本当にごめんなさい」

オリヴィエはなにも答えてくれない。
ただ、ロザリアの髪に顔を埋めている。
恋人同士になってしばらく経つとはいえ、オリヴィエから触れられると、とたんにロザリアの鼓動はうるさくなってくる。
ロザリアの身体を溶かしていく綺麗な指や、艶めいた唇。
華やかな香りと外見に反して、力強く逞しい腕や身体。
その男らしさを知っているだけに落ち着かなくて、もぞもぞと動いてしまう。

「あの、…ルヴァは他になにか言っていまして?」
ロザリアはさっきルヴァと話したことをオリヴィエに知られたくなかった。
なぜ彼の心を疑うような、あんなはしたないことを言ってしまったのかと、今は、自分で自分が恥ずかしい。
抱きしめられるだけで、こんなにも幸せなのに。
自然と頬が赤くなるロザリアを、オリヴィエが目を細めて見つめている。
その奥にある冷たい光に、ロザリアは気づかずにいた。

「あんたこそ、ルヴァに何か言ったの?」
かっと耳まで赤くしたロザリアは、話を打ち切るように笑顔を見せた。
「そういえば、サンドイッチをあなたの分も買っておきましたのよ。今からでも召し上がってくださいませ」
焦る気持ちを隠そうと、つい早口になったロザリアを、ふ、とオリヴィエが鼻で笑う。
「もう昼食には遅いですけれど、よかったら持ってまいりますわ」
ロザリアが補佐官室に戻ろうと足を踏み出しかけると、その腕をオリヴィエがぐっと掴んだ。

「サンドイッチはいらない」
「そうですの?ではお茶を」
「お茶も、いらない」
「お茶も?」
ロザリアの狼狽が腕の震えを通して伝わってくる。

なぜ。どうして。
ルヴァと二人の秘密を持とうとするのか。
オリヴィエの獣が暴れ出して、心を蹂躙していく。
その獰猛な獣に同調するように、オリヴィエの体はロザリアを求め出して熱を持った。
早く、早く。
彼女を自分のものにしなければ、息をすることもできなくなる。
オリヴィエはロザリアの腰を引き寄せると、ソファへ身体を押し倒した。


「きゃあ!」
ロザリアが鋭い悲鳴を上げたことも無視して、オリヴィエは彼女のドレスをまくり上げると、両足を大きく開いた。
バタバタと暴れる足の間に素早く身体をねじ込み、白いショーツに手をかける。
「オリヴィエ?」
ロザリアは身体をよじって逃れようとするが、オリヴィエの手が腿をがっちりと押さえつけていて、身動きすら取れない。
わずかに上半身を起こして、彼の顔を見ると、冷たい瞳がロザリアを見下ろしている。
ぎゅっと喉がつまり、声が出なくなった。

ショーツが下ろされて、すうと冷えた空気が秘所を撫でる。
起こっていることがはっきりと理解できないまま、オリヴィエの熱い雄が秘所に押しつけられた。
先端がごりごりとロザリアの入り口をこじ開けようと動く。
「いや。痛い!」
身体が乾いたまま硬いモノが入ってきて、ロザリアは痛みで目の前が暗くなった。
硬く締め付けても、オリヴィエの動きは止まらず、隘路を強く擦り上げてくる。
引き裂かれるような痛みの中にも快楽を拾い上げたのか、いつの間にか身体は勝手に彼を受け入れて、蜜をこぼし始めた。

「私を好き?」
ロザリアが首を縦に振ると、オリヴィエは腰の動きを早めた。
これほど求めているのだと、全身で伝えるつもりで、いつもより激しく彼女を責め立てる。
与えられる快楽に逆らえず、次第に濡れてくる身体を確認するように、オリヴィエは深い抽挿を何度も繰り返した。
ぎしぎしと軋むソファの音。
じゅぶじゅぶと雄がナカに飲み込まれる音。
自分の体からこぼれる淫らな水音にロザリアは両手で顔を覆うと、かみしめた唇から言葉を絞り出す。

「こんなのはイヤですわ」
これ以上、拒絶の言葉を聞きたくなくて、ロザリアが最後まで言う前にさらに深く突き上げた。
「あ、っん」
言葉は喘ぐ声に変わり、きゅうと彼女がオリヴィエを搾り取るように締まる。
ルヴァと二人でなにをしたのか、どんな話をしたのか。
二人揃って秘密にするようなことがあるのか。
言葉にできない分だけ心の中で獣が暴れ出す。

オリヴィエは自身の熱を解放すると、身体を折って、彼女と唇を合わせた。
ロザリアのナカはとても熱いのに、唇はとても冷たい。
呆然とした青い瞳の目尻はうっすらと赤く染まり、呼吸をするのも苦しそうだ。
ソファに押し付けられた青紫の髪がほどけて散らばっていて、まくり上がったままのドレスから伸びた足は小刻みに震えている。
乱れた彼女の姿に、唐突に沸き上がる罪悪感。
オリヴィエは身体を離すと、ロザリアの足に絡まったままのショーツを元通りに着け直した。

「ごめん」
ぼんやりしているロザリアの代わりに髪を整えて、ドレスのしわを伸ばした。
飛ばして床に落ちてしまったイヤリングを拾い上げると、ちかっと頭の奥でなにかが浮かびかける。
小さなプラチナの薔薇。
どこかで見たような、でも、はっきりと思い出せない。
一瞬、ロザリアがなにかを訴えるように見つめてきたけれど、罪悪感でいっぱいのオリヴィエには、ただ非難されているようにしか思えない。
目を反らして、黙って彼女の手にイヤリングを乗せた。
銀色の薔薇をぎゅっと握りしめ、オリヴィエの背中を見ているロザリアに気付かずに。

お互い、何を言えばいいのかわからないまま、沈黙が流れ落ちる。
きっと何を言っても言い訳にしかならなくて。
きっと何を聞いても言い訳にしか思えなくて。
「わたくし、戻りますわ。お茶、飲んでくださいませね」
うつむいたまま、ロザリアは立ち上がると、静かに執務室をあとにした。


ロザリアがドアの向こうに消えると、オリヴィエは震えている自分の手をじっと見た。
いつから、こうなってしまったのか。
まるで感情がコントロールできない。
ふとしたきっかけで、たてがみを揺らして、咆哮ををあげる獣。
理性が食われた後、心に残るのは、むき出しの嫉妬心と独占欲。
もっと、自分だけのものだと確信したい。
彼女が求めているのが自分だけなのだと。
優しくしたいといつも後悔するのに、繰り返すのは、なぜ。


ロザリアの足音が遠ざかると、ルヴァは小部屋の中でうっすらと笑った。
手の中の白濁をティッシュでぬぐい取り、丸めてゴミ袋へと放り込む。
思った通り、オリヴィエはルヴァの言葉を誤解したのだろう。
いつもよりも乱暴に彼女を抱いていた。
泣き声のようなロザリアの声には胸が痛んだけれど、心にひびが入る音をルヴァは聞き逃さなかった。
あと少し。
決定的な何かがあれば、この手の中に獲物は堕ちてくる。
悠々と寝そべっていたルヴァの獣が顔を上げ、瞳をぎらつかせて、その瞬間を待っていた。


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