Pasqueflower

6.

いったん日が落ち始めると、すぐに夕闇が訪れる。
中の島まであと建物一つ。
今朝、アンジェリークがジュリアスに頼んだ育成が終われば、新女王の誕生だ。
オリヴィエは私邸の窓から、ぼんやりと星を眺めていた。
多くの星がまたたいていても、やはりその光には力がない。
この宇宙が終わりに近付いていることは、すでに誰の目にも明らかだった。

飛空都市最後の夜を、オリヴィエは一人で過ごすことを選んだ。
年少組達にパーティに誘われたし、オスカーも飲みに行こうと声をかけてくれた。
けれど、何をしていてもきっと彼女のことを忘れることはできないから。
いっそ一人のほうがいい。
テーブルに置かれた赤ワインのボトルは、コルクを抜いたまま、グラスについでもいなかった。
飛空都市を去れば、今見ている星の位置も全てが変わる。
この想いも変わってしまえば、どれほどか楽になれるだろう。

コツ、とドアの向こうから聞こえた靴音に、オリヴィエは振り返った。
「わたしですよ。オリヴィエ様。」
オリヴィエが瞳に乗せたほんの少しの希望を嗤うように、アンジェリークが姿を現した。
「ロザリアだったら、さっき、ルヴァ様のお屋敷に行きましたよ。ふふ。素敵な夜になるように、わたしも励ましておきました。」


日が暮れる前に帰ったアンジェリークは、ベッドで眠っているロザリアを見つけた。
疲れているのだろう、と、起こさないで見ていると、ロザリアは何度も苦しそうに寝返りを打っている。
とてもつらそうな表情。
思わずアンジェリークがロザリアの額の汗をハンカチでぬぐうと、うっすらと青い瞳が開いた。
「ごめんね。起こしちゃった? なんだかとても苦しそうだったから。」
「いいえ。大丈夫ですわ。…ありがとう。」
アンジェリークの手の中のハンカチに気づいて、ロザリアが微笑んだ。
少し切ない顔にアンジェリークの胸が痛む。

今夜、試験が終わる。
アンジェリークにとって女王になることは夢だったけれど、ロザリアを傷つけることを望んでいたわけではなかった。
ロザリアはアンジェリークに無い全てを持っている。
彼女の存在は、アンジェリークのもう一つの夢だ。できる限り守りたい。
けれど、試験に敗れたことはロザリアを傷つけただろう。
元気がないのも無理はない。

結局、アンジェリークが追い出すように出かけさせるまで、ロザリアはどこか上の空だった。
初めての夜の緊張かもしれないと思ったから、アドバイスも兼ねて、少し話をした。
アンジェリークに何か言いたそうに、なんども言葉を出そうとして、止めたロザリア。
最後にぎゅっと抱きしめて、「ロザリアの思うように、行動したらいいと思うわ。」と言うと大きく頷いていたけれど。


「わたしも傍で見ていたいくらいです。ルヴァ様が優しくしてくださるといいんだけど。」
ルヴァが童貞だとは思わないが、ロザリアに苦痛を与えられるのは我慢できない。
そう言いたげにアンジェリークは親指を噛んだ。

「オリヴィエ様ったら、そんな顔しなくてもいいのに。」
アンジェリークの指先がオリヴィエの顎に触れた。
「どうして男の人って、最初の男になりたがるの? 
べつにルヴァ様が処女をもらったとしても、ロザリアは聖地に来るんですよ?いくらでもロザリアをモノにするチャンスはあると思うけど。」
顎から耳へと指を滑らせ、オリヴィエの金の髪を弄ぶように頭の中へ手を差し入れる。
「自分はわたしとこんなことしてるくせに。」

待ちかねたように、重なる唇。
ためらいなく差し入れられた舌がオリヴィエの口中を這いまわる。
刺激的で官能にまみれた口づけは、オリヴィエの抑えていた感情を引き出すのに十分だった。
ドロドロとした劣情。
今頃、ロザリアはルヴァの下で喘いでいるのだろうか。
あの白い肌をルヴァの唇が這い、思う様に蹂躙しているのかと思うと、とても冷静ではいられない。
ロザリアが貫かれる瞬間が思い浮かんで、一気に下半身に血液が逆流した。


オリヴィエの手がアンジェリークの胸へと伸び、荒々しく揉みしだく。
同時に激しくなる舌の動き。
貪るような口づけに、アンジェリークから吐息がもれる。
歯の裏までをなぞり、舌を絡めあった。
密度の濃い液体が混ざり合う音が部屋中に響いて、その間も服の上から胸の先端をつまむように揉まれ続けている。
アンジェリークは息苦しさに唇を離した。
「オリヴィエ様、すごいですね…。わたしも熱くなってきました…。」
アンジェリークがスカートをめくり、下着を見せつけるように足を開いた。
下着が透けて見えるほど、そこは蜜で溢れている。
オリヴィエは何も言わずに、ブラウスの下から手を入れると、尖りきった胸の蕾を指先ではじいた。
「あん。」
可愛らしいけれど媚を含んだ声に、オリヴィエは一気にブラウスを引きちぎった。
「もう要らないでしょ?この服。」
ブラをずり上げ、ふくらみをとりだすと、すぐに蕾を口に含んだ。
硬くなった蕾はその刺激だけで、アンジェリークの体に電流のような刺激を与えてくる。
柔らかく舐めとっては、強く吸い上げ、舌先で転がす。
オリヴィエの止まらない愛撫に、アンジェリークの声が上ずり始めた。
腰をくねり、ブラを自分から外していくと、オリヴィエの猛りに触れていく。
いつもセーブしていた欲望を、オリヴィエは開放していた。
そうでなければ、彼女のことを思い出してしまう。
追い立てられるように、アンジェリークを押し倒すと、すでに濡れた場所に自身を押し当てた。



ルヴァの屋敷では、夕食をとり終わった二人が食器を片づけていた。
「すみませんね~。お客である貴女にこんなことをさせてしまって。」
「いいえ、かまいませんわ。お気になさらないでくださいませ。」
ロザリアが器用に洗った皿を、ルヴァが拭いては棚に並べていく。
お嬢様として育てられては来たが、女性としてのたしなみはそれ相応に身につけてた。
「明日になれば、片付けの者が入りますのでね、このくらいで十分ですよ。」
なおも片付けをしようとするロザリアをルヴァが押しとどめた。
今までなにかをして身体を動かすことで、なるべく意識しないようにしていたロザリアだったが、しんとした屋敷の空気に急に緊張し始めてしまう。

「そ、そうですわね、明日で終わりですものね。」
そわそわとふきんをしまい、なんとかそれだけ言葉になった。
「ああ、すみません。試験の結果は、その、貴女にとっては残念だったかもしれません。でも、貴女のがんばりは私もよく知っていますよ。」
ロザリアの硬い表情を誤解したルヴァは、少し困ったように両手を擦り合わせた。
気のきいた慰めの言葉が咄嗟に出てこないところも、いかにもルヴァらしい。
ロザリアはくすり、と笑みをこぼした。
「いいえ。アンジェリークが女王にふさわしいことは、誰よりもわたくしが理解していますもの。残念ではありませんわ。」

アンジェリークはロザリアにとって最高の友達だ。
なんでも相談し合い、慣れない試験を支え合っていくうちに芽生えた友情は、かけがえのないモノになっている。
ふと、今、アンジェリークは誰と過ごしているのかが気になった。
最後の夜、きちんと想いを告白できただろうか。
自分の意思をはっきり持っている彼女ならば、無用な心配かもしれないけれど。
幸せな結末であればいいと心から思う。
もしも上手くいったのなら、聖地でもアンジェリークの恋をできる限り支えてあげたい。
補佐官としてではなく、大切な親友として。


ぼんやり考えていたロザリアの肩に、ルヴァの手が触れた。
「ロザリア。」
乾いてざらついた声は、いつものルヴァとは少し違う。
見つめるグレイの瞳が熱くうるんでいるのを感じて、ロザリアの身体に震えが走った。
早鐘のように打ち鳴らす鼓動が、やけに耳触りに思えてしまう。
「ロザリア。」
再び名前を呼ばれ、肩に置かれた手に力がこもる。
身体を固くしていると、ふいにルヴァがロザリアの肩を引き寄せた。
そのまま倒れ込むようにロザリアはルヴァの胸へとすっぽりと収まってしまう。
ルヴァの暖かな腕と、思ったよりもしっかりとした胸。
ギュッと力を込め抱きしめられた瞬間。
心に浮かんだのは、確かな違和感だった。

初めて誰かに抱きしめられたのは、いつだっただろう。
あの時、オリヴィエに抱きしめられた時。
感じたのは華やかな彼の香り、そしてぬくもり。
まるでその場所が、最初から自分のいるべき場所だと思えるような、暖かさだった。
もしあの時、アンジェリークが来なければ、永遠にこうしていたいと望んでいたかもしれない。
想いを寄せるルヴァに抱きしめられているのに、心の中を占めるのはオリヴィエ。
彼の傍にいたいと思うこの気持を名付けるとしたら、きっと一つしかない。
ルヴァの手がロザリアの頬を包み込んだ。
顔を上げると、ルヴァの瞳がすぐそばにある。
近づいてくるルヴァの体を、ロザリアは無意識にはねつけていた。


「申し訳ありません。ルヴァ様。」
拒絶されるとは全く思っていなかったのだろう。
ルヴァは腕から逃れたロザリアをきょとんとした表情で見つめている。
「違うんです。ルヴァ様。違うんです…。」
うつむいたまま首を振るロザリアに、ルヴァは伸ばしかけた手をすぐに下した。
「何が違うんですか? たしかにいつもの執務服とは違いますが…。他は何も変わっていませんよ?」
ゆったりとした部屋着をつまみあげながら、ルヴァは穏やかにほほ笑んだ。

「違うんですわ。そういうことではありませんの。わたくしは…。」
それきり黙ってしまったロザリアの青い瞳が雄弁に彼女の気持ちを伝えていた。
抱きしめられて、ロザリアは困惑したのだ。好きな人に抱きしめられたはずなのに、嬉しいと思えない自分の心に。
それがわからないほど、ルヴァは愚かではない。
ルヴァは小さく息を吐いた。
「もし、貴女が望むなら、私はもっと自分を変えてもいいとさえ思っています。それでも。…違いますか?」

じっとのぞきこむようなルヴァの瞳。
グレイは静かな色なのに、その奥にある様々な感情のせいか、とても激しい色に見える。
ロザリアはゆっくりと首を振った。
「申し訳ありません。わたくしは、ルヴァ様をお慕いしておりました。でも、今は…。」
その先を聞く前に、ルヴァがくるりとロザリアに背を向けた。
「どうか後悔しないように、最後の夜を過ごしてください。私は、すっかり眠くなってしまいましたから~。ここで一休みしますね。」
大きく腕を伸ばして、あくびをしたルヴァは、そのままソファへと、ごろりと横になってしまった。
立ちつくしたロザリアがその背中を見ていると、すぐにわざとらしいいびきが聞こえてくる。
眠っているのだから、そのままここを出てもいい。
ロザリアはルヴァの無言の許しを聞いた気がした。

「ルヴァ様。申し訳ありません。」
横たわっているルヴァに優雅な淑女の礼をすると、ロザリアは外へと飛び出していった。
最後の夜だから。
やっと気がついたこの想いをオリヴィエに伝えたい。
その気持ちだけで、星明かりの薄闇を全力で走った。


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