Je te veux


異国情緒、とでもいえばいいのだろうか。
どことなく古びた大通りと、一歩入れば迷路のような路地。
でこぼこの石畳と暗い石壁。
聖地とはまるで違う景色に、ロザリアは目を見張った。
ある種の伝統と絡み合う歴史の重み。
美しい、という訳では無いのに心惹かれる風景だ。

「ごめんなさいよ。」
急ぎ足で歩く人々はロザリアのことなど気にも留めずに、そのすぐわきを通り抜けていく。
雑踏の中、これだけの人が歩いているのに、ロザリアは激しい孤独を感じていた。
明らかに自分だけが異邦人。
けれど、その孤独が今日は心地よかった。

補佐官になってから、こうして辺境の惑星を訪れることは珍しいことでもない。
基本、聖地を離れられない女王に代わり、儀式や式典に参加することも補佐官としての大切な役目の一つだからだ。
もっとも普段なら一人で外出することはないのだが、この惑星は極めて治安がいいことでも知られている。
そのおかげか警備も比較的緩やかで、ロザリアは一人、ホテルを抜け出していた。

誰も知らないところで、一人になりたい。
ここのところずっと抱えている悩みが、ロザリアに重くのしかかっていた。
いつもと違う場所に行けば、いつもと違う視点を得られるかもしれない。
…彼のことばかりを考えてしまう自分を変えられるかもしれない。
そんな気持ちで、人ごみにまみれて大通りを歩いていくと、先日の日の曜日のことを、ふと思いだした。


彼と一緒に出掛けたセレスティア。
宇宙の狭間にあるこの星は、聖地の人間が気軽に出入りできる街だ。
ちょっとしたお出かけにもちょうどいいから、聖地でデートと言えば、ここが定番になっている。
だから彼からセレスティアへ行こう、と誘われた時、ロザリアは少し浮かれていた。
執務の中でお茶や食事をするのとはわけが違う。
きちんと約束をして、待ち合わせて。 二人きりで。
これはデートかもしれない、と期待に胸を膨らませ、精一杯のおしゃれをして、彼との待ち合わせに出向いた。

セレスティアでの時間はとても楽しくて、見る人が見れば、それはデートに思えたかもしれない。
けれど、ロザリアはそうは思えなかった。
『気分転換』
彼はそう言って、ロザリアを水族館や植物園に連れて行ってくれた。
でも、それだけ。
彼の態度は、執務で顔を合わせる時と何一つ変わらない。
楽しい会話やさりげなくリードしてくれるところも、ロザリアを気遣う姿も同じ。
変わっていたのは、私服姿である事くらいだろうか。

家まで送り届けてくれた彼に、
「ありがとう。 とても楽しかったですわ。」と、伝えたけれど。
彼は何も言わずに軽く手を振って、そのまま行ってしまった。
でも、誘ってくれたことだけで満足していたのだ。
その前の週の日の曜日に、女王アンジェリークとも同じ場所へ行っていたことさえ知らなければ。


商店街をひやかしながら、大通りを歩いていたロザリアだったが、店が途切れてきたのに気が付いて足を止めた。
さすがにこれ以上ホテルから離れては、戻るのも大変になってしまう。
それにここまで歩いても、結局、考えるのは彼のことだけ。
「戻らなくては。」
ため息をこぼしたロザリアの耳に、ふと密やかな声が飛び込んできた。

「お嬢さん。」
声のした方に視線を向けたロザリアは、通りの隅に一人の女が座っているのに気が付いた。
いわゆる辻占だろうか。
全身黒づくめの女は水晶玉を置いた小さな黒テーブルを前にして、ロザリアをじっと見ている。
彼女の顔は薄いベールで被われていて、はっきりと見えないのに、なぜか彼女に見られていることがロザリアには分かった。
強い視線に囚われている。
「わたくし、ですの?」
いつもなら必要以上に働く警戒心が、この時に限っては全く働かない。
ロザリアは誘われるように女の前に立った。

「そう。 貴女。 …悩み事があるみたいね。」
予想以上に若い女の声にロザリアは驚いた。
ベール越しに見える金色の瞳。 
真っ赤な紅を引いたくちびるが、艶めいた笑みを形作っている。
「辛い恋をしているのでしょう? 私にはわかるの。」
訳知り顔な口調にロザリアもうっすらと笑みを浮かべた。

占い師の常とう手段。
ロザリアが生家にいた頃に、パーティを開くと必ずこういう怪しげな人物が出入りしてきた。
余興の一つとして、父は受け入れていたが、彼女たちは決まって、「悩み事があるね?」と声をかけていたものだ。
若い女ならたいてい恋の悩みの一つや二つは抱えている。
そこを上手く突くのだろう。

「彼の気持ちがわからないのね…。 まあ、よくある話だわ。
 でも、貴女は真面目な性格で損をしている。
 もっと、奔放になっていいの。
 …彼が欲しいのでしょう?」

細められた金の瞳に、ロザリアの鼓動が早くなる。
貞淑であることを善として育てられたせいなのか、ロザリアは自分の気持ちをどうしても彼に言い出せなかった。
女の方から愛を乞うなんて、ふしだらな事。
愛されることが女の幸せ。
そう教えられてきたから。
でも、本当は…彼の全てが欲しかった。 心も、体も。
彼が女に困らないことは知っている。
実際、朝帰りの場面を見かけたこともある。
そのたびに彼に抱かれたであろう女に嫉妬して、そんな一夜の相手にすらなれない自分を惨めに思ってきた。

「自分の欲望に正直になっていいの。
 淫らでも悪でもない。
 愛しい男性に抱かれたいと願うことは、自然の成り行きだわ。」
「で、でも…。」
いつの間にか、女のペースにはまっていることは自覚していた。
けれど、彼女の誘う声に逃げられない。

「わたくしなんて、とても相手にしてもらえませんわ。
 彼をその気にさせるなんて…。」
一日一緒に過ごしても、全く甘い空気にならなかった。
彼は優しく礼儀正しくリードをしてくれたけれど、それだけ。

「だから、私は貴女を呼んだの。
 貴女の心の声が聞こえたのよ。」

女はテーブルの下から、小さな瓶を取り出した。
黒い瓶の中で、ちゃぷん、と怪しげに液体が揺れる音がする。

「これはとっておきの秘密の薬。
 一口飲ませるだけで、彼の身体は動かなくなるわ。
 それに、体は動かないけれど、性的な興奮は何倍にもなるの。
 少し手助けするだけで、彼の身体は貴女の思いのままよ。」

補佐官として数年が過ぎ、ロザリアも何も知らない少女ではない。
女の言わんとすることはすぐに理解できた。
要するに体は動かないけれど、彼自身はきちんと機能を果たし、ロザリアの願いどおりの行為ができる、という事なのだろう。

「でも、それでは、まるで・・・。」
犯しているようなものだ、と言いかけて、ロザリアは口を閉じた。
どうせ、まともに迫ったところで、相手にしてなどもらえない。
一夜の思い出でいいのなら、手段などどうでもいいではないか。
彼の全てを知りたいという欲望に従ってみても。

「さあ、持って行って。
 私は恋に悩む女性の味方よ。」
女の手がロザリアに小瓶を握らせる。
思ったよりもずっしりと手に馴染む小瓶をロザリアはぎゅっと握りしめた。

「お代は…?」
ロザリアのかすれた声に、女は満足そうにゆったりとほほ笑んだ。
「いらないわ。 貴女の心の声があまりにも切なかったから、気まぐれで手を貸したくなっただけ。」
「それは困りますわ!」
「信用できない?」
「そうではありませんけれど…。」
わずかに残っていたロザリアの理性が、言わせた言葉。

女はそれすらも理解しているように、真っ赤なネイルの施された指で、まっすぐにロザリアのブレスレットを指さした。
「じゃあ、これでいいわ。」
ブレスレットはそれほど高くもなく、安くもない、いたって普通のもの。
ロザリアの長年の願いをかなえる代償としては、安すぎるほどの品物だ。
ロザリアは黙って、それを腕から外すと、女に差し出した。

「貴女の想いの成就を願っているわ。」
ロザリアが外したブレスレットを腕に付け、女は笑っている。
ロザリアは手の中の小瓶をそっとバッグの中にいれると、元来た道を駆け足で戻っていったのだった。



聖地に戻り、寝室のソファに腰を下ろしたロザリアは、バッグの奥から小瓶を取り出していた。
あの時、女に誘われるように、ブレスレットと引き換えた薬。
媚薬、と呼ばれる類のモノであることは、ロザリアにもわかっている。
知らない女からもらった薬など、普段のロザリアなら、決して使わないはずだ。
けれど、直観としか言えない勘が、女の言ったことが真実だと告げている。

「試してみようかしら。」
万が一、毒薬でもあったなら。
ロザリアは小瓶のふたを外し、匂いを嗅いでみた。
全くの無臭。 しかも瓶の黒色に惑わされていたが、中身の液体は無色透明だ。
これなら、何かに混ぜることも容易だろう。
掌に液体を垂らすと、ロザリアはそのわずかな液体をなめとった。
まるで刺激も感じなければ、味もない。
まさかただの水、と、思い始めた頃、頭の芯がぐらりと痺れるように、手足が重くなった。
必死に力を込めているのに、枷に縫いとめられているように、指一本動かない。
そして。

「ぁ、ん…。」
突然、体の奥が疼くような衝動に駆られた。
何もしていないのに、胸の頂がツンと硬く立ち上がり、わずかに体をよじった拍子に服と擦れるだけで、痺れるような快楽が駆けあがってくる。
胸からの刺激だけなのに、ジワリと熱くなる下腹部。

「や…。」
知らずに腿をこすり合わせていて、その動きが秘所に届くと、さらに快感が押し寄せてきた。
今まで感じたことない感覚だが、これが濡れる、という状態なのか。
トロっとした液体が奥からあふれて、下着が湿ってくるのがわかる。
擦れるだけのわずかな刺激では、我慢できない。
もっと触れてほしい、もっと強く。
自慰の経験すらないロザリアは、その圧倒的な快感に翻弄されていた。

やがて、体の火照りが収まると同時に、手足の動きも元に戻ってくる。
けれどロザリアはそのまま手足を投げ出して、呆然とソファに座っていた。
下着が濡れて張り付いている感じが気持ちが悪いのに、すぐには動けないほど、快感の余韻は続いている。
この効き目なら間違いない。
彼に飲ませることさえできれば、その時は。
ロザリアは小瓶をハンカチにくるみ、バッグの底へと沈めた。



次の金の曜日。
執務を終えた後、ロザリアはバッグを抱え、こっそりと屋敷を出た。
当然、すでにバスを使い、体中を念入りに磨き上げている。
この日のために用意した、特別なバラの香りのソープ。
おかげで、歩くたびに揺れる髪からも華やかな香りをふりまいてくれる。
慣れた香水とは違う香りを見につけたのは、これからの行為への自分なりの励ましだった。

臆病でつまらない保守的な女を捨てて。
いつもと違う自分になって。
彼を手に入れる。

彼の屋敷のドアの前に立ったロザリアは、大きく深呼吸をすると、ゆっくりとベルを押した。


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