「綺麗な桜ですわね。」
「ホントだね。」
でも、桜を見てるあんたのほうがもっとキレイだよ。 なーんて言ったら。
「きっとこの花びらよりもピンクに染まるね。」
はてな顔のロザリアに、パチンとウインクした。
ざあっ。
「桜吹雪、か。」
まるで雪のような花びらに、あの寒いばかりでつまらない日々が頭の中を駆け巡る。
瞬間、強く繋がれた手。
「なに?」
「怖いお顔をしていましたわ。」
握り返した彼女の手は暖かくて。
これから見る花吹雪は、きっとこの幸せを思い出すだろうと、そう思った。
「あ、これ。 あの子に似合いそう。」
カタログの中のドレスは、深い青に銀の刺繍が星空のように美しい。
たった数週間前なら、すぐにでも注文して、彼女を着せ替えて楽しんでいただろう。
でも。
彼女の視線に気づかないふりをした罰。
玉座の彼女にこのドレスは似合わない。
『ケンカでもしたのかよ』
真夜中なのにすぐに返信。
『別に…。』
『嘘つけ。 暗い顔してたじゃねーか。』
『実は彼が…。』
やっぱアタリだ。
執務じゃちっともへこたれねーおめーがアイツのことになると、途端にタダの女になっちまう。…相談役も楽じゃねぇよな。
「おはようございます。」CHU。
「おはよ。」CHU。
「いいお天気ですわね。」CHU。
「そうだね。 今朝はトースト? それともバゲット?」CHU。
今朝は何回で終わるでしょうか・・・・。
「ここまで終わらせてくださいませね。」
「ええ~!」
助けて~って思っていたら、ちゃんと来てくれた。
「ランチに行こうよ、お姫様。」
その一言は本当にありがたいんだけど、嬉しそうなロザリアを見ると、ちょっと複雑。
彼女の一番は譲らないんだからね!
ちらりと時計を見れば、もうお昼時。
今日は来てくれないのかしら、と諦めかけた時、ドアが鳴る。
「お昼は済ませた? お姫様。」
ひょっこり顔をのぞかせた彼に、「まだですわ。 ちょうどそろそろと思っていましたの。」
何でもないふうに答えて、すぐに席を立った。
毎日、彼女より少しだけ早く目を覚ます。
青紫の睫毛やわずかに開いた唇に気づかれない程度のキスを落として。
無防備な寝顔をそっと抱きしめて。
それから、もう一度、私は目を閉じるんだ。
愛しいと無条件に思えるモノに出会えた幸せに死ぬほど感謝しながら。
「時間だよ。 ホラ、起きて。」
「…ん。 もうそんな時間ですの?。」
「そ。珍しいね。 あんたが寝坊なんて。」
「誰のせいだと思ってらっしゃるの? ゆうべ、あなたが…。」
「私が? 寝かせなかったくせに、かな?」
「…知りません!!」
おはようのキスを添えて。
「いい天気だし、外で食べない?」
誘われてやって来たいつものカフェは満員。
ちょっと離れたビストロも少し向こうのキッチンも、今日に限ってどこも満員。
「お昼時だもんね。 ごめん。」
結局、テイクアウトのサンドイッチになったけれど、あなたと一緒ならなんでもごちそうですわ。
キミの瞳の中に 瞬いてるサファイア 見つめ合った瞬間 海より碧く輝くね
その美しい瞳が 他の男を捉えた夜は…
「全く困ったもんだね。」
彼女は女王候補。 守護聖全員に同じように接さなければいけないこともわかっているのに。
「寝られやしない。」
早く私だけのモノになればいい。
「お昼にしましょうか。」「ん。いいよ。 今日はなににする?」
「簡単にパスタでよろしいかしら?」「じゃ、私がサラダを作るよ。」
「お願いしますわ。」
二人で料理を作るのも当たり前になった。二人で食べることも片付けをすることも。
それが暮らすという事。 平凡だけど幸せな日常。
「おっと。もうこんな時間?」
いつになく執務に集中していたのか気が付けば12時5分前。
慌ててドアを開けると、廊下でうろうろしているロザリアと目が合った。
「お昼に行かない?」
そう声をかけると嬉しそうに頷く彼女。
…恥ずかしがり屋の恋人を持つと、ちょっと苦労する。
「いい天気だね。」
「本当ですわね。」
ごろりと寝転んだ草の上。
彼女の腿に頭を乗せていたら、つい眠ってしまった。
「…ごめん。退屈だったでしょ?」
そう謝ると、
「何度も名前を呼ばれましたわ。…だからとても幸せでしたの。」
夢を見てくださったの?と、囁かれて…正直に頷いた。
目覚ましが鳴って、彼が目を覚ます。
「おはよ。お姫様。」
毎朝同じ言葉で同じキスをして。
それから、マスカラもアイシャドウもない瞳がまっすぐにわたくしを見る。
この彼を知っているのは、きっと世界にわたくし一人。
「え? 好きな食べ物?」
「はい。教えていただけませんか?」
なぜか頬を赤らめているロザリアに首を傾げた。
「なんでそんなこと?」
ちらりと彼女の手帳を覗き見れば、あの日に貼られた小さなシール。
「ケーキなら甘すぎないのかな」
あんたがくれるケーキなら全部甘いに決まってるけど。
<オリヴィエside バースデイ>
「おめでとうございます。」
そう言って彼女が笑ってくれる。
他には何もいらないから。
今日だけじゃなくて、これからもずっと、そばにいて。
その約束が一番のプレゼント。
<ロザリアside バースデイ>
最初におめでとうを言える人になりたい。
今年、初めてその願いが叶った。
どうか来年も再来年も、そうでいられますように。
傍らで眠る彼女の額にそっと口づける。
朝から頑張ってパーティの準備をしてくれたこと。
素敵なプレゼントを用意してくれたこと。
生まれて初めて、誕生日が素敵な日だと心から思った。
誰に感謝したらいいのかわからないから。
とりあえず。
神様、彼女を私にくれてありがとう。
彼の唇が額にそっと触れたのに、気が付いた。
でも、瞼は相変わらず重たくて開かない。
「神様、ありがとう。」
彼の声が聞こえて、わたくしも心の中でそっと呟いた。
神様、彼をこの世に送り出してくれてありがとう。
そして。
「生まれてきてくれてありがとう。オリヴィエ。」
大切な人と同じ朝を迎えた誕生日の翌日。
一足先に目が覚めて、彼女の寝顔を眺めていたら。
「オリヴィエ…」
名前を呼ばれてドキッとした。
けれど彼女はまだ夢の中だったようで、再び寝息が聞こえてくる。
共に包まる布団の中はとても暖かい。
でもそれ以上に、心がほっと温かくなった。
ふわりと肩にかけられたストールに振り向くと
「寒いでしょ?」と、ほほ笑む彼の姿。
「暦の上では春なんて信じられないよね。」
そう言いながら、背中から抱きしめられるぬくもりは、まるで春のひだまりようで。
幸せなのだと心から思った。
手作りチョコなんて、溶かして固めるだけでしょ?
そんな風に思ってた去年の私を殴ってやりたい。
目の前にはボウルの中でザラザラになったチョコの残骸。
このままじゃ彼女を喜ばせるどころか腹痛にしてしまいそうだ。
逆バレンタインへのハードルは思った以上に高い…
「今年は私からチョコをあげるからね。」
彼の言葉に
「ですから、今年はチョコを作りませんわ。」
そう、親友に伝えると。
「それって…ロザリアにチョコをあげさせない手段なんじゃない?! 」
まさか他の人にあげてほしくないという事なの?
…彼の嫉妬が少し嬉しいのは親友にも秘密。
「マールセールちゃん?」
ビビって逃げようとする襟首をつかむと、にっこり笑って「ちょっとお願いがあるんだけどぉ?」と畳みかけた。
怯えた目のマルセルから聞き出したのは、初心者でもできるガトーショコラのレシピ。
隠し味の愛情はたっぷり込めて、あとは出来上がりを待つばかり。
執務の途中、彼とすれ違う。
ふわりと香ったのは、いつもの香水とは違う甘い香り。
「美味しそうな匂いですわ。」
彼に問えば
「そう?自分じゃわからないけど。」
抱きしめられて、香りの正体に気づいた。
彼が費やしてくれた時間の分だけ、そのチョコは甘く感じるに違いない。
早く寝ないとお肌に悪い事はわかってるのに、テーブルの上のガトーショコラを見てはソワソワ。
出来上がりは完璧だけど、不安もある。
明日、彼女はどんな顔をして、この箱を開けてくれるんだろう。
喜んでくれるだろうか。それとも…。
まるで遠足前の子供みたいにドキドキして眠れない。
「これをオリヴィエが?」
青い瞳を丸くして、ガトーショコラと私を今後に見る彼女。
美味しいとあっという間に半分食べて。
「わたくしだけでは申し訳ありませんわ。」
そう言って私にもフォークを差し出してくれるけど。
今はチョコよりも甘いあんたの笑顔に満たされて、胸がイッパイなんだよ。
約束通り、オリヴィエがチョコを作ってきてくれた。
しっとり焼き上がったガトーショコラは本当に美味しくて、1人で半分食べてしまっていた。
ふと見ると、彼は頬杖をついて、わたくしをじっと見ている。
暗青色の瞳はとても優しくて。
彼に愛されているわたくしはとても幸せだと思った。
ガトーショコラを食べ終えて、わたくしは密かに持ってきていたチョコを彼に差し出した。
「いいよ、って言ったじゃない。」
口を尖らせながらも嬉しそうに包みを開ける彼。
「だって…。」
わたくしだって、バレンタインくらいは素直にあなたに愛を伝えたい。
彼女のくれた手作りのトリュフチョコをぱくり。
「美味しい。」ってウインクしたら、すごく嬉しそうに笑ってくれた。
もう、私の方が照れちゃうじゃないか。
その笑顔は反則だってば。
まったく…チョコ一つでこんなに幸せになれるなら、毎日がバレンタインでいい。
「はい、あーん。」
私が差し出したチョコにおずおずと口を開くロザリア。
これくらいの事で赤くなって、ホント可愛いんだから。
「今度はあんたから食べさせて?」
おねだりすると、そっとチョコを差し出してくれる。
どうしよう。もうチョコだけじゃ我慢できない。
手首を掴んで抱き寄せた。
不意に抱き寄せられて、彼の腕の中にすっぽり収まってしまった。
彼の香りと甘いチョコの香りが混ざり合って、なんだか酔ってしまったみたいに頬が熱くなる。
あ、と言う間もなく触れる唇はやっぱりチョコの味がして。
「甘い…ね。」
艶っぽい微笑みに、今度こそ本当に酔わされた。
「何してんの?」
「ケーキですわ。プレゼントしようと思っていますの。」
誰あてなのか気になるけど、ヤキモチみたいで聞きづらい。
モヤモヤしつつ見ていたら、彼女がチョコプレートに名前を書いている。
「なるほどね。」
私もよく知る、その名前にホッとした事は、もちろん内緒だ。
「味見~。」
ボウルに残ったクリームを指ですくって舐めると、彼女が眉を釣り上げた。
「まあ、お行儀が悪いですわ!」
私はにやりと笑うと
「あんたにも食べさせてあげるから。」
彼女の唇を素早く奪う。
キスがいつもより甘いのは…クリームのせいってことにしておこうかな。
舞い込んできたニュースに私は顔をしかめる。
「青薔薇祭ねぇ…」
彼女がみんなに愛されてるのは嬉しいけれど、私だけの彼女でいて欲しいのも事実で。
「ま、私が一番だってわからせるチャンスかもね。」
強力なライバル達を思い浮かべて、心の中で宣戦布告してみた。
朝からジュリアスの誕生日パーティ準備に奔走する彼女。
「補佐官として当然の執務ですわ」
それはそうなんだけどさ。
でも、ちょっと悔しくて拗ねて見せたら。
「あなたの誕生日は補佐官としてではなく、ロザリアとしてお祝いさせてくださいませね。」
…仕方ない。
私も手伝ってあげようかな。
今まで22回も迎えた朝だけど。
「お誕生日おめでとう」
隣で優しく笑う彼女がいる23回目の今日が、今までで一番幸せな朝。
これからもずっとこの幸せが続きますように、と、私らしくもなく、心の中で神様にお願いした。
「よう、オリヴィエ。昼飯でもご馳走してやろうか?」
こんな日でも上から目線な同僚の誘いをスルーして、急ぎ足で補佐官室へと向かう。
今日くらいはワガママも許してもらえるはずだから。
「デザートはロザリアで」
なんてキスをねだってみた。
…やっぱりどんなケーキより甘いみたい
彼が主役の誕生日パーティとはいえ、少し飲まされすぎな気がする。
でも、彼が酒で正体をなくすような姿を見たことも無くて…
わたくしはただハラハラと見守ることしか出来ない。
空になるたびに彼のグラスにどんどん注ぐオスカーをつい睨みつけてしまった。
彼は酔って眠ってしまったみたい。
みんなは好き放題に騒いでいるけれど、追い出す事も出来なくて。
アンジェに「ねぇ、ロザリアはオリヴィエのどこが好きなのー?」なんて絡まれて答えに詰まる。
全部、だなんて答えたら、またからかわれてしまうかしら?
最後の客を送り出してリビングに戻ると、
「ったく、いつまで居座ってるんだか」
彼がいつもの顔で愚痴を零している。
「寝ていたのでは?」
と尋ねると、
「アレくらいで酔うわけないでしょ」
グイと手を引かれてソファに座らされた。
「2人だけのお祝い、してくれるんでしょ?」
ダークブルーの瞳に覗き込まれて、ドキリと鼓動が跳ねた。
なにも考えていない訳では無いけれど。
「オリヴィエ、絶対喜ぶわよ」
頭の中で聞こえたアンジェの声に、背中を押されるように、彼の瞳を見つめ返した。
「プレゼント代わりに、あなたのお願いをなんでも叶えますわ」
そう言うと彼は
「なんでも?」と意地悪く聞き返してくる。わたくしも覚悟を決めて
「ええ、なんでも」と頷いた。
「男になんでもなんて言っちゃダメだよ」
彼は笑いながら、お願いを囁いた。
「21、22…これで終わりですわ」
年の数だけキスして欲しい、という可愛らしいお願いを叶えると、彼は
「まだ終わりじゃないよ?」と笑う。
首を傾げたわたくしに
「あのね、私が生まれてから下界はだいぶ経ってるんみたいなんだよ。確か…300年?」
「300?!」
「そ。だから、あと278回」
とてもムリだ、と悩むわたくしに、彼はやっぱり笑って。
「じゃ、分割払いで、明日から一日一回。利息も入れて、来年の誕生日までね」
なんだか騙された気分だけど…
来年の事を当たり前に話す彼が嬉しかった。
「お誕生日おめでとう」
疲れていたのか、彼女はあっという間に眠ってしまった。
「ねぇ、今日最初のおめでとうも、最後のおめでとうも、あんたからなんだよ。…ありがとう」
一番のプレゼントは2人で過ごせる幸せな日々。これからもずっと一緒に。
「ずっと言いたかったことがあるんですの」
真剣な顔の彼女が朝一で訪ねて来た。
新年早々波乱の予感に慌てた私に、
「あけましておめでとう、ですわ」
笑顔で淑女の礼をする。
「去年はあなたが先でしたから、今年はわたくしからと一年前から思っていましたの。」
可愛すぎる彼女には今年も敵わない。
「たとえば、富士山に登ってる途中で焼きナスを食べてたら鷹に取られるとかっていうのは?」
「…嫌ですわ」
「幸せな初夢が見たいんでしょ?」
「そういうのではなくて…」
いつもあんなに聡いのに、どうしてわかってくれないのかしら?
あなたと同じ夢を見たいってこと。
一緒に眠りたいってこと。
「チョコ欲しいなぁ」
「俺にもくれたら嬉しいな」
「オレはチョコなんかいらねー」
なんだかんだとチョコを催促している年下組達の横を興味ないフリをして通り過ぎる。
素直に欲しい、って言えるアイツらが羨ましいなんて…私も随分情けないオトコになったもんだ。
全部あんたのせいなんだからね
疲れた様子の彼女の掌をマッサージしてあげることにした。
「かなり凝ってるね。どうかした?」
「わたくしのお祭りがありましたの。楽しかったですわ」
…ちょっと聞き捨てならないじゃない?
つい、痛いツボを押してしまって、彼女に睨まれた。
でも、あんたは私のものだってこと、忘れないでよね。
もうすぐ七夕。今年は雨らしく、皆がっかりしているようだ。
「あんたはなんてお願いするつもりだったの?」
軽い気持ちで尋ねたら
「宇宙の平和ですわ」
なんて恐ろしく真面目に答えられてしまった。
恋の願いでないことを喜ぶべきか、悲しむべきか…
早く彼女が私の願いに気がついてくれますように。
今年の七夕は生憎の雨。
神頼みすらさせてくれない空がうらめしくて…
先日、彼からお願いを聞かれた時、思わず「宇宙の平和」なんて答えてしまったけれど。
わたくしの本当の願いは彼にしか叶えることができない。
女王陛下が突然始めたガチな夏に、暑さが苦手な私はやる気ゼロ。
ところが補佐官室を訪ねた私を出迎えたのは、ミニのキャミワンピ一枚の彼女。
「だって暑いんですもの」
夏もいいね、なんて思っていたら、同じ思惑の男共が次々彼女を訪ねてくる。
…悪い虫を追い払わなきゃ、と、俄然やる気が出てきた
「昨日はいくつチョコをいただきましたの?」
優雅な挨拶の後に、笑顔で尋ねる彼女。
「それがさ、全然なんだよ」
事実、女官長から渡された『女官一同』の一つだけ。
「そうなんですのね」
でも、ちょっとホッとしたような彼女の横顔に気づいたから。
これからは一つだけで満足しておく事にしよう。
今日からわたくしのお祭りが始まると聞いて、いつもよりしっかりメイクをした。
なのに彼と来たら
「今日はすごい厚化粧だねぇ」
ですって。
「あなたには負けますわ」
ツンと言い返したけれど、やっぱりいつものメイクに戻した。
どんなオシャレも彼の好みでなければ、意味が無いから。
「トリックオアトリート!」
毎年恒例のこのセリフ。付き合い始めから何度も繰り返されているのに、まるで学習しない彼女が可愛い。
「もちろんイタズラだよ」
クスリと笑って、彼女の顎に指をかけると、キスを待つように青い目が閉じた。
イタズラして欲しいなら、素直にそう言えばいいのに。